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三章

54話 窮地に駆けつけてくれたのは?

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決断は簡単に下せるものではなかった。

「なんだ、妙な動きをするなよ? お前は、このまま連れていく」

ベッティーナはフラヴィオを睨みつけながら、イヤリングから手を離し、代わりに残るわずかな魔力を手に纏わせ、黒い紐を作り出そうとする。

視界を奪って、隙を作ろうと考えたのだ。

しかし、魔力が足りず失敗に終わる。今日はさんざんプルソンに魔力を使ってきたから、消耗が激しい。

(……いや、だったら、もうどうにでもなったほうがいいのかもしれないわね)

この力を解放すれば、周りの敵を一斉に殲滅できる可能性は高い。自分は魔力を吸い尽くされて、死に至るかもしれないが、それでリナルドたちを巻き込むことはなくなる。

ジュリアの力で人を巻き込むことはない。

どうせ発動するならば、今だ。ベッティーナは今度こそと覚悟を決めて残る魔力を携えると、今度こそイヤリングに触れんとする。


まさに、その時のことであった。

眩しい光がいきなり、目に飛び込んできた。それも、鮮やかすぎる白でもって。

「なんだ……?」

それは、フラヴィオにとっても想定していなかったことらしい。
彼が顔をその方へと振り向けると、聞こえてきたのは野太い悲鳴だ。足音が早くなり、さらに光源が近づいてくる。
一気に白くなった視界から出てきたのは、

「あなた、どうして」
「……こっちが聞きたいくらい。まったく、なんでこんな悪魔使いをあたしが守らなきゃいけないんだか」

ラファ。

いうまでもなく、リナルドの契約している天使だった。

とっさの反応だったのだろう。
フラヴィオは手のひらに乗る大きさをした小さな彼女を突き刺そうとするが、それはひらり躱される。

そのタイミングを測っていたみたいに、足元から隆起してきたのは土の壁だ。

的確に、フラヴィオとベッティーナの間を分断する。

「君は少しお転婆がすぎるな」

前方から聞こえてきた声は、凛として鈴の音がなるかのよう。


はっと息を呑む。目を丸くしていたら、茂みの中からはリナルドが現れた。

寝巻きを召しており、そのうねる髪にはすでに少しの寝癖が見える。彼の姿を見たフラヴィオは、すぐにベッティーナの元を離れて、彼と距離を取った。

そのうちに、リナルドは悠然と歩き、ベッティーナの元までやってくる。

「こんなところでなにをしてるんだい? 危険だろう?」

あくまで、いつも通りの笑みだった。
まるで街中ですれ違ったみたいな、気さくさでもって。

しかしその手には剣が握られているから、状況を掴んでいないわけじゃないらしい。

「……どうして、ここに? 寝てるんじゃ……」
「あぁ、あの酒なら飲んでないよ。昼に色々あってね。少し彼のことを疑わなくちないけなくなったから、精霊に跡をつけさせてた。そうしたら、君が襲われてるっていうから、すぐに駆けつけたんだ」

にこやかだったのは、そこまでだ。

すぐに表情を厳しいものに変えた彼は、その青の目を鋭く細めて、剣を水平に構える。切っ先を回すように周囲へ向けた。

「フラヴィオ、いや、それだけじゃない。他の連中もそうだ。複数人がかりで女の子に手を出すなんて、ずいぶん性根が腐ってるな」

場の空気もあってか、一瞬理解が遅れる。今、女の子と言われたような気がする。


「はは、気づいていたのか、そいつが女であることに。やはり侮れないな、リナルド第二王子。あれだけ忠実だった俺のことも疑うとは、なかなかの洞察力だ」
「君の裏切りに気づいたのは今日だよ。紅茶に入れられた毒は、死に至らないくらいの量だった。屋敷内でそんな調節ができる人間は限られるし、もっとも近くにいたのは君ぐらいだ。最後にぬかったね」

リナルドとフラヴィオが剣呑なやりとりを交わす。

「いつから……」

その横で、驚きのあまりぼそりと呟けば、「わりと早くからだよ」と彼は剣を構え直しつつあっさり答えた。

「呪われた令嬢がアウローラにいるって話は昔話題になってたからね。隠したいだろうから言わなかったけど、悪霊使いだと知ってほとんど確信した。それに会った時から感じてはいたよ」
「……そこまで女々しく見えましたか」

「いいや、そうじゃない。君は可愛いからね。いくら胸を潰してたって分かるさ」

……こんな場所でなにを言っているのかしら、この男は。

そして、どこを見て言うんだ、この変態は。

ベッティーナは思わず自分の胸元を腕で覆う。そこで、高鳴りが起こっていることに気がついた。

(……こんな時にどうなっているのかしら、私の心臓は)

誰かにそう言われたことなど、ジュリアを除けば他にないからだろうか。


もしくはこれまでのリナルドの言動が、男色が理由ではなくて、単に女子として容姿を褒められていたことになるのでは……、と分かってしまったからかもしれない。

味わったことのない心情だった。それでも、この状況においては不適切なものであることは分かる。

ベッティーナは耳飾りに一つ触れて、落ち着く。

今やるべきは、とにかくこの窮地を脱することだ。
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