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三章

44話 よぎる不安

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「すまない、ベティ。あとで厳しく言っておくよ」
「いえ、構いません。事実、妙なことが起きているのはたしかです」
「……あぁ。連続することじゃないな、普通は」

リナルドがベッティーナに同調してそう言うのに、ミラーナが首を傾げる。

「なにか他にも事故がありましたの?」
「あぁ実はね。うちの司書も数日前に事故で腕を怪我したんだ。ラファがいなかったら、全治一月はかかっただろうね」
「……あら、そんなことが」

彼女は元来からつぶらな瞳を、もっと丸く見開く。

「なにか、怪我をした時のことって覚えていませんか」

ベッティーナがこう聞くと、彼女はベッドにすとんと腰を落として顎に手をやって短く唸った。

「うーん、本当に急に風が吹いてきて階段の途中から転んだってぐらいしか……。あと、そうだ。階段が濡れていましたわ。誰かが暑くて水撒きをしたのかもしれませんわね」
「……風、ですか」

それを聞いてふと思い出すのは、ヒシヒシと対峙した時のことだ。

その後の事態が強烈だったから記憶から飛んでいたが、あのときベッティーナは突然の突風により彼女の前へ飛び出してしまい、それを守りに入ったリナルドが窮地を迎えた。

今に考えてみればあれも、おかしな現象だ。


まるで狙ったかのようなタイミングで、背中を突き出された。

もしあれが誰かの企みによるもので、今回ロメロやミラーナに降りかかった災難もその人物によるものだったら?
対象がベッティーナから、周りの人間へと移ったということだったら?

まったくありえない話ではない、実際最近ではベッティーナへの嫌がらせは凪になっている。

「顔を上げてくださいな、ベッティーノ様!」

 そう言われてやっと、俯いてしまっていたことに気がついた。
 はっと前を向くと、ベッドから再び立ち上がったミラーナがベッティーナのすぐ手前までやってきている。
 少し腰をかがめて、下からのぞき込んでくるは、顔全体で表現された笑みだ。怪我をした本人だと言うのに、心底楽しげに映った。

「変に考え込んでいても仕方がないですわ、こういうのは。たまたま不幸が二回重なっただけのことです。それも、リナルドがいたから、どちらも助かってますわ」
「……そう言われれば、そうかもしれませんけど」

「けど、でも、じゃありませんわ。それに今となっては、不幸かと言えばどちらかと言えば、幸せかもしれません」

 そればっかりは、要領を得ない。
 ベッティーナが眉間にしわを寄せていたら、彼女は手を大きく広げる。

「自然の流れで、ベッティーノ様をわたくしの部屋に呼ぶことができましたわ。まぁリナルド様もいますけど」
「おいおい、僕は邪魔者扱いかい?」

「ヒールしてくれたことは感謝してますけど……、そうですわね、よくて添え物?」
「おいおい、ずいぶんな言われようだな」

二人はまた愉快そうに笑いあう。それからリナルドはベッティーナの肩を軽く一回叩いた。

「君は少しネガティブに考えすぎるんだ。もう少し気楽に構えているといいさ」

いつもの余裕がある、爽やかな笑みが投げかけられる。

それから彼は見舞い品として持ってきた土産の披露を始めた。そうして、話題が移り変わっていく。

だが、賑やかしくなる部屋のかたわらで、一人。
ベッティーナの心の中からざわつきは消えない。とにかく冷静にならねば、とイヤリングを触るが心が落ち着いていかない。

 この白くて明るい部屋にいることさえ、場違いに感じるのであった。
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