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花乙女は愛に咲く
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しおりを挟むいきなり、ガン! と丸眼鏡の男が居たドアが、外から蹴破られた。
丸眼鏡の男はドアの下敷きになって、呻いている。
ドアの奥は更に岩を削った階段になっていて、シャンデリアの明かりが届かないと何が起こったのか分からない。
足元に階段の方から流れてくる冷気が漂い、風が吹いたかと思うと、シャンデリアのろうそくの明かりがその風の所為で消えた。部屋の中は真っ暗になる。
「おい! 何が起こってる!? 灯りが消え」
消えた、まで言えずに、部屋の中で叫んでいたオンガの仲間が絨毯の床にドオと倒れた。
「誰だ! 金目当ての賊か!」
「賊が賊を問うとは、滑稽なことだな」
暗闇の中で発された冷ややかな低い声には聞き覚えがあった。
(そんな……!! まさか、どうして……!?)
「私はアディア第二王子ロレシオ・ヴィス・ヴァーレルタン! 我が国から花を攫った罪は重い! この行いは牢に入る覚悟があってのことか!」
凛とした声が響き、リンファスは混乱した。ロレシオの声に、オンガが叫び声を上げる。
「知ったことかよお! 坊ちゃんは大人しく城でダンスでもしてな!!」
オンガの怒号を合図に、暗闇の中のあちらこちらで剣と剣がぶつかる音がした。逃げ惑う買い手の男たちが、次々と誰かに押さえ付けられていく。
オンガたちの持っている大太刀は部屋の壁や調度品に当たって、上手く立ち回れないらしかった。
苛立った様子のオンガが、リンファスを抱え上げ、太刀を持ったまま背後の鉄の扉を潜って逃げた。
「ちぃっ! 狭い場所じゃあ、こっちが不利だ!」
海水が流れ着く狭い通路を、しぶきを上げてバシャバシャと走るオンガに担がれて、リンファスは花を散らしたまま、後ろを振り向いた。
「待て!」
通路の灯りに照らされて追ってくるのは、確かにロレシオとアキムとルドヴィックだった。
アキムとルドヴィックは分かる。リンファスの友人だからだ。しかしロレシオは……!? サラティアナを選んだんじゃなかったのか!?
「船を出せ! 早くだ!」
洞の入り口に泊めてあった自分の船に乗り込むオンガが船員に向かって叫んだ。しかし、船は馬車のように急には動けない。
そこへ追いついたロレシオたちがタラップを踏んで乗り込んでくる。鉄の扉からの通路には更にオンガたちを追ってくる揃いの制服を着た警察隊が居た。
タラップを踏み越えて、ロレシオが跳んだ。身軽な行いに、しかしオンガはリンファスを船体の床に転げ落として応戦した。
大きな刀が空を舞い、ロレシオのサーベルに当たる。金属と金属がぶつかり合う、嫌な、ガキン! という音がした。
その音を合図に、船内に残って居たらしいオンガの仲間たちが躍り出た。
多勢に無勢。これでは勝敗は見えている、と思っていたリンファスの目の前で、壮絶な争いが繰り広げられた。
追って来た警察隊も乗り込んでくる。これで数は互角になった。
やがてタラップが外され、船がようやく出港する。
その船上で、ロレシオたちは軽快に身を翻し、剣を捌き、堂々と海賊たちと渡り合った。
シュっと刃が空気を切り裂く音がして、ロレシオの腕に傷がつく。ぱっと一瞬赤い血が飛び散ったが、ロレシオは気にしないでサーベルを斜めにするとオンガの太刀と鍔を合わせた。
ギリギリと力比べになる。大男のオンガの力を、ロレシオは渾身の力で受け止めていた。
汗が散る。刃が空気を切る音がする。
その軌跡の先をロレシオが跳び越え、オンガの肩を彼の足場に背後へ着地した。
その時、オンガを追って船に乗り込んできたファトマルが、床に転がったままだったリンファスを抱き起こし、抱えようとした。
目の前に突き出されたのは尖ったナイフ……。ファトマルはリンファスを殺す気なのか……。
一旦見えた光が消えた、次の瞬間。
ガン! と体を吹き飛ばされて何かにぶつかった。ファトマルがナイフを払われた瞬間に逃げようとして、リンファスをマストの方に突き飛ばしたのだ。
ファトマルのナイフを払ったロレシオが、ファトマルを跳び越えてリンファスの前に立った。リンファスは背後をマストに、前をロレシオの背中に守られた。
マストの裏側には既に警察隊が上りきって、次々とオンガの仲間たちを捕縛しているところだった。
ロレシオはファトマルと、その後ろで捕縛されたオンガに鋭い声を放った。
「年貢の納め時だ。お前たちにはアディアで裁判を受けてもらう」
ファトマルはがくりと項垂れた。アキムとルドヴィックがファトマルを両側から抑え込んで捕縛する。
……リンファス誘拐事件は、決着がついたのだ……。
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