上 下
52 / 57
4章 イルミネーション

52話

しおりを挟む

私が駅前についた頃には、イルミネーションはもう終わっていた。

遅かった。昨日まで明るかった駅前が今日はもう真っ暗で、不必要に広いだけの悲しい空間が広がっていた。近くまで寄ると、イルミネーションが数人の係員の手でどんどんと剥がされていくまさに最中だった。

ゴミ袋に突っ込まれていく味気ないコードや電球は、すっかりガラクタそのもの。同じくそのゴミ袋の中、処分されるのであろうサンタの電飾はなんら変わらず大きなひげを蓄え笑っていた。

私は、立ち尽くしてそれが片付けられる様を見る。

こうして町からイルミネーションが、小さな希望が消されていく。

終わったものは、終わったもの。人は往々にして、そんなものには目をくれない。ドライなのがその特徴だ。隣を通りかかったサラリーマンはかつかつと足音高く、家路へと向かうのだろうか。その目には、終わっていくものなんかより、これから先のことが視界の真ん中を陣取っている。誰も密かに終わっていくものには、足を止めやしない。

そして明日には、すっかりそれを忘れてしまう。代わりに正月が来る。次は新年の準備だ。

クリスマスは毎年散々だ。

結局今年も私は一人だった。クリスマスに彼氏がいたことがなかったわけではない。去年はいた。少なくとも、私はそう思っていた。

学校をやめて家に篭っていたあとでさえ、私は愚かにも彼が改心して私を迎えに来てくれると、どこかで信じていた。
粉々に砕かれて最後に残った乙女心だったのかもしれない。

それに「別れよう」とは一言も言われていなかった。

だから、私はまだ別れていないと思っていた。それほどまでに彼が好きだったというわけじゃない。それしかすがるものがなかった。孤独が怖かった。おばさんを失ってからとっくに慣れていたはずの孤独が、ほんの少し誰かと触れあっただけで次に向き合うことがこんなにも怖いものになるなんて。

もちろん彼は来なかった。
たぶん私ではない誰か本命の女の子と遊んでいたんだと思う。そのまま一人のクリスマスは過ぎていって、次の日準備していたプレゼントのネックレスも添えたメッセージカードも全部、駅のゴミ箱に捨てた。

そこに書いた「来年もよろしくね」なんて言葉は、全く報われずじまいになった。ちゃんとした恋人として付き合いたい、淡い気持ちは見事に裏切られた。

それを思えば今年は変な期待をしないでいい分、気楽だった。王子様はいない、そんなことは分かっている。誰もこんな醜い私を迎えに来てはくれない。そんな聖人がいたなら、その人はとっくに別のお姫様を見つけている。

それは新田さんも一緒だろう。お伽話と現実は別物だ。

雪も降らず、ただ寒いだけの野暮な家路をさっき見たサラリーマンのように私も急いだ。なんとなくスーパーに寄る気もしなかった。残り物のチキンを見るのが嫌だった。

家に着くと、玄関のドアノブに紙袋がかけられているのを見つけた。少し怪しいなと思ったが、その古臭いデザインから、鳥越さんが掛けたのだとすぐに分かった。前にお返しとして渡した野菜でなにか作ってくれたのだろう。

一人身には、そんな心遣いが染みる。
十分すぎるくらいのクリスマスプレゼントだ。明日朝一番でお礼に伺おう。

部屋に入って、早速袋を開ける。するとそこからは醤油ベースで煮つけた大根が……と、そう思っていたのに、そこからは考えていたのとは全く違うものが出てきた。

マフラーが入っていた。カシミアで編まれた黒いマフラー。不審に思いつつもそれを取り出すと、中から手袋と紙が一枚落ちてきた。私はそれをしゃがんで拾い上げる。



『いなかったので、ここに置いておきます。またお話出来れば嬉しいです。メリークリスマス    新田    』


メッセージカードだった。
赤と緑を基調に、一生懸命デコってある。サンタの絵やツリーの絵。几帳面に定規を使って引かれた下書き線が裏に少し残っていた。

新田さんのあの不器用な手を思い出す。あれじゃあこれを描くのに何時間かかったんだろうか。

「…………ださいってば」

こんな私にも、サンタクロースは来ていた。姿は見られずじまいだったけど、ちゃんと来てくれていた。まだ私は見捨てられていなかった。

誰からも見落とされて。クリスマスに置いていかれた小さく不安定な私の光を、新田さんは拾い上げてくれていた。

黒くて背高のっぽのサンタクロースが小さく「メリークリスマス」と言っているのを想像したら、笑えた。あ、今は違ったんだっけ。

もう絶対に嫌われたと思っていたのに。こういうタイミングであの人は、私のところにやってくる。

新田さんは本当に無頓着だ。女の子の気持ちをなにも分かっていない。そもそも友達としてしか見られていないからこうなのかもしれない。

けれど、もう溢れ出してしまった。

これまでできるだけ見ないようにしてきたものが急に全部明け晒しになった。

気づけば、私はマフラーと手袋を掴んで家を出ていた。

行って、それからどうしようかなんてまるで頭になかった。とにかく行くだけ行こうと思った。その道中のことはふわりとしか覚えていない。不思議なくらい寒さも感じなかった。気づいたら新田さんの家の前にいて、チャイムを鳴らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

叶うのならば、もう一度。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ライト文芸
 今年30になった結奈は、ある日唐突に余命宣告をされた。  混乱する頭で思い悩んだが、そんな彼女を支えたのは優しくて頑固な婚約者の彼だった。  彼と籍を入れ、他愛のない事で笑い合う日々。  病院生活でもそんな幸せな時を過ごせたのは、彼の優しさがあったから。  しかしそんな時間にも限りがあって――?  これは夫婦になっても色褪せない恋情と、別れと、その先のお話。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

チェイス★ザ★フェイス!

松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。 ※この作品は完全なフィクションです。 ※他サイトにも掲載しております。 ※第1部、完結いたしました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

世界の終わり、茜色の空

美汐
ライト文芸
当たり前の日々。 平和で退屈で、でもかけがえのない日々が、突然跡形もなく消えてしまうとしたら――。 茜と京と朔は、突然世界の終わりを体験し、そしてなぜかそのときより三日前に時を遡っていた。 当たり前の日々が当たり前でなくなること。 なぜ自分たちはこの世界に生きているのか。 世界が終わりを迎えるまでの三日間を繰り返しタイムリープしながら、生きる意味や仲間との絆を確かめ合う三人の高校生たちの物語。

処理中です...