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二章

39話 ありがとう

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『いい男、見つけた……!』

 彼女は、化粧箱を通り越すと、身体を揺らしながら一歩一歩、リナルドの方へと近づいていく。

『てめぇ、止まりやがれ!』

プルソンがその邪魔をせんと正面に黒の魔力で壁を作り立ちはだかるが、全ては抑え込めなかった。その針みたいな髪が数本、その膜を突き破る。

リナルドに向かって一直線に伸びるところ……

「おい、ベッティーノ君! どうして逃げなかったんだ!」

 その前へとベッティーナは割って入った。
 リナルドはもっとも警戒していた相手で、苛立ちを感じたことも数知れない。

 だが少なくとも、今回の行動はベッティーナを守ろうとしてのことだ。自分が男と偽っているから起こった事態とも言える。ならば、見捨てるなんてことをしたら、寝覚めが悪くなる。

 長い髪のうち一本が肩口に刺さり鈍痛を生んでいた。加えて黒い魔力を帯びた風により、服が破れていき、その下の肌に傷を作る。

 痛みはある。が、逆に言えばそれだけであり、ベッティーナは動けないわけじゃない。

 とにかく冷静でいなくてはならない。自分を諭すようにイヤリングに触れてからベッティーナは、まずは当初の予定通りに進めることとする。

「プルソン! その箱を持ってきなさい」
『あん? こんなものでいいのかよ、ベティ』

 プルソンは訝しみつつも、すぐにベッティーナの手元へとちょうど腕に収まる大きさの化粧箱を運んできた。

 ベッティーナはそれを抱えるように持ちつつ中を開けて、そこからまず取り出したのは小さなピン留めだ。
 ベージュ色のシンプルなデザインながら、その端にあしらわれたガラスの蝶が可愛らしい。

 そして、これを見せたことが効果的に働いてくれた。

 それを取り出した途端に、周囲一帯に立ち込めていた黒の魔力が少し薄れたのだ。ベッティーナに突き刺さっていた細い針のような髪から力が失われる。

 ベッティーナはその髪を自らの肩から抜き去った。今度はかなりの痛みに顔が歪みかけるが、どうにか手を動かして、その髪の中ほどにピン留めをつけてやる。

『……なにをする、女』

 やっぱり、見抜かれていたらしかった。だが、あくまで悪魔の声はリナルドには聞こえていないから、よしとする。

『似合うかと思ったのよ。その素敵な髪に』

 念話を使いこう言えば、彼女は顔をリナルドの方から、ベッティーナへと振り向けた。
 肌の色は黒ずんでおり、頬はこけているが、生前には美人とされていただけはある。その顔立ち自体は、かなり整っていた。

『……私に、これが? 本当に言っているのか……?』
『本当よ。まっすぐで、いい髪をしているわね。それだけじゃない、あなた綺麗だもの。これも似合うんじゃないかしら』

 ベッティーナが次に取り出したのは、ドレスの胸元につける花飾りだ。レースで作られた花びら一枚一枚が、わずかな明かりの中でも美しく映える一品である。

 今度は、ヒシヒシ自らその髪で花飾りを取り、胸元へと当ててみせた。

『……これが私に………』

そこから、なにか心境に変化があったらしい。

さらに腕輪や、首飾り、指輪、ワンピースドレス、ヒールと次々に箱の中から取り出していく。そのごとに霊障はだんだんと収まっていき、髪の長さも短くなっていった。

 やがて、ほとんど人と見わけのつかない状態になる。
 その頃には、辺りを埋め尽くしていたその黒い魔力も消えていた。

「……助かった、のか」背後ではリナルドも金縛りから解放されたようだ。

 一応、ほっとしつつ、ベッティーナはまずプルソンの召喚をとく。
 そして、すっかり害のない状態へ戻ったヒシヒシに声をかけた。

『あなた、そもそもは男が欲しかったわけじゃないでしょ。そんなふうにお洒落がしたかったんじゃないの?』

 そう思ったのは、リナルドの石像を彼女が壊していたときのことだ。

 よく見れば彼女はただ襲い掛かっていたわけではなく、必死にその表面にある記章や飾緒を削り取ろうとしていた。
 そしてそれは、男たちを捕まえては『綺麗だ』と言わせていた話とも一致する。

 そう言ってもらいたかったのだ、彼女は。そしてその欲求の大元は、生前からの美へのあくなき追及にあったのだろう。

『そう、なのかも。この姿になってから、人の目には見えなくなった。それで、今までは振り向かせてきた男たちにもスルーされて、おかしくなったみたい……』
『そんな他人の見え方、気にする必要はないわよ』

『……ほんとおかしな人。見えるだけでも変なのに、私の心まで見抜いちゃうなんて。もしかして、あなたも霊なの?』

 ベッティーナは首を横に振る。

 だが後から同じようなものかとも思う。一度死んで、生まれ変わったともいえなくもない。

『とにかく、目を覚まさせてくれてありがとう』

 遠くて近い過去に思いをやるベッティーナに、彼女が言う。

 そののち一度身に着けたアクセサリーをはずし、渡していた服も丁重に箱へと戻し、返してくれた。
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