大正政略恋物語

遠野まさみ

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菱文を纏う

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「……よかった、合いましたか? 紅茶のお茶請けってよく分からなかったので、よくあるお菓子なのですが、お砂糖は疲れた時に良いと思って……」

「そうだな、少し靄のかかっていた頭の中が晴れたような気もする。また頼めるか」

 健斗が楓を頼ってくれるのが嬉しい。勿論です、とはっきり答えると、健斗はおもむろに話題を変えた。

「ところで、君はいくつかの着物を着まわしているようだが、何故、家にいた時のような華やかな着物を着ないのだ」

 健斗の言葉で、またもはっと気づく。確かに楓の持ち物は、子爵令嬢らしからぬものばかりだ。堀下の使用人から譲ってもらった、擦り切れている着物、ほつれた割烹着、足袋もくたびれて、とても華族令嬢とは言い難い。本来なら、楓の嘘を見抜かれて、追い出されていてもおかしくないくらいだ。それでもなんとか首を繋いでもらおうと、必死で言葉を発する。

「こちらにお嫁に参りましたので、わたし自身はもはや、子爵家の爵位にも、旦那さまの資産にも頼れない身です。つつましくあるべきかと。それに、菱文を身に着け、健康でいることこそ、旦那さまの望みに叶うかと」

 健斗や辰雄も、堀下とのつながりは保ちたいのだろう、という裏事情も勘案してみる。すると健斗は、楓の言葉の思わぬところに食いついた。

「ヒシモン?」

 楓の言葉を真似て発するその抑揚に、以前書斎で見た書類を思い出す。……あの、着物や反物の構図を描いた書類の数々だ。

(そうだわ、旦那さまは着物の勉強をされているんだった)

 ならば、楓の知ることが役に立つかもしれない。楓は勇気を得て言葉を継いだ。

「菱文とは着物の文様のひとつで、無病息災を願って織られた着物でございます」

 楓は袖の模様を示して見せた。細かいひし形の模様が並んだこの着物は、晴れ着などで着用される菱文とはまた違った素朴な柄になっている。

 楓の言葉に、健斗は楓の着物を凝視した。そして、まるで暗中に光を見出したみたいな打ち震えた表情で、こう言った。

「柄に意味があるのか……。もしよかったら、着物について教えてくれないか」

 願ってもないことである。楓が健斗の役に立てると気が、来たのだ。
 
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