花乙女は愛に咲く

遠野まさみ

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花乙女として

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「此処は花乙女の館だからね。花しかないんだよ」

水くらいは出せるが、人間の食べ物はないと言う。そんな……、とリンファスは思った。

困惑した様子のリンファスに、ケイトは、先ずは花を食べて見ないか、と誘った。

「花……、ですか? でも私には花が咲いてません」

「そう、でもこんな事態だからね。ひとまず他の花乙女に分けてもらうのはどうだろう?」

「良いのですか? 花は、女神さまに捧げるものだと聞いています。……そんな大切なものを、良いのでしょうか……」

きっと大事なもののはずだ。しかしケイトは緊急事態にはみんなで力を合わせるもんだよ、と微笑んだ。

「あんたに花が咲くまで少し分けてもらうとアスナイヌトさまに祈っておこう。
あんたが餓死しちまうと、将来アスナイヌトさまに寄進する分の花が少なくなっちまうからね」

ぽん、とケイトがリンファスの背を叩いた。
でもそんなことをして大丈夫なのだろうか。それに、リンファスは花を食べたことがない。本当に、美味しいのだろうか。
ハンナが言ってたように、人間の食事よりも美味しいのだろうか。

(ううん。美味しいとか美味しくないとかの話じゃないわ。ケイトさんは私の為の食事を考えてくれたんだもの。きっと食べられるものなのよ……)

そう思って、やっとリンファスはケイトにありがとうございます、と礼を言うことが出来た。
……当面の食事の問題は解決できた。後はハンナやケイトが言うように、リンファスに花が着けばいいのである。

……でも、どうやって?

愛されて幸せになると、花が咲くとハンナは言った。
とすれば、リンファス一人の努力ではどうにもならない。
ウエルトの村では自分のことは何でも自分で出来たのに、此処ではそれが通用しない。
自分のことを自分で解決できない難しさを、リンファスは初めて体験していた。

(……このまま、ずっとこの館のお荷物で居るのかしら……)

そう思うと、此処で出来ることを探さなければならないと言う気持ちになってきた。
ハンナは此処がリンファスの居場所だと思って連れてきてくれたのだし、ケイトも面倒を見ると言ってくれている。それならば、此処に居ていいと言う理由を作りたかった。

「あの……、ケイトさん。私に仕事をくださいませんか……」

リンファスはケイトに頼んだ。ケイトは目を丸くしてリンファスを見る。

「仕事? 花乙女は花を咲かせるのが仕事だよ。あんたは此処で過ごしながら、花を着けることが仕事なのさ」

「それはハンナさんにも言われて、分かっています。でも今現在、私には花が着いていません。
花が着いていない花乙女は用なしなんでしょう? それなら、花を着けること以外の、何かお役に立てるような仕事が欲しいんです」

村でファトマルの為に働くことで居場所を作って来た。それと同じようにしたいのだ。しかしケイトは困惑した様子のままだ。

「……花乙女に労働を与えるなんて、聞いたことないねえ……。……でもあんたがそうしたいのなら、叶えてやるほうが良いんだろうねえ……」

ケイトは悩んだ様子で暫く考え込んだ後、ぽん、と手を叩いて、良いことを思いついたよ、と微笑んだ。

「花乙女は一日一回、アスナイヌトさまに寄進する花を摘むんだ。その花をアスナイヌトさまのところまで持って行ってくれないかい。
今まであたしがやってた仕事だ。
それならアスナイヌトさまの場所を教えればあんたにも出来そうだし、他の乙女たちの為にもなるだろう? どうだい? やるかい?」

仕事なら何でも嬉しいし、それが他の乙女たちの為になるなら、もっと嬉しい。
この仕事をすることで、さっきの少女たちにも此処に居ることを認めてもらえるかもしれない。そう思ってリンファスは綻ぶような笑みで、はい、と答えた。

「是非、やらせてください! まじめに働きます」

「あっはっは! 働きたいなんて言い出す花乙女は本当に初めてだ! あんた本当に変わった子だねえ!」

花乙女に見えなかろうと、変わって見えようと、そんなことは気にしていられない。
もう帰るところはないんだから、此処に居ることのできる理由が出来て良かった。ほっと安堵したリンファスの頭を、ケイトが撫でる。

「不思議な乙女だと思ってたけど、本当に不思議で変わった乙女だ。じゃあ、明日から頼めるかい? 最初はあたしがついて行こう。明後日からはあたしの旦那と行っとくれ」

「はい」

返事をしたら、ケイトの目が糸のようになって目じりに深いしわを刻んだ。リンファスは少しケイトに打ち解けた気分になって、気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。

「あの……、聞いても良いでしょうか……?」

リンファスの問いに、ケイトは何だい? と応えた。

「ケイトさんは、花乙女なんですか……?」

ケイトは紫の瞳をして花を咲かせている。
でも、みつあみをした髪の毛がオレンジ色だ。花乙女ではないのだろうか?
リンファスの疑問を正しく聞き取ったケイトが簡単な子供の問いに答えるように教えてくれた。

「そうか、あんたは花乙女がどんなものかを知らないんだね。
……花乙女は唯一の相手と結ばれるために存在している。そして、その唯一の相手と結ばれると、その相手の瞳の色に染まるんだよ」

「染まる……」

意味が良く分からなかったリンファスは、ケイトの言葉をおうむ返しにした。ケイトは微笑みを深くする。

「そうだよ。この、あたしに付いている花は胡白色の芯をして、花びらがオレンジ色だろう? 
これはあたしの旦那の瞳の色だ。あたしの旦那はオレンジ色の虹彩に琥珀色の瞳をしている。
旦那の瞳はきれいだよ。明日にでも会わせてやるよ。
談話室に居た乙女たちについていた花も、全部彼女たちを想うイヴラの想いで咲いている。あの子たちもやがて、唯一となるイヴラと結ばれて、その身を一色に染めるよ。
その時には貧富の差も、身分の差も関係ない。国全体で花乙女とイヴラを祝福するんだ」

にっこりと……、穏やかでやさしい微笑みを浮かべるケイトは、多分アスナイヌトという女神のような笑みを浮かべている。そんな気がした。
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