43 / 57
4章 イルミネーション
43話
しおりを挟む「ありがとうございましたー」
店の自動ドアを出て行こうとする客に向けて、頭を下げる。すると、客も軽く会釈を返してくれた。そのまま扉が閉まるまで見送る。
それから顔を上げ、ふぅと短く息をついた。
「しばらく客も来ないだろうし、昼休憩入ろうか」
中谷さんが背中の方から言う。それを聞いたら、自然、今度は大きなため息が漏れた。
この仕事にもだいぶ慣れてきたつもりだ。仕事で分からないことも減ってきたし、中谷さんに「中卒だから、中退だから」と責められることもほとんどなくなった。
それでも、午前中の気だるさだけはいつまで経っても慣れない。朝の弱さは筋金入りだ。それにはずっと苦言を呈されていたが、もはや中谷さんも言い疲れたのだろう。九時ギリギリに出勤しても、遅刻さえしなければなにも言われなくなった。
デスクに戻って、首をゆっくり一周回す。ゴキッとおぞましいくらいの大きい音が鳴った。
「舞ちゃん、お疲れ様。今すごい音鳴ったね」
「……聞こえてました?」
それは恥ずかしい。
「うん、デスクが壊れたかと思ったよ」
「そんな怪力じゃないですって」
「だよね、でもそうじゃなくて壊れることもあるじゃんか。経年劣化で。あ、でもでも高崎さんなら右手一本でぐしゃりって潰せそう!」
言いながら右手をぎゅっと握って見せるくるみさんのデスクは、私の隣だ。昼休みはいつもくるみさんと話しながら過ごす。というよりはどんな時でも一方的に話しかけてくる。
「今日の弁当はー……あー、やっぱり」
くるみさんは、楽しそうに弁当の包みを開く。しかし中身が焼きそばでまっ茶色なのを見ると、さすがの笑顔も少し崩れていた。私は菓子パンを食べようと思って鞄を開けるのだが、忘れてきてしまっていた。そういえばうっかり補充し忘れていて、冷蔵庫の在庫がなくなっていたのだった。
「忘れたの? 私の焼きそばあげようか。昨日の夜もこれだったから、正直飽きてるんだよー」
くるみさんは、中途半端な水分でべちゃりと固まってしまった焼きそば(ほとんど小麦の塊)を箸で持ちあげる。
「たまには食べないでダイエットしますよ」
「食べないで倒れたら、大変じゃん。健康に悪いよー」
健康面を気にするなら、菓子パンは食べない方がマシな気がする。
「……とにかく今日はいいです」
私は机に突っ伏す。人がご飯を食べているのをじろじろ見る趣味はない。それに眠さもあった。多少だらしないかもしれないが、次に客が来る時までに直せばいい。
「えー、起きよーよ。お話しよう、楽しいやつ。私が暇になる!」
くるみさんは、ゆさゆさと身体を揺らしてくる。これじゃあ寝ようにも寝られない。
「したい話もあるんだってば。昨日新田さんに会った話とかさー!」
「なんですか」
空寝を決めようとしたのだが、つい反応してしまった。
「お、起きた! うちの弟が会いたいって言うから、家に来てくれたんだけどまぁ面白くてね。三人でパーティーゲームしたんだけど、ミニゲーム一回しか勝ってなかったんだよ。それもくじ引きのゲーム!」
「そうですか。で、なんでそれを私に言うんでしょう」
私はそれだけ答えて、再び机に突っ伏す。
「あれれ? 興味あるかなぁと思ったんだけど、ゼロかー、あははー」
「…………」
「……なんか元気ないね、舞ちゃん」
「そんなことはないです。ただ眠たいだけですよ」
今度は顔を上げないまま答えた。くるみさんは、茶色の塊を持ち上げた箸を止めて私をじっと見る。
「ねぇ、明日カフェで昼ごはん食べない?」
「……遠慮します。菓子パンで十分です」
誘ってくれるのは嬉しいことだ。けれど、なんとなく気乗りがしなかった。本当になんとなく、理由もなく。
それにくるみさんが私を気遣って言ってくれているのなら、それは必要ないことだ。私は別に落ち込んでいるわけじゃない、元から陰気で、なにをするのも気だるいだけのことである。
その後もしばらく私を見ていたくるみさんだったが、私が反応しないのに気づくと、焼きそばを食べ始める音が聞こえた。これでようやく落ち着いていられる。
そのまま少し寝たら、起きてからは身体の重さみたいなものもなくなっていた。前髪についてしまった寝ぐせをくるみさんに指摘されて、化粧室で直す。
痛んだ髪は、寝ぐせもなかなか直らない。冬はいつもに増してぱさつく。
冬の乾燥は、より髪から潤いを奪うらしい。一本一本見ていくと、何本も枝毛を見つけてしまった。全部抜いてやりたい衝動にかられたが、時間もなかった。それにそんなことをしたら、落ち武者みたいな髪型になってしまいそう。
昼からは外周だった。いわば家を賃貸している大家さんへの挨拶回りのようなものだ。車を使えない私の担当は、この辺りの地域のみに限られている。コートで冷たい空気をよけながら、自転車に乗って、一軒一軒訪ねて挨拶してまわる。
決められただけやったら、定時を少し過ぎた時間には終えられた。
私の生活は、ほとんど全てがこの小さな町の中で完結する。なんのことはない単調な日々の繰り返しだ。けれどそれに大きな不満があるわけでもない。だからこの先も、私はこの日々を繰り返し続けるんだろうなと思う。
人は誰だって自分のいる場所でそれなりに悩みを抱え、その中で自分と折り合いをつけながら、日々に小さな娯楽を見つけて生きていく。
どれだけ私から見て幸せそうな人でも、きっと彼らは彼らなりに悩んで苦しみながら生きている。この頃そう気づいた。私も彼らと変わらない。少し違うのは、それを顕示しないところだろうか。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
チェイス★ザ★フェイス!
松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。
※この作品は完全なフィクションです。
※他サイトにも掲載しております。
※第1部、完結いたしました。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
THE LAST WOLF
凪子
ライト文芸
勝者は賞金五億円、敗者には死。このゲームを勝ち抜くことはできるのか?!
バニシングナイトとは、年に一度、治外法権(ちがいほうけん)の無人島で開催される、命を賭けた人狼ゲームの名称である。
勝者には五億円の賞金が与えられ、敗者には問答無用の死が待っている。
このゲームに抽選で選ばれたプレーヤーは十二人。
彼らは村人・人狼・狂人・占い師・霊媒師・騎士という役職を与えられ、村人側あるいは人狼側となってゲームに参加する。
人狼三名を全て処刑すれば村人の勝利、村人と人狼の数が同数になれば人狼の勝利である。
高校三年生の小鳥遊歩(たかなし・あゆむ)は、バニシングナイトに当選する。
こうして、平和な日常は突然終わりを告げ、命を賭けた人狼ゲームの幕が上がる!
だからって、言えるわけないだろ
フドワーリ 野土香
ライト文芸
〈あらすじ〉
谷口夏芽(28歳)は、大学からの親友美佳の結婚式の招待状を受け取っていた。
夏芽は今でもよく大学の頃を思い出す。なぜなら、その当時夏芽だけにしか見えない男の子がいたからだ。
大学生になって出会ったのは、同じ大学で共に学ぶはずだった男の子、橘翔だった。
翔は入学直前に交通事故でこの世を去ってしまった。
夏芽と翔は特別知り合いでもなく無関係なのに、なぜだか夏芽だけに翔が見えてしまう。
成仏できない理由はやり残した後悔が原因ではないのか、と夏芽は翔のやり残したことを手伝おうとする。
果たして翔は成仏できたのか。大人になった夏芽が大学時代を振り返るのはなぜか。
現在と過去が交差する、恋と友情のちょっと不思議な青春ファンタジー。
〈主要登場人物〉
谷口夏芽…一番の親友桃香を事故で亡くして以来、夏芽は親しい友達を作ろうとしなかった。不器用でなかなか素直になれない性格。
橘翔…大学入学を目前に、親友真一と羽目を外しすぎてしまいバイク事故に遭う。真一は助かり、翔だけがこの世を去ってしまう。
美佳…夏芽とは大学の頃からの友達。イケメン好きで大学の頃はころころ彼氏が変わっていた。
真一…翔の親友。事故で目を負傷し、ドナー登録していた翔から眼球を譲られる。翔を失ったショックから、大学では地味に過ごしていた。
桃香…夏芽の幼い頃からの親友。すべてが完璧で、夏芽はずっと桃香に嫉妬していた。中学のとき、信号無視の車とぶつかりこの世を去る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる