花乙女は愛に咲く

遠野まさみ

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花が咲く

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最近、リンファスに笑顔が増えたような気がする、とケイトは思った。理由は簡単だ。リンファスに友達が出来たようなのだ。

リンファスは相変わらず宿舎の仕事を買って出ているが、時々その合間に、同じ花乙女のプルネルと一緒に居るところを見たりすることがある。

彼女の前でリンファスは、一人の少女らしく笑い、彼女に打ち解けた表情をする。
保護者であるケイトが何度声を掛けてやるよりも、たった一人、友達が出来るだけで、人間はその存在を大きく肯定できるものなのかもしれない。

「ケイトさん!」

ほら、今だって。

前はこんな風に明るくケイトを呼んだりしなかった。いつもおどおどして、これで十分か、いやまだ足りないと、常にケイトの後ろに仕事を見つけに来ていたような子だったのに。

その変化が嬉しくて、ケイトは朗らかな笑顔で応じた。

「どうしたんだい、リンファス」

リンファスは廊下をタタっとケイトの方へ走り寄ると、こっそり耳元でこう言った。

「……明日、プルネルが次の舞踏会の為に新しくドレスを仕立てに行くのですって。一緒に行ってみないかって誘われてるんですけど……、行っては駄目かしら……?」

期待に目を輝かせてリンファスが問う。こんな表情も、ケイトでは引き出せなかった。本当に、リンファスに良い友人が出来て良かったと思う。だからケイトはその望みを存分に叶えてやることを約束した。

「いいよ。あたしからハラントに言っておくよ。明日は三人で行っておいで」

「ありがとう! ケイトさん!」

今スキップを始めかねない程喜んでいるリンファスは、あの倒れた時の青ざめた顔と、此処に来た時からのやつれた様子が見受けられなくなった。
これもリンファスの右胸に咲いている、小さな紫色の友情の花のおかげだろう。

しかし、……とケイトは思う。

リンファスは花乙女なのだ。いずれイヴラと出会って、その身にイヴラからの愛情の花を咲かせなければならない。まだここで喜んでいてはいけないのだ……。





翌日、三人は馬車に乗り込んで街を目指した。
リンファスは乙女たちの用事で店に入ることは多々あったが、それは商品の受け取りなどの用事であって、店に滞在する時間は短かった。

プルネルは今日、ドレスを仕立てるのだから、店をゆっくり見ることが出来る。遊びのような用事で出掛けることが初めてのリンファスは、少しどきどきしていた。

「そうね、花乙女は基本的に館に居なさいって言われているから、みんなそれに従っているのだと思うわ。
だからみんなも用事を見つけては、街にお出掛けしているの。だって、館以外に茶話会室と舞踏会の会場だけの生活なんて、息がしにくくて窮屈だもの……。
リンファスが元気に働けたのは、館に閉じこもりきりにならないで、こうやって頻繁に外に出掛けていたからだと思うわ」

そうだろうか。花乙女として館に入ったのなら、花乙女として役目を果たすことが一番大事ではないだろうか。

そう思うと、ハンナが言ったような『愛されて、幸せになる』ということをリンファスはまだ知らない。

プルネルと友達になれて嬉しいし、花は咲いたけど、多分そう言うことではないんだろう。だって他の乙女たちは、もっと色形様々な花を咲かせている。

だから役目を果たせてない、と改めて思う。

「私は花を咲かせて役割を全うしているプルネルたちの方が素晴らしいと思うわ。
だってみんな、花を咲かせることを求められてあの館に来て、それで実際花を咲かせているんでしょう?私には出来なかったことだわ。
私はハンナさんに花乙女として求められて此処に来たのに、結局役立たずのままなのよ。
それではいけないと思っているんだけど、でもどうしたら花が咲くのか、分からないのよ……」

肩を落とすリンファスに、それなら茶話会に出てみない? とプルネルが誘った。

「……茶話会?」

「そう。花乙女がイヴラの花を咲かせることを求められているのは知っているのよね? 
でも、肝心のイヴラに会わなければ、イヴラからの花は咲かないわ。
花乙女の宿舎の隣の敷地に、同じような建物がもう一棟あるでしょう。あそこはイヴラの宿舎なの。
あの建物と花乙女の館の間、ちょうど真ん中に、『茶話会室』というのがあって、そこで月に何度か、花乙女とイヴラが集まってお茶を飲む会があるのよ。
……リンファス、貴女、一度も茶話会に出たことがないでしょう? だから、今度の茶話会、一緒に、どう?」

目の前がぱっと開けたような気がした。
そうか……、イヴラと出会わなければ花は咲かないんだ。今までイヴラと会ったことのないリンファスに花が咲かないのは、至極道理だ。

期待に胸が膨らむ。しかし本当にリンファスが参加しても良いものだろうか……。

「是非参加したいけど……、でも私本当にやせぎすでみっともなくて……」

とてもイヴラ(男性)の目の留まるとは思えない。奇異な見た目で村人たちから白い目で見られていた過去を思い出す。

俯きがちになるリンファスに、自信を持って、とプルネルが声を掛ける。

「誰でも初めての人と会う時は緊張するわ……。私もそうだったもの……。
……でもね、人とお会いしないと、好いてももらえないし、人と話さなければ、自分のことを分かってもいただけないし、愛してもいただけないのよ。
……私も貴女と会わなかったら、貴女を好きになれなかったし、そうしたら今日、こうやって出掛けてくることもなくて、毎日つまらない生活をしていたでしょうね……」

最初は会うことから……。

そう言えば。リンファスの運命が変わったのは、ハンナと出会ったからだった。
ウエルトの村では、ファトマルに尽くして尽くして息絶えるのだと思っていた。それが今では、野菜スープよりも上等なものを食べさせてもらって、着る物だってぼろぼろの繕った物じゃない新品だ。地主のオファンズたちがしていたような生活を、今、あの村八分にされていたリンファスがしているのだ。
そう思ったら、不思議な気がして来た。

「プルネル……」

「リンファス、勇気を出して。自信を持って。……貴女はそれにふさわしい努力をして来たし、それを認めてもらってもいい人なのよ……」

友達とは、なんとありがたい存在なのだろう……。とかく尻込みしがちなリンファスの背を押してくれる。
いや、友達だけじゃない。気が付けなかったけど、ケイトだってずっとリンファスに言葉をくれていた。
ハンナと出会わなければ、ケイトにも出会えなかったし、プルネルにも出会えなかった。……そう考えると、人と会うことは、案外悪いことではないような気もする。

「プルネル……、私、参加してみるわ……。イヴラの皆さんと、会ってみる」

恐る恐る出した声がプルネルに届くと、プルネルは花のように微笑んでくれた。
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