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二章

35話 意外と怖がり

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「自業自得ですよ、こんなのは。誰彼構わず、いい顔をしているからそうなるんです」

 場所を一度近くにあったベンチに移して、ベッティーナはそこでリナルドに苦言を呈する。

「……痛いことを言うなぁ、君は。僕だって、人気を得なきゃならない事情はあるんだよ、王族の権力争いもあるからね。でもそうか、僕を慕ってくれていたけど、見向きもされなくて心を痛めた末に自殺……。それがあの悪魔になった、と」

 自然死した者より、自殺などの理由により死んだ者のほうが、悪霊になりやすく、またより強い思念を持つ悪魔になる。

 今回のヒシヒシは、その典型例らしかった。

 ベッティーナは、隣で唇を噛み、痛恨と言った顔で目をつむる色男を見やる。
たしかに、その見目はあまりにも完璧だ。その雲よりも透き通った白い髪は、西日を受けて、鮮やかなオレンジ色に映っていた。

 青の瞳は夕日の煌めきをまとう湖面かのよう。それらすべてが見る者の目を奪うに容易い。
といって、親しかったわけでもない相手に狂ってしまうほどの好意を向ける理由は、ベッティーナには理解できなかった。

そもそも男色疑惑がぷんぷん匂っている男なわけで、最初から脈なんてまったくなかったのだろうし。

「どうすれば、鎮まると思う?」
「あなたが犠牲になれば、すぐ済むでしょうが」
「……怖いことを言わないでくれるかな。それはなしの方向で考えたいんだけど」

 とすれば、どうするべきか。ベッティーナが考えを巡らせていたら、リナルドがふと顔を上げる。

「いや、その手があったか。できるかもしれないよ、それ」
「なんですか、犠牲になる覚悟が固まったのですか」
「馬鹿な事を言うなよ。とにかく戻ろうか、やって見せた方が早いな」

 ここで明かしてはくれないらしかった。先々行ってしまうリナルドに付き添い、ベッティーナは裏路地の手前へと戻ってくる。

 暗く、陰質な空気がヒシヒシのいる住宅の間、狭い道を超えて、ベッティーナ達のいるところまで垂れこめてきていた。

 しばらく時間を空けたが、一切変わらぬ迫力だった。

 そんな中で彼は手を煌々と光らせる。その色は白ではなく、茶色だ。つまり、土や植物に関する魔法になる。
見ていることしばらく、それは完成する。

「……これって」
「僕の土人形。どうだい、似ているだろう?」

 たしかに、そっくりそのままと言って、差し支えない。髪や肌の色味まで、しっかりと再現されている。肩口にはリボン記章がついており、胸にかけては黄土色の立派な飾緒がついた正装姿だ。

 そのうえ、自立するように土台までついていた。

 ほぼ等身大の人形である。ただ身分が高いだけじゃない。分かっていたことだが、ここまで精緻に魔法を操れるのだから、どのつくエリートだ、リナルドは。

「えぇっと、君の悪魔にこれをそこまで運んでもらえるかな。うちの天使には、到底運べないからね」

 プルソンの嫌いな雑用だが、しょうがない。

 再び召喚すると、あからさまに機嫌が悪かったが……やらかしたばかりだからか、今日はそれでも命令を聞いてくれる。

『おら、これでいいんだろ⁉』

 荒れ狂いながらではあったが、その土人形をヒシヒシの目の前へと置いてくれる。

 プルソンの声で注意を引くことはできていたから、あとは目が合わないように見守るだけで済むはずであった。

 しかし、たしかに土人形を見たはずのヒシヒシは、その土人形をなぎ倒す。なにをするかと思ったら壊し始めてしまった。

「……あれが僕自身だったと思うと、寒気しかしないよ」

 うん、そうでしょうとも。リナルドが身を抱え込むのも無理はない。
 本人からしてみれば、そっくり自分の姿をした人形が壊されているのだから、恐怖するのは当たり前だ。

「とりあえず、作戦は失敗ってことかな。また下がろうか」

 リナルドは両肩をさすりながら、早歩きで行ってしまう。
 
 その意外にも情けない背中を見てから、ベッティーナは再度、路地を再度覗きこんでみる。


 よく見ればヒシヒシは身体全体を壊していたわけじゃない。表面を、その鋭利な髪の毛ではぎ取っていた。

 そのたびに本体はずたずたになっていくのだから、なかなかに見て居られない光景である。

 さっきと同じベンチに座り、ベッティーナはリナルドの姿を見る。

 自分を写したような人形がずたずたにされている光景がよほどのショックだったのか、やや落ち込んでいる様子に映った。

 だが、別になぐさめてやるような関係でもない。


「大丈夫ですか」

 と、一応聞いて、ただ回復するのを待っていたらその胸元に輝くバッジに目が留まった。

 それで一気に、色々なことが腑に落ちていった。

「分かったかもしれません」
「……え、なにが?」

との返事をしたリナルドは、声も震えており、いつになくうろたえて見えた。

 少しだけ、いや結構面白かったのは、秘密だ。

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