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契約カップルということ

心模様(1)

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「おう、市原。花屋から見積もり来てたぞ」

ぺらっと印刷した見積書を鳴海に渡した生徒会顧問の教師は、花材の発注のやり取りとフラワーデザイナーへの連絡を鳴海に任せて、職員室に戻って行った。鳴海は日の暮れた生徒会室の電気をつけて、備え付けのパソコンの電源を入れる。同時にファイル棚から書類ファイルを引っ張ってきて、過去の文化祭経費と今回の文化祭の予算との比較を行った。

……やっぱり生花を依頼するだけで結構お金がかかる。おまけにフラワーデザイナーまで頼むとなると、向こうはプロだから、それなりの値段を要求されてきている。此処の生花店はこのデザイナーとの専属契約みたいだから、他を当たったほうがいいのかな。でも、高校から一番近い生花店はこの生花店だ。
由佳が紹介してくれた生花店は教室をやっていることもあって、各サービス揃っていて素晴らしいが、今年は外部バンドの誘致に予算を取られて、正直他の予算はカツカツだ。備品も新調したいものは沢山あったが、全部既存品で賄った。だから、梶原の(由佳に話し掛けたいと言う)思い付きで行動された尻拭いを、鳴海がしているのだ。こんな理不尽な事あるか?

鳴海は今年の予算と過去の経費の比較をして、ぽちぽちと電卓をたたいた。梶原の思いつきはあれだ。おそらく今、女子で人気ナンバーワンの由佳が花冠を被ったところを見たい、とか何とかなんだろう。そんな浮ついた計画の所為でこっちはこんな遅くまで生徒会室に残ってる。憤然やるかたない、とはこういう心境なんだろうな、と思い至り、はっとする。

何故、腹立たしいんだろう、と、その根本に立ち返ってしまったのである。勿論、梶原の勝手な思い付きで自分が余分な仕事を任されているからではあるが、其処にどんな感情があるというのか。由佳に見せた、あの、だらしない顔。クロピーを前にしてもあんな顔はしなかった。当然、鳴海に対してもだ。其処に思い至ってしまって、うああ! と頭を抱える。

(待って!! 私の心はウイリアムとテリースの恋模様そのものにあるのであって、間違ってもリアル男子になんかない!! ましてや、あの中学時代の黒歴史を刻んだあの男子と同じことした梶原になんか……っ!!)

そう思った時だった。シンと静まり返っていた生徒会室の扉がガラッと開いて、鳴海は飛び上がるほど驚いた。

「なんだよ、市原。こんな遅くまで」

扉を開けて入って来たのは梶原だった。まさかさっきの今で梶原と顔を合わせるとは思っておらず、鳴海は動揺した。

「いやっ! 悪いのあんただから!!」
「はあ? なんで開口一番、俺が悪いんだよ」
「だって、あんたが由佳にあんなこと頼むから……!」

その言葉で鳴海の前にある資料のファイルと電卓の意味が分かったらしく、梶原は瞬く間に顔を赤くして、うー、とか、あー、とか言った。なんだ、その赤い顔と歯切れの悪さ。まるで鳴海の言葉を否定してないな!

「まー、確かに梶原の気持ちは分かるわ。由佳は可憐だし花が似合うよねえ……」
「そ……、そうだよな……! 親友のお前から見てもそう見えるんだな……!」
「あ~、分かる分かる。由佳は守ってあげたいタイプの女子だし、親友としてはそんじょそこらの男子にはやらん、って意気込みだから、私」

言外にお前は対象外だ、と告げたつもりだけど、梶原は分かってないようだった。

「そ……っ、そうなんだよ……っ。生田、なんか男が支えてやらねーと駄目なタイプじゃねーかと思うんだよ。それだけでもポイント高いのに、困ってる奴を見捨てておけねーなんて、俺の理想そのものじゃん……。狙ってるやつ、結構多いんだよ。でも俺、こんな趣味だから言い出せなくて……」

しょぼんと肩を落とす梶原は、鳴海の前で魅せる姿とはまるきり違った、本気の恋をする梶原だった。だから契約のことを打ち明けた方がいいって言ったのに……。

「契約のこと言わないって決めたのは、あんただからね。……まあ、気が変わったらいつでも受け入れるけど」
「お……、おう……。……でも、クロッピは俺の生きる道だからさあ……」

そこまで言って、またがっくりと肩を落とす。萌えと恋なあ……、何時か鳴海も梶原みたいに悩むときが来るのだろうか。

(いや、ないな)

あまりに簡潔明瞭に答えが出てしまって笑えてしまう。鳴海の場合、二次創作は見守る愛だし、リアルは見込み無しなのだから。

「まあ、そこでぐだぐだ言ってればいいわ。私はこれを片付けないと帰れないから、勝手にやってるわよ」

鳴海が梶原に背を向けパソコンに向き直ると、背後からいきなり手が伸びてきて、資料の半分を持っていかれた。

「手伝う。二人でやれば早く帰れるだろ」
「あら、ありがと」

意外にも親切なところを見せられたのが不意打ちで、何故だか心臓がぴょんと跳ねた。こんなこと、テリースの仕事部屋に積まれた書類を抜き取るウイリアムくらい、見慣れた光景なのに。

(は~、意味のないことに神経使いたくないのにな~……)

ウイリアムとテリースの恋については心配など無意味なくらいゆるぎないものだし、リアルの恋ほど鳴海にとって無意味なものはない。それでも隣の机で電卓をたたく梶原の横顔を見て、ウイリアムにもテリースにも似てない筈なのに、何故かときめいてしまった。





「お疲れ」
「いや、こっちこそごめん。俺の顔立ててくれて……」

結局、プランナー代はどうにもならないけど、生花店とのメッセのやりとりで生花は提供してもらえることになった。花冠に仕立てるのは、華道部の部員の中には洋花も扱える部員が居るらしいから、その人たちに頼もうという事に落ち着いた。華道部の部長も突然の申し出を快く受けてくれて助かった。良くも悪くも梶原のリーダーシップがものを言った。

そんな夜遅い帰り道だったけど、鳴海の心は弾んでいた。学校から帰れば、家で『TAL』の新衣装を見れるのだ。今年は『TAL』が発売になって五年目で、記念の年だから色々なオプションが用意されているらしく、新衣装も度々公開されている。そんな喜びが脳内いっぱいに広がっていた時だった。

「あぶね!」

ぐっ、と横からウエストに引っ掛けられた腕の力で背後に引き戻されたかと思うと、ドン、と背中に制服の感触を感じるとともに、目の前を派手なクラクションを鳴らしながらゴオーっという音をさせてダンプが通り過ぎて行った。……横断歩道が赤だったのだ。

「おいおい、死ぬ気かよ」
「い、いや、ごめん……。前見てなかった……」

急にどきんどきんと心臓が走り始める。あの大きなタイヤに引かれていたら、打撲程度じゃすまなかった。そうなれば、新衣装のウイリアムとテリースにも会えなかった。……って、それより。

ぎゅっと背後から抱き締められたままの姿勢にどきどきする。これって、吊り橋効果だよね?

「……っ、く、くるしいんだけど……」

訴える声が弱々しくて、我ながらぎょっとする。梶原はもっとびっくりしたようで、あ、わり! と慌てて手を放してくれた。でも……。

梶原が、確実に、鳴海の命を守ってくれたのだ。






電車に乗っても鳴海の心臓はおかしかった。梶原は最初のデートの時から変わらず、何時も通り鳴海を扉の横に立たせて、自身は握り棒を持っているだけなのに、鳴海の心臓は跳ねっぱなしだった。

どきん、どきん、どきん、どきん。

顔の向きをそのままに、視線だけを梶原の顔の方に向けてみると、梶原はぼーっと車窓から流れていく夜景を見つめているだけだった。それなのに。

のどぼとけ、出っ張ってるなあ、とか、あれっ? もしかして髭、生え始めてるのかな? とか、意外と体臭、くさくないんだな、とか、たった今、新鮮に知ることばかりだった。

列車がレールを滑る音に合わせて、鳴海の心臓が跳ねる。

タタン、タタン、タタン、タタン。
どきん、どきん、どきん、どきん。

なんで急に、こんなに梶原に対して心臓鳴らしてんだろ。おかしいや、私……。

『次はー、――――駅、――――駅~……』

そう車内放送が流れた時だった。降車の客だろうか、二~三人の人の塊が扉の方に寄ってきて、梶原を後ろから押した。その拍子に、どん、と壁に付かれた梶原の手は、鳴海の顔の真横に。

「うおっと、わり。押された」
「あ、……いや……、だいじょぶ……」

タタン、タタン、タタン、タタン。
どきん、どきん、どきん、どきん。

なんだ、この変な協奏曲は。早く電車止まって欲しい。そしてこの体勢から解放して欲しい。
ふわっと香る、かすかな汗のにおい。変なの。リアル男子の汗のにおいなんて、絶対御免だと思ったのに。

……変なの。

タタン、タタン、タタン、タタン。
どきん、どきん、どきん、どきん。

協奏曲は、鳴海が降りる駅まで続いた。

……梶原の手からは、解放されたのに。




「それじゃ、お疲れ」

其処は鳴海の家の前。梶原は鳴海が自宅の門の前で見送る中、夜道を駅へと戻って行った。女子に夜道は危ないからと、それだけの理由で、由佳相手でもないのに梶原は電車を途中下車して家まで送ってくれたのだ。
梶原が駅へと向かう角を曲がったのを見届けた後、鳴海は門扉に手をかけ、はあー、とため息を吐いた。

「そりゃないよ、梶原……」

呟きは、夜の住宅街に吸い込まれて消えた。

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