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4章 イルミネーション
52話
しおりを挟む私が駅前についた頃には、イルミネーションはもう終わっていた。
遅かった。昨日まで明るかった駅前が今日はもう真っ暗で、不必要に広いだけの悲しい空間が広がっていた。近くまで寄ると、イルミネーションが数人の係員の手でどんどんと剥がされていくまさに最中だった。
ゴミ袋に突っ込まれていく味気ないコードや電球は、すっかりガラクタそのもの。同じくそのゴミ袋の中、処分されるのであろうサンタの電飾はなんら変わらず大きなひげを蓄え笑っていた。
私は、立ち尽くしてそれが片付けられる様を見る。
こうして町からイルミネーションが、小さな希望が消されていく。
終わったものは、終わったもの。人は往々にして、そんなものには目をくれない。ドライなのがその特徴だ。隣を通りかかったサラリーマンはかつかつと足音高く、家路へと向かうのだろうか。その目には、終わっていくものなんかより、これから先のことが視界の真ん中を陣取っている。誰も密かに終わっていくものには、足を止めやしない。
そして明日には、すっかりそれを忘れてしまう。代わりに正月が来る。次は新年の準備だ。
クリスマスは毎年散々だ。
結局今年も私は一人だった。クリスマスに彼氏がいたことがなかったわけではない。去年はいた。少なくとも、私はそう思っていた。
学校をやめて家に篭っていたあとでさえ、私は愚かにも彼が改心して私を迎えに来てくれると、どこかで信じていた。
粉々に砕かれて最後に残った乙女心だったのかもしれない。
それに「別れよう」とは一言も言われていなかった。
だから、私はまだ別れていないと思っていた。それほどまでに彼が好きだったというわけじゃない。それしかすがるものがなかった。孤独が怖かった。おばさんを失ってからとっくに慣れていたはずの孤独が、ほんの少し誰かと触れあっただけで次に向き合うことがこんなにも怖いものになるなんて。
もちろん彼は来なかった。
たぶん私ではない誰か本命の女の子と遊んでいたんだと思う。そのまま一人のクリスマスは過ぎていって、次の日準備していたプレゼントのネックレスも添えたメッセージカードも全部、駅のゴミ箱に捨てた。
そこに書いた「来年もよろしくね」なんて言葉は、全く報われずじまいになった。ちゃんとした恋人として付き合いたい、淡い気持ちは見事に裏切られた。
それを思えば今年は変な期待をしないでいい分、気楽だった。王子様はいない、そんなことは分かっている。誰もこんな醜い私を迎えに来てはくれない。そんな聖人がいたなら、その人はとっくに別のお姫様を見つけている。
それは新田さんも一緒だろう。お伽話と現実は別物だ。
雪も降らず、ただ寒いだけの野暮な家路をさっき見たサラリーマンのように私も急いだ。なんとなくスーパーに寄る気もしなかった。残り物のチキンを見るのが嫌だった。
家に着くと、玄関のドアノブに紙袋がかけられているのを見つけた。少し怪しいなと思ったが、その古臭いデザインから、鳥越さんが掛けたのだとすぐに分かった。前にお返しとして渡した野菜でなにか作ってくれたのだろう。
一人身には、そんな心遣いが染みる。
十分すぎるくらいのクリスマスプレゼントだ。明日朝一番でお礼に伺おう。
部屋に入って、早速袋を開ける。するとそこからは醤油ベースで煮つけた大根が……と、そう思っていたのに、そこからは考えていたのとは全く違うものが出てきた。
マフラーが入っていた。カシミアで編まれた黒いマフラー。不審に思いつつもそれを取り出すと、中から手袋と紙が一枚落ちてきた。私はそれをしゃがんで拾い上げる。
『いなかったので、ここに置いておきます。またお話出来れば嬉しいです。メリークリスマス 新田 』
メッセージカードだった。
赤と緑を基調に、一生懸命デコってある。サンタの絵やツリーの絵。几帳面に定規を使って引かれた下書き線が裏に少し残っていた。
新田さんのあの不器用な手を思い出す。あれじゃあこれを描くのに何時間かかったんだろうか。
「…………ださいってば」
こんな私にも、サンタクロースは来ていた。姿は見られずじまいだったけど、ちゃんと来てくれていた。まだ私は見捨てられていなかった。
誰からも見落とされて。クリスマスに置いていかれた小さく不安定な私の光を、新田さんは拾い上げてくれていた。
黒くて背高のっぽのサンタクロースが小さく「メリークリスマス」と言っているのを想像したら、笑えた。あ、今は違ったんだっけ。
もう絶対に嫌われたと思っていたのに。こういうタイミングであの人は、私のところにやってくる。
新田さんは本当に無頓着だ。女の子の気持ちをなにも分かっていない。そもそも友達としてしか見られていないからこうなのかもしれない。
けれど、もう溢れ出してしまった。
これまでできるだけ見ないようにしてきたものが急に全部明け晒しになった。
気づけば、私はマフラーと手袋を掴んで家を出ていた。
行って、それからどうしようかなんてまるで頭になかった。とにかく行くだけ行こうと思った。その道中のことはふわりとしか覚えていない。不思議なくらい寒さも感じなかった。気づいたら新田さんの家の前にいて、チャイムを鳴らしていた。
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