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双子の桜

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千牙は悩んでいた。先ごろから、咲の邑の邑人たちが、結界の域をひろげようと画策している。その行為は古の協定に違反するもので、人妖(じんよう)の世界を統べる千牙が均衡を保つ努力をしなければならない。しかし……。

「市子たちが力を失えば、欲に憑かれたあの邑での行き場がなくなり、路頭に迷うだろう。最悪、結界の外に追い出されたら、私にはもう庇い立てが出来ぬ」

「なにをお迷いになられます。彼らには既に、無為に滅されたあやかしが幾体もいるではありませんか。命をもって命を償う。どの世界にも、通用することかと」

小夜の言うことは正しい。市子たちが我欲の為に境界を拡大し、邑の面積を増やしてきたのは事実だし、その度に弱きあやかしが犠牲となってきた。均衡を破って来たのは向こうだ。裁きを受けるのも、しかりと言うべきだろう。しかし。

(咲にとって、市子たちは肉親……。私たちの考えの及ばぬところで、彼女は市子たちに対する想いがある筈……)

朧たちに言祝ぎの名をつけた咲。おそらく自分の名をその意味でつけてくれた親にも、なににも代えがたい気持ちがある筈。

「いま一度、熟慮する。下がれ」

千牙の言葉に、小夜は、御意、とこうべを垂れた。障子窓の外の、桜の木がさわりと揺れた。




夜、咲は千牙に伴われて、今日も境界に生まれる朧の名づけに来ていた。千牙の力によってその場に顕現した朧たちを前に、千牙は咲に問うた。

「咲。おぬしの大事なものとは、なんだ」

急に問われた咲は、一瞬虚を突かれ、即座に返事を返せなかった。

「だいじな、もの……」

「うむ。これだけ毎日、朧の顕現に尽力してくれているおぬしに、出来れば悲嘆なきよう、努めたい」

厳しい面持ちの千牙から、どこか緊張感を感じた。

「……なにか、起こるのですか……? よくないことが……?」

咲はサッと顔を青ざめさせた。咲の気持ちを慮ってくれるということは、今の平穏が未来までない、と言うことを意味するのだろう。おそらく、咲が心を寄せるどこかで、それが崩れて行こうとしているのだ。
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