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4章 イルミネーション

43話

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「ありがとうございましたー」

店の自動ドアを出て行こうとする客に向けて、頭を下げる。すると、客も軽く会釈を返してくれた。そのまま扉が閉まるまで見送る。

それから顔を上げ、ふぅと短く息をついた。

「しばらく客も来ないだろうし、昼休憩入ろうか」

中谷さんが背中の方から言う。それを聞いたら、自然、今度は大きなため息が漏れた。

この仕事にもだいぶ慣れてきたつもりだ。仕事で分からないことも減ってきたし、中谷さんに「中卒だから、中退だから」と責められることもほとんどなくなった。

それでも、午前中の気だるさだけはいつまで経っても慣れない。朝の弱さは筋金入りだ。それにはずっと苦言を呈されていたが、もはや中谷さんも言い疲れたのだろう。九時ギリギリに出勤しても、遅刻さえしなければなにも言われなくなった。

デスクに戻って、首をゆっくり一周回す。ゴキッとおぞましいくらいの大きい音が鳴った。

「舞ちゃん、お疲れ様。今すごい音鳴ったね」
「……聞こえてました?」

それは恥ずかしい。

「うん、デスクが壊れたかと思ったよ」
「そんな怪力じゃないですって」
「だよね、でもそうじゃなくて壊れることもあるじゃんか。経年劣化で。あ、でもでも高崎さんなら右手一本でぐしゃりって潰せそう!」

言いながら右手をぎゅっと握って見せるくるみさんのデスクは、私の隣だ。昼休みはいつもくるみさんと話しながら過ごす。というよりはどんな時でも一方的に話しかけてくる。

「今日の弁当はー……あー、やっぱり」

くるみさんは、楽しそうに弁当の包みを開く。しかし中身が焼きそばでまっ茶色なのを見ると、さすがの笑顔も少し崩れていた。私は菓子パンを食べようと思って鞄を開けるのだが、忘れてきてしまっていた。そういえばうっかり補充し忘れていて、冷蔵庫の在庫がなくなっていたのだった。

「忘れたの? 私の焼きそばあげようか。昨日の夜もこれだったから、正直飽きてるんだよー」

くるみさんは、中途半端な水分でべちゃりと固まってしまった焼きそば(ほとんど小麦の塊)を箸で持ちあげる。

「たまには食べないでダイエットしますよ」
「食べないで倒れたら、大変じゃん。健康に悪いよー」

健康面を気にするなら、菓子パンは食べない方がマシな気がする。

「……とにかく今日はいいです」

私は机に突っ伏す。人がご飯を食べているのをじろじろ見る趣味はない。それに眠さもあった。多少だらしないかもしれないが、次に客が来る時までに直せばいい。

「えー、起きよーよ。お話しよう、楽しいやつ。私が暇になる!」

くるみさんは、ゆさゆさと身体を揺らしてくる。これじゃあ寝ようにも寝られない。

「したい話もあるんだってば。昨日新田さんに会った話とかさー!」
「なんですか」

空寝を決めようとしたのだが、つい反応してしまった。

「お、起きた! うちの弟が会いたいって言うから、家に来てくれたんだけどまぁ面白くてね。三人でパーティーゲームしたんだけど、ミニゲーム一回しか勝ってなかったんだよ。それもくじ引きのゲーム!」
「そうですか。で、なんでそれを私に言うんでしょう」

私はそれだけ答えて、再び机に突っ伏す。

「あれれ? 興味あるかなぁと思ったんだけど、ゼロかー、あははー」
「…………」
「……なんか元気ないね、舞ちゃん」
「そんなことはないです。ただ眠たいだけですよ」

今度は顔を上げないまま答えた。くるみさんは、茶色の塊を持ち上げた箸を止めて私をじっと見る。

「ねぇ、明日カフェで昼ごはん食べない?」
「……遠慮します。菓子パンで十分です」

誘ってくれるのは嬉しいことだ。けれど、なんとなく気乗りがしなかった。本当になんとなく、理由もなく。

それにくるみさんが私を気遣って言ってくれているのなら、それは必要ないことだ。私は別に落ち込んでいるわけじゃない、元から陰気で、なにをするのも気だるいだけのことである。

その後もしばらく私を見ていたくるみさんだったが、私が反応しないのに気づくと、焼きそばを食べ始める音が聞こえた。これでようやく落ち着いていられる。

そのまま少し寝たら、起きてからは身体の重さみたいなものもなくなっていた。前髪についてしまった寝ぐせをくるみさんに指摘されて、化粧室で直す。

痛んだ髪は、寝ぐせもなかなか直らない。冬はいつもに増してぱさつく。

冬の乾燥は、より髪から潤いを奪うらしい。一本一本見ていくと、何本も枝毛を見つけてしまった。全部抜いてやりたい衝動にかられたが、時間もなかった。それにそんなことをしたら、落ち武者みたいな髪型になってしまいそう。

昼からは外周だった。いわば家を賃貸している大家さんへの挨拶回りのようなものだ。車を使えない私の担当は、この辺りの地域のみに限られている。コートで冷たい空気をよけながら、自転車に乗って、一軒一軒訪ねて挨拶してまわる。

決められただけやったら、定時を少し過ぎた時間には終えられた。

私の生活は、ほとんど全てがこの小さな町の中で完結する。なんのことはない単調な日々の繰り返しだ。けれどそれに大きな不満があるわけでもない。だからこの先も、私はこの日々を繰り返し続けるんだろうなと思う。

人は誰だって自分のいる場所でそれなりに悩みを抱え、その中で自分と折り合いをつけながら、日々に小さな娯楽を見つけて生きていく。
どれだけ私から見て幸せそうな人でも、きっと彼らは彼らなりに悩んで苦しみながら生きている。この頃そう気づいた。私も彼らと変わらない。少し違うのは、それを顕示しないところだろうか。
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