23 / 31
双子の桜
(5)
しおりを挟む
千牙は悩んでいた。先ごろから、咲の邑の邑人たちが、結界の域をひろげようと画策している。その行為は古の協定に違反するもので、人妖(じんよう)の世界を統べる千牙が均衡を保つ努力をしなければならない。しかし……。
「市子たちが力を失えば、欲に憑かれたあの邑での行き場がなくなり、路頭に迷うだろう。最悪、結界の外に追い出されたら、私にはもう庇い立てが出来ぬ」
「なにをお迷いになられます。彼らには既に、無為に滅されたあやかしが幾体もいるではありませんか。命をもって命を償う。どの世界にも、通用することかと」
小夜の言うことは正しい。市子たちが我欲の為に境界を拡大し、邑の面積を増やしてきたのは事実だし、その度に弱きあやかしが犠牲となってきた。均衡を破って来たのは向こうだ。裁きを受けるのも、しかりと言うべきだろう。しかし。
(咲にとって、市子たちは肉親……。私たちの考えの及ばぬところで、彼女は市子たちに対する想いがある筈……)
朧たちに言祝ぎの名をつけた咲。おそらく自分の名をその意味でつけてくれた親にも、なににも代えがたい気持ちがある筈。
「いま一度、熟慮する。下がれ」
千牙の言葉に、小夜は、御意、とこうべを垂れた。障子窓の外の、桜の木がさわりと揺れた。
夜、咲は千牙に伴われて、今日も境界に生まれる朧の名づけに来ていた。千牙の力によってその場に顕現した朧たちを前に、千牙は咲に問うた。
「咲。おぬしの大事なものとは、なんだ」
急に問われた咲は、一瞬虚を突かれ、即座に返事を返せなかった。
「だいじな、もの……」
「うむ。これだけ毎日、朧の顕現に尽力してくれているおぬしに、出来れば悲嘆なきよう、努めたい」
厳しい面持ちの千牙から、どこか緊張感を感じた。
「……なにか、起こるのですか……? よくないことが……?」
咲はサッと顔を青ざめさせた。咲の気持ちを慮ってくれるということは、今の平穏が未来までない、と言うことを意味するのだろう。おそらく、咲が心を寄せるどこかで、それが崩れて行こうとしているのだ。
「市子たちが力を失えば、欲に憑かれたあの邑での行き場がなくなり、路頭に迷うだろう。最悪、結界の外に追い出されたら、私にはもう庇い立てが出来ぬ」
「なにをお迷いになられます。彼らには既に、無為に滅されたあやかしが幾体もいるではありませんか。命をもって命を償う。どの世界にも、通用することかと」
小夜の言うことは正しい。市子たちが我欲の為に境界を拡大し、邑の面積を増やしてきたのは事実だし、その度に弱きあやかしが犠牲となってきた。均衡を破って来たのは向こうだ。裁きを受けるのも、しかりと言うべきだろう。しかし。
(咲にとって、市子たちは肉親……。私たちの考えの及ばぬところで、彼女は市子たちに対する想いがある筈……)
朧たちに言祝ぎの名をつけた咲。おそらく自分の名をその意味でつけてくれた親にも、なににも代えがたい気持ちがある筈。
「いま一度、熟慮する。下がれ」
千牙の言葉に、小夜は、御意、とこうべを垂れた。障子窓の外の、桜の木がさわりと揺れた。
夜、咲は千牙に伴われて、今日も境界に生まれる朧の名づけに来ていた。千牙の力によってその場に顕現した朧たちを前に、千牙は咲に問うた。
「咲。おぬしの大事なものとは、なんだ」
急に問われた咲は、一瞬虚を突かれ、即座に返事を返せなかった。
「だいじな、もの……」
「うむ。これだけ毎日、朧の顕現に尽力してくれているおぬしに、出来れば悲嘆なきよう、努めたい」
厳しい面持ちの千牙から、どこか緊張感を感じた。
「……なにか、起こるのですか……? よくないことが……?」
咲はサッと顔を青ざめさせた。咲の気持ちを慮ってくれるということは、今の平穏が未来までない、と言うことを意味するのだろう。おそらく、咲が心を寄せるどこかで、それが崩れて行こうとしているのだ。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?
青夜
キャラ文芸
東大医学部卒。今は港区の大病院に外科医として勤める主人公。
親友夫婦が突然の事故で亡くなった。主人公は遺された四人の子どもたちを引き取り、一緒に暮らすことになった。
資産は十分にある。
子どもたちは、主人公に懐いてくれる。
しかし、何の因果か、驚天動地の事件ばかりが起きる。
幼く美しい巨大財閥令嬢 ⇒ 主人公にベタベタです。
暗殺拳の美しい跡取り ⇒ 昔から主人公にベタ惚れです。
元レディースの超美しいナース ⇒ 主人公にいろんな意味でベタベタです。
大精霊 ⇒ お花を咲かせる類人猿です。
主人公の美しい長女 ⇒ もちろん主人公にベタベタですが、最強です。
主人公の長男 ⇒ 主人公を神の如く尊敬します。
主人公の双子の娘 ⇒ 主人公が大好きですが、大事件ばかり起こします。
その他美しい女たちと美しいゲイの青年 ⇒ みんなベタベタです。
伝説のヤクザ ⇒ 主人公の舎弟になります。
大妖怪 ⇒ 舎弟になります。
守り神ヘビ ⇒ 主人公が大好きです。
おおきな猫 ⇒ 主人公が超好きです。
女子会 ⇒ 無事に終わったことはありません。
理解不能な方は、是非本編へ。
決して後悔させません!
捧腹絶倒、涙流しまくりの世界へようこそ。
ちょっと過激な暴力描写もあります。
苦手な方は読み飛ばして下さい。
性描写は控えめなつもりです。
どんなに読んでもゼロカロリーです。
❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました
四つ葉菫
恋愛
彼は私を愛していない。
ただ『責任』から私を婚約者にしただけ――。
しがない貧しい男爵令嬢の『エレン・レヴィンズ』と王都警備騎士団長にして突出した家柄の『フェリシアン・サンストレーム』。
幼い頃出会ったきっかけによって、ずっと淡い恋心をフェリシアンに抱き続けているエレン。
彼は人気者で、地位、家柄、容姿含め何もかも完璧なひと。
でも私は、誇れるものがなにもない人間。大勢いる貴族令嬢の中でも、きっと特に。
この恋は決して叶わない。
そう思っていたのに――。
ある日、王都を取り締まり中のフェリシアンを犯罪者から庇ったことで、背中に大きな傷を負ってしまうエレン。
その出来事によって、ふたりは婚約者となり――。
全てにおいて完璧だが恋には不器用なヒーローと、ずっとその彼を想って一途な恋心を胸に秘めているヒロイン。
――ふたりの道が今、交差し始めた。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
前半ヒロイン目線、後半ヒーロー目線です。
中編から長編に変更します。
世界観は作者オリジナルです。
この世界の貴族の概念、規則、行動は実際の中世・近世の貴族に則っていません。あしからず。
緩めの設定です。細かいところはあまり気にしないでください。
✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢
言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー
三坂しほ
キャラ文芸
両親を亡くし、たった一人の兄と二人暮らしをしている椎名巫寿(15)は、高校受験の日、兄・祝寿が何者かに襲われて意識不明の重体になったことを知らされる。
病院へ駆け付けた帰り道、巫寿も背後から迫り来る何かに気がつく。
二人を狙ったのは、妖と呼ばれる異形であった。
「私の娘に、近付くな。」
妖に襲われた巫寿を助けたのは、後見人を名乗る男。
「もし巫寿が本当に、自分の身に何が起きたのか知りたいと思うのなら、神役修詞高等学校へ行くべきだ。巫寿の兄さんや父さん母さんが学んだ場所だ」
神役修詞高等学校、そこは神役────神社に仕える巫女神主を育てる学校だった。
「ここはね、ちょっと不思議な力がある子供たちを、神主と巫女に育てるちょっと不思議な学校だよ。あはは、面白いよね〜」
そこで出会う新しい仲間たち。
そして巫寿は自分の運命について知ることとなる────。
学園ファンタジーいざ開幕。
▼参考文献
菅田正昭『面白いほどよくわかる 神道のすべて』日本文芸社
大宮司郎『古神道行法秘伝』ビイングネットプレス
櫻井治男『神社入門』幻冬舎
仙岳坊那沙『呪い完全マニュアル』国書刊行会
豊嶋泰國『憑物呪法全書』原書房
豊嶋泰國『日本呪術全書』原書房
西牟田崇生『平成新編 祝詞事典 (増補改訂版)』戎光祥出版
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
諦めて溺愛されてください~皇帝陛下の湯たんぽ係やってます~
七瀬京
キャラ文芸
庶民中の庶民、王宮の洗濯係のリリアは、ある日皇帝陛下の『湯たんぽ』係に任命される。
冷酷無比極まりないと評判の皇帝陛下と毎晩同衾するだけの簡単なお仕事だが、皇帝陛下は妙にリリアを気に入ってしまい……??
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
鬱金桜の君
遠野まさみ
恋愛
子爵家の娘だった八重は、幼い頃に訪れた家で、不思議な桜を見つける。その桜に見とれていると、桜の名を貰った、という少年が話し掛けてきた。
少年は記念だといって、その桜の花を一輪手折って八重にくれた。
八重はその桜を栞にして大事にすると、少年と約束する。
八重は少女時代、両親の愛情に包まれて過ごすが、両親が亡くなったあと、男爵である叔父の家に引き取られると、華族としての扱いは受けられず、下働きを命じられてしまう。
ある日言いつけられたお遣いに出た帰りに、八重は軍服を着た青年と出会うがーーーー?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる