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一章
17話 作者
しおりを挟むあれだけサインの書かれた本を蔵書しているなら、もしくはと思ったのである。
ベッティーナは一応リナルドの注意がこちらへ向いていないことを確かめてから、そのサインに魔力を流し込み探索魔法を使った。
もしまだこの街にいるならば、網に引っかかる可能性はある。できる限り広範囲に渡らせようと懸命に魔力を練るのだが、しかし。
その必要はなかったらしい。
「近い…………」
それも、かなり。
目の届く範囲、というか、すぐそこ、書庫の中にいる。
それに気づくや、ベッティーナの身体は紐にでも繰られているかのように勝手に動き出していた。
感覚に導かれて本棚の間を歩いていけば、たどり着いた机で本に囲まれながらペンを走らせる焦げ茶色の髪をした一人の男がいる。その姿は、ペラペラにも被るものがあった。
「……『騎士団が明日を征く』」
タイトルを呟けば、そのペンは止まり、彼はつと顔をあげた。
少し間、ただ目線だけを交わし合う。
「も……もしかして、読者様ですか」
やがて彼は目線をあちこちに彷徨わせながら、弱い声音でつぶやいた。
その態度は、内向的だろう彼の人柄を実によく示している。
一応読者ではあるけれど、まだ序盤しか読めていないし、目的は別だ。ベッティーナは首を横に振る。
「リナルド様お屋敷にある書庫の件です。お勤めでしたでしょう?」
はっきりとそう言えば、その華奢な肩はびくりと跳ね上がった。
そのあとは眉根を寄せながら、気まずそうに目を伏せてしまい、顔をうつむける。
「あなたが辞められた理由はなにでしょう?」
「……答える理由はありませんよ。もう聞かないでくれませんか、帰ってください」
「答えていただけるまでは、去れません。ご理由は?」
ベッティーナはなお問いかける。
引くことはしない。どんな事情があるのかは知らないけれど、こちらにも事情がある。
さらに追及しようとしたその時だ。
歯をぎりっと噛む音がしたと思ったら、ロメロは急に立ち上がり、強く机を叩いた。
「なんなんだよ、あんたは! 少しくらい察してくれてもいいだろ!!」
静かで穏やかな空気が漂っていた書庫に、その苛立ちを孕んだ声は場違いだった。
耳をつんざくような勢いでそれは響き渡る。
書庫にいた人間のほとんどが動きを止め、こちらに視線を寄越していた。
そんななか、
「俺だって、俺だって辞めたくなかったさ……。あんなに本に囲まれている空間ってほかにない。働いていて幸せだったさ。だから今だって辞めさせられたのに、ここに来てるんだ。だから放っておいてくれよぉ……」
切られた啖呵はすぐに弱々しいものへとトーンダウンしていき、そのまま消えいってしまった。
その後ロメロは、散らかっていた机の上を淡々と片づけを行い、荷物をまとめ上げる。
それを前にしながらベッティーナは一つの引っかかりを覚えていた。
たしか屋敷で聞いたのは、彼自身が辞表を残して去ったという話だったはずだ。
まだ情報の整理ができていないでいると、
「ロメロくん、驚いたな。こんなところにいるだなんて」
「り、リナルド様…………!? な、なんで」
「そこまで驚くことないだろ。ここは、うちの書庫なんだ。それより、今の話詳しく聞いてもいいかな」
さっきの騒ぎが、彼を呼び寄せたらしかった。
ベッティーナの背後から現れたリナルドは飄々としている。笑みを絶やさないまま、ベッティーナの横をすり抜けて、足音もなくロメロの元へと近づき、その隣へと座る。
柔和さを装ってはいるが、その実は逃げ道をなくしている。彼が王子である以上、こうなったら誰が断れようか。
たぶん彼自身は気づいてはいない。
善意や興味で知らずのうちにやってしまうのだから、恐ろしい。
周りが緊張感に包まれる中、彼だけは今もきらめく笑顔をたたえて首を傾げる。
これにはロメロも片付けの手を止めざるを得なかったようだ。
はじめは口を閉ざしていたが、根負けしたのか口を割る。
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