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一章

10話 すべては関係のないこと

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「すべては関係のないことよ」

 ……というのが、ベッティーナの至った結論であった。

 研修や食事、湯あみが終わり、部屋に帰ってきてすぐ。

いつもなら体力の関係から寝て起きたら朝だったが、あんな事件が起きてはそうもいかない。
邸内の消灯も終わった深夜。

絶対に人が入ってこないよう、扉に侵入を妨げる魔法をかけたベッティーナは、契約を交わしている悪魔・プルソンを自室へと呼び寄せていた。

心なしか、いつもよりにやにやと唇が吊り上がっていた。なにやら生き生きとして見える。

ここへ来てから彼には、人に見えないことを活かして、邸内の情報収集の役割を担ってもらっていたが、退屈していたのかもしれない。

やっと面白い話が舞い込んだとでも思っているのだろう。

『それは、あの天使使いのガキが嘘ついてるかもって話のことか?』
「そうよ。そんなことはどうでもいいの。私にとって大事なのは、悪霊の仕業で書庫に入れない現象が起きていることだけ。リナルドが悪霊を浄化するつもりがないなら、気にする必要はないわ」

『ひひ、調子出てきたじゃねぇかベティ。協力なんてガラじゃねぇもんな。これまでだって、一人でやってきたわけだし』
「いいから、さっそく行くわよ。まどろっこしいのは嫌いなの」

 ベッティーナは、寝間着の裾をたくしあげると、あたりを警戒しながら部屋を出る。

 暗闇でも目が効くのは、一つの特技みたいなものだ。広い邸内をいっさい迷うこともなく抜け、外へと出る。

 警備の目をかいくぐりながら、書庫へと向かった。

もう一度、扉を少し引いてみる。

「昼間に感じた時より内側から流れてくる瘴気が強くなってるわ」
『ひひ、強くなるってこたぁ、よっぽど憎しみが強いようだな』

 そう、悪霊も精霊も、霊は基本的には魔力を放出しながら生きながらえている。

そのため、魔力の放出量が急激に上がる『霊障』の発動時は、霊自身でも魔力のコントロールが効かなくなっている場合が多い。

 放っておけば、そのまま力尽きる。

この分ならば、もっても明日の日暮れまでだろう。そうなれば霊障は終わり、書庫は開く。だが同時にそれは、苦しむ彼を見捨てることになってしまう。

「やるわよ、プルソン」
『ひひ。物好きだな、まったく。どうせオレたち霊ってのは、誰かと契約したりして魔力をえられないかぎりは、遅かれ早かれいずれ消える存在だぜ? オレがお前の立場なら、間違いなく放置してるところだ』

「うるさい。分かってるわ、それくらい。でも、放ってはおけないの」


霊は、その未練が晴れたり、心願が叶うことでも消える。どうせならば、その方向に導いてやりたい。

ベッティーナは忍び足で、書庫の周りを一周する。強力な結界が形成されていたが、一部の窓からはカーテンの隙間から中を窺うことができた。

書庫の中を紙や本が舞っていた。

 そんななかに、読書用の机の前に対象の悪霊を発見する。

 人型を取っていたから、それなりの思念を持つ存在のようだ。

 それは椅子のうえに膝を乗せ、小さくなって座っていた。
見たところ、大人しそうな青年のような容姿だが、机の上に大量に積まれた本や紙に邪魔されて、その顔は窺えないがその奥で一冊の本をめくり返している。

中で暴れまわるような様子ではなかった。タイプで言えば、内向型。しかしその悪意は、暗がりの中でも一層深い闇を周囲に立ち込めさせている。

「周りを見張っておきなさい、プルソン」
『けっ、なんだ。オレはまたそういう役目かよ。ま、任せておけ。見張りがきたら、そいつはちびるまで脅してやるよ』
「余計な事をしないでもらえる? ただ寄せ付けないだけでいいわ」

 プルソンが舌打ちをするが、ベッティーナはそれを完璧に受け流す。
 すると諦めたように背中を向けて、周囲の警戒に入った。それを確認してから、ベッティーナはまず心を落ち着き澄ませる。

腹のあたりから黒い霧のようなものが立ち上ってくる感覚があれば、それが魔力だ。身体の表面から、黒の魔力を発する。

その状態で書庫の内側へと語りかけた。

『……あなたは、何者なの?』

 実際に声を出しているわけじゃない。

これは、念話という魔法だ。
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