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一章
2話 父である王からの手紙で知らされたのは?
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ベッティーナ・アウローラの世界は、ひどく閉ざされている。
街での流行はもちろん、世間を騒がせるような大臣の交代劇や魔法学術的な新発見などの知らせも届かない。
それが田舎町の貧民ならいざ知れず、アウローラ国の王女なのだから、普通に考えればおかしな話だ。
だがしかし事実として、ベッティーナは世間から隔離されている。
住む屋敷の周りには魔法師団が控えており、常に監視されていた。
外から訪れるのは、城から派遣されてくる世話係のメイドのみだ。
それもすぐに入れ替わってしまうし、まともに会話も交わさないから、誰一人として名前を覚えていない。
そんな環境だが、本当に重大な出来事だけは情報としてもたらされる。
前にあったのは、叔父が謀叛を起こし捕まったという大事件だ。それを契機に、各地で反乱が起こり、国の秩序が乱れはじめていることを知った。
しかしそんな事実でさえ、ベッティーナにとっては無関係だった。
国王である両親や、王子・姫である弟や姉妹にだって、なんの感情もないし、興味もない。
アウローラ国になにがあっても、ベッティーナはどうせ箱の中からは出られない。
そう半ば諦めの境地にいたのだが。
「ベッティーナ様、このたび、わが国は隣国・シルヴェリ国との戦いに敗れ、その傘下に入ることとなりました」
この日、その当たり前が崩れる報告が、春風とともに屋敷にはもたらされていた。
報告を持ってきたのは、二十代頃の男だった。胸についた章を見たところ、役人のようだ。
その役人は決して、ベッティーナを見ようとはしなかった。通知書に目を落とし、声を震わせながらにして続ける。
誰が見ても、こちらを見ないようにしているのは丸わかりだった。そしてベッティーナをひどく恐れてもいる。
……別に、直視しただけで呪い殺せるなんてことはないのに。
それ以前に、わざわざベッティーナを玄関前まで呼びつけておいて、この対応は失礼がすぎる。
まあこれも、今に始まったことではない。
昔からベッティーナには、その手の噂が絶えない。だからこうして王族にもかかわらず、小さな屋敷に幽閉されている。
ベッティーナはため息を押し殺して、返事をしてやった。
「それで、それが私になにの関係があるというの?」
「あ、えぇ……えっと」
どうやら、より怖がらせてしまったようだ。
若い(と言って、ベッティーナよりは年上だが)役人はたじろぎ、言葉に詰まり数歩たたらを踏んで後退する。
ただこればかりはしょうがない。
なぜならベッティーナは、『白蛇姫』と昔から陰でくさされるほど、人を威圧する顔らしい。
白すぎる肌と、少しウェーブのかかった青黒の長髪、さらには切れ長で鋭く、王家特有である赤茶色の瞳――それらが白蛇じみているとのことだ。
だから今度は完全に顔を背けてやり、もう一度同じことを聞いた。
「はい、その……。シルヴェリ国は友好的な従属の証として、アウローラ王族からの人質を求めてきたのです。我々の国力では現状、それを拒むことができませんでした。そのため、国王の子を一人、あちら側へ引き渡すこととなりまして……」
やっと、話のあらましが見えてきた。
そもそも疑問に思っていたのだ。
叔父の謀叛についての報告でさえ、メイドを経由して間接的に伝えられただけだった。
それがこうしてわざわざ都市から馬で半日ほどかかる辺鄙な場所にあるこの屋敷に、わざわざ役人が訪れた。
ただの報告であるわけがない。
しかし、ベッティーナは先走りそうになる思考をそこで止めた。まずは確かめなければならない。
「私がその人質に選ばれたということね」
「……恐れながら、そのとおりでございます。これは王の命であります。ここに、証書もございます」
その役人は、脇に置いていた鞄から通達書を取り出しベッティーナへと手渡す。
そこに押されていた白い龍を模した魔法印は、アウローラたしかに父のもので間違いない。この屋敷に閉じ込められるようになった十年前にも、同じ書類を受け取っていた。
ベッティーナがそれを読み込んでいると、その役人は切り出しにくそうに言う。
「それが、まだ条件があるのです」
「……というと?」
「シルヴェリ国は、十から二十代頃の男子を一人要求してきたのです。しかし、近年の王族は子宝に恵まれず親族までを見渡しても、その年齢の男子といえば、貴女様の弟君・エラズト王子一人しかおりません。
ですから王はどうしても彼を引き渡したくないのだそうです。そこであなた様にはアウローラ一族の男子として、人質になっていただきたいのだそうです……」
さすがに考えてもみない話であった。それ以前に、その判断は王の判断としていかがなものだろうかと疑わざるをえない。
あまり学のないベッティーナにも分かる話だ。
そんなことをして、もしそんな事実がシルヴェリ国に露見したら、どうするつもりなのだろうか。
ベッティーナが処刑されるだけではきっと済まない。
ただでさえ、百年ほど前に起きた大国の分裂によりできた小国が、アウローラ国だ。今度こそ、武力により制圧されることもありうる。
……が。
ベッティーナに、この国の行く末は関係ない。
それに、そんな反論をしたところで、父がただの呪われた子とされているベッティーナの話を聞き入れるべくもない。
「そう、分かったわ。それでいつ、その身柄の引き渡しは行われるの?」
「……えっと、性急で申し訳ないのですが、十日ほどあとの月末でしょうか。場所は、こちらで案内いたしますが、国境の街になるかと思いますけど……」
役人は、言葉にこそしないがたどたどしい口ぶりで明らかに戸惑っていた。
たぶん、ベッティーナがあまりにも平然としているからだろう。
普通はこんな荒唐無稽で急な話を持ち掛けられたら戸惑ってしかるべきだ。
だが、どちちらにせよ屋敷という閉じられた籠の外に出られる機会が得られるのなら。
ベッティーナにしてみれば、その方法や形は関係なかったし迷う余地もない。
結果、人質として再び幽閉生活を送らされるのだとしても、それは今と大きく変わらない。
ならば、やっと現れた新しい選択肢に賭けてみたかった。
「では、国王にはご了承をいただいたと報告してしまってよろしいですか」
「もちろんよ。この場でサインを書いてもいいわ」
たぶん、今日の段階でそこまでの了承を貰えるとは思っていなかったのだろう。
役人は慌て気味に、手提げの中からペンと紙を取り出し、ベッティーナへと手渡した。
受け取ったベッティーナは、形ばかりの挨拶と承諾した旨を書き記す。
魔力を持つ貴族は普通、魔法印を押すことでサインとするが、ベッティーナは、魔法を使えないことになっているため、名前の自署を行うことでそれに代えた。
ペンを返しながら思わず、口角が上がってしまう。
「……なんだかお喜びのように見えますね」
「さんざん迷惑をかけてきた私がやっと役に立てるのですから躊躇うことなんてありません」
当然心にもない大嘘だったが、一応仮初の笑顔も添えておく。
これだけやっておけば、間違いなく今後も事態はそのまま運ぶと確信できた。
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