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2章 黒服男
28話
しおりを挟む「どうですか? 綺麗でしょ」
「……そうですね」
「本当に思ってます? その反応」
「思ってます。見とれてしまって」
「そうですか、分かってくれてなによりです」
光の粒がはらはらと舞って落ちる。その綺麗さに、花火の先をずっと見つめてしまう。地面について消えていく光の様も、消えてからバケツに入れると水に触れてしゅんと消える音までも、綺麗だと思った。
私が知りもしないのに、知ったかぶりの偏見だけで無駄だと切り捨ててきたものは、こんなにも綺麗だった。それは花火に限ったことじゃない、たぶんその全てがこんな風にひとつひとつ輝いているのだろう。だから人はそれに惹きつけられる。
つまり私は、それが眩しすぎて懸命に目をそらし続けた卑屈な少年だ。
今だからそう思える。今は、私もその輝きを見てみたいと思っている。「外」の世界は、不条理でそれなのに輝いている。一見とんだ矛盾に見えるが、そうではなくて「だからこそ」なのかもしれない。
笹川さんが笑うのが花火の先にぼんやりと映った。楽しそうにする彼女の笑顔は、無邪気な少女そのもので、はっとさせられた。
「あ、ねずみ花火もつけちゃおう」
「ねずみ花火?」
「そうですねー、逃げる準備だけしておいた方がいいかも!」
笹川さんが円状の花火を放る。それは暴れるように、近くを旋回しだした。私が必死に逃げ回ると、笹川さんは腹を抱えて笑った。
「近所迷惑ですよ!」
「あははっ、それこそばれちゃいますね。ふふっ。そんなに熱くないですって、びびりすぎです」
「そうなんですか?」
「はい。当たってもやけどもしませんとも」
たくさんあった花火は、次々とやっていくうちにあっという間に減っていった。警察に遭遇することはなかった。田舎だからそもそも見回りが少ないのだろう。この間のケースが稀だったのだ。
最後は二人で線香花火をした。
火を落とさないように、そればっかりを考えていたら、手が震えてすぐに落ちてしまった。笹川さんは、かなり長いこと火を持たせていた。斜め45°に持つのがコツらしい。私が真似をしようとしたら、やっぱりすぐに落ちてしまった。
髪が邪魔したんです、と言い訳をしたら「やっぱり髪切りに行きましょう」とそういう話になった。私が空気に流されて曖昧に頷くと、笹川さんは「言質とりました」と笑っていた。正確には発していないから違うのだけど、細かいことはなにでもよかった。
別れて一人になってからはずっと頭がふわふわしていた。それは、酒で酔っていた感覚とはまた別のもの。体が浮いているような感覚があって、そのさらに上を感情や思考が摩擦もなしに滑っていく感じがした。
いつものように考えごとをしようにも煮詰まらない。心臓が細い弦のモノコードをはじいたように高く脈を打って、手を当て深呼吸して抑えるのにばくばくとうるさい。
私は、そのままぼーっと家路を歩いた。ここが東京なら、もう何人とも肩をぶつけあっているだろう。喧嘩になっていたかもしれない。
花火をしていた時間も今も、一秒一秒一コマ一コマが早送りでもされるかのように時間が過ぎていく。なにかの機序がおかしくなってしまったようだ。
頭をはっきりさせようとして、私は天を仰ぐ。それでも全てが宙に浮いたままだった。
夜空に浮かぶ星が一段と光って見えた。乾いた空気が頬を撫でる。きっと今日も晴れるだろう。それから、うんと暑くなる気がする。
家に着いたら、すぐに黒のシャツを脱いで寝巻きに着替えた。風呂は起きてからでもいい。今はそんな気が起こらなかった。すぐに寝ればいいものを中々寝つけずに、夜更けにさしかかるまで豆球と天井を見つめた。
起きたら、窓から覗いた太陽は、もう半分以上も昇っていた。時計を見ればもう十時を指している。今日がペットボトルゴミの日だったことを思い出し、袋を握りしめたら、とるもとりあえず家を出た。ゴミ収集車は、いつも十時頃に来る。
ペットボトルゴミの日は隔週で一回だ。東京よりぐっと少ない。これを逃すとどうしてもゴミが溜まる。そうなると、夏はことさら気分が悪い。
靴の踵のところを踏んづけて、ゴミ捨て場まで走る。しかし私がついたのは、ちょうど収集車が行ってしまったあとだった。小さくなっていく車の後ろ姿を未練がましく見送ったあと、とぼとぼと家に引き返そうとしていると、
「行っちゃいましたかー、お互い災難ですねー。って……あー!」前から同じくゴミ袋を持った女の人が話しかけてきた。その顔には見覚えがあって。
「……あ、たしか」
「有川、有川くるみ! 新田さんですよね。昨日ぶりです! 昨日は大丈夫でしたか?」
近所だとは聞いていたけれど、まさかこんな早々に会ってしまうとは思わなかった。緊張が帰ってきて、胸がまた跳ねた。
「昨日の今日で忘れませんよ。はい、おかげさまで。笹川さんに助けられました」
「そっかそっか、よかったー。舞ちゃんいい子だよねー」
「はい、本当に。ありがたい限りです」
「この前、職場でもねー」
それでも今日は、昨日よりはましに話すことができる。そんな気がした。根拠は、ないけれど。
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