36 / 40
四章 ゲームから出てきたサキュバスのために
第31話 バイト!
しおりを挟む
二
パリッと固めた七三ヘアに、スマートさを演出するタキシード、そして鏡のように光を照り返す革靴。男はこれら完全な正装に身を包んだうえで、特大の花束を後ろ手に隠し、女を待つ。そして、女がきたらその前へ跪いて花を捧げ、情熱的な愛の告白をする。
この誰もが思い描くだろう、恋愛映画のようないわゆる完璧な告白。
夜に結愛と相談をして、僕はこのフィクションをリアルで実行しようと決心した。なにせ結愛の命がかかっている。万に一つも断られるわけにはいかないから、完璧である必要があった。
だが、誰もが共通して抱く理想というだけあってハードルは高い。
我が家にあるのはタキシードではなく、せいぜいスーツ。それも仕事疲れでよれてしまった親父のものしかないから、買うしかない。調べてみると花束というのも立派な値段がする。まず思い浮かぶような薔薇の花束は、百本で最低でも一万五千円なのだとか。
「ご主人様が無駄に課金するからですよ」
「し、仕方ないじゃないか! こんなことまで想定してなかったんだ。大体、半分以上は結愛がやれって言うからだなぁ」
つまりは、現実的にお金が足りなかった。
夜どおし結愛と二人、求人票を漁るけれど、僕らが求める「高時給、高校生OK、即支給」の神バイトは中々ヒットしない。もう最低賃金でもやむなしと妥協しかけていた時、奇跡のようなタイミングでその仕事の誘いはあった。
和食料理屋での皿洗いとホール、時給なんと千二百円。東京ならまだしも、この田舎でこれは格別の待遇だ。
「おうおう、しっかり働けよ。俺が恥かくからな」
紹介してくれたのは、吉田くんだった。
友人関係に意固地にならない方がいい。結愛のアドバイスのことがあったから、僕は昨夜、彼に謝罪のメッセージを入れたのだ。『腹が立ったとはいえ、やりすぎた部分もあった』と。すると彼からは思いの外丁寧な返事があって、『俺も大人気なかった』こう詫びられた。
埋め合わせに何かさせてほしいと言うから、バイトを探しているというと、彼の働き先を紹介してくれた。
店もよっぽど人が足りないらしく、応募用紙は形式だけで、すぐに採用になった。結愛は職業欄にひらがなで「さきゅばす」と書いたのにだ。
僕は皿洗いをしながら、ホールを覗き込む。
「いらっしゃいませ~、ご主人様」
結愛はバイトをしたいと言っていただけあって、実に生き生きと動いていた。料理を運んでは、済んだ皿を下げ、新しい客に向けても明るげに声をかける。
定食屋なのにメイド喫茶風になっているのはどうかと思うが。
あの分なら、まだ身体は大丈夫そうだ。すぐに消えてしまいはしないはず。ほっと一息ついていると、店長から怒号が飛ぶ。
「皿じゃんじゃん洗ってくれよ!! お前が洗わなきゃ誰が洗う? おい、誰だ!!」
腕組みの似合う、相当押しの強い人だった。催促されて僕は「僕です!」と声を張る。
「ちがーう!! 食洗機だ!!」
じゃあそんな熱くならないでくれない? 思いつつも、僕はやってくる皿たちを次々に機械へ流していった。
最初は苦戦していたが、徐々に慣れてきて、そのうちに昼時が過ぎてピークが落ち着く。キッチンから手の空いたのだろう吉田くんが、僕の手伝いに入った。
「しっかし結愛ちゃん可愛いよな。エプロン姿も似合ってるしよ」
彼は、僕にグラスの入ったラックを渡しつつ、結愛のいるホールに目をやる。
「そうだね、やっぱりメイドっぽいけど」
「それがいいんじゃねぇか。男の憧れだって。なぁ、さっきからちらちら見てるけど、もしかしてお前、結愛ちゃんのこと好きなのか?」
「えっ」
不意の質問に、否定も肯定もできず、僕はグラスを布巾で拭く。
「いや分かってるぜ、俺。お前の好きな人はすみちゃんだろ。昨日はごめんな、俺どうかしてたわ」
「……いいさ、済んだことだしね」
僕はあの悪魔のことをどう思っているのだろう。帰って欲しくない、それはもしかすると特別な感情があるから?
「これ、よろしくお願いします~」
ぼんやりホールを眺めていたら、視界が遮られた。
結愛が大量の食器を一気に下膳してきたのだ。詰め放題の袋みたいに、皿が積み上げられる。その隙間という隙間にスプーンやフォークといった小物が刺さっていた。
僕と吉田くんはなんとも言えない気持ちを共有して笑う。雪解けの一時といえたのかもしれない。そこへ店長が再び一喝した。
「お前らがくっちゃべってて、誰が皿洗うんだ!!」
「食洗機です!!」
吉田くんと二人、声が揃った。
バイトは、夜の二十時まで計十時間も詰めてもらった。明日も夕方までシフトを入れてもらえるよう話をつけてから、退勤する。
身体はくたくただったが、僕らはまだ家には帰らない。
パリッと固めた七三ヘアに、スマートさを演出するタキシード、そして鏡のように光を照り返す革靴。男はこれら完全な正装に身を包んだうえで、特大の花束を後ろ手に隠し、女を待つ。そして、女がきたらその前へ跪いて花を捧げ、情熱的な愛の告白をする。
この誰もが思い描くだろう、恋愛映画のようないわゆる完璧な告白。
夜に結愛と相談をして、僕はこのフィクションをリアルで実行しようと決心した。なにせ結愛の命がかかっている。万に一つも断られるわけにはいかないから、完璧である必要があった。
だが、誰もが共通して抱く理想というだけあってハードルは高い。
我が家にあるのはタキシードではなく、せいぜいスーツ。それも仕事疲れでよれてしまった親父のものしかないから、買うしかない。調べてみると花束というのも立派な値段がする。まず思い浮かぶような薔薇の花束は、百本で最低でも一万五千円なのだとか。
「ご主人様が無駄に課金するからですよ」
「し、仕方ないじゃないか! こんなことまで想定してなかったんだ。大体、半分以上は結愛がやれって言うからだなぁ」
つまりは、現実的にお金が足りなかった。
夜どおし結愛と二人、求人票を漁るけれど、僕らが求める「高時給、高校生OK、即支給」の神バイトは中々ヒットしない。もう最低賃金でもやむなしと妥協しかけていた時、奇跡のようなタイミングでその仕事の誘いはあった。
和食料理屋での皿洗いとホール、時給なんと千二百円。東京ならまだしも、この田舎でこれは格別の待遇だ。
「おうおう、しっかり働けよ。俺が恥かくからな」
紹介してくれたのは、吉田くんだった。
友人関係に意固地にならない方がいい。結愛のアドバイスのことがあったから、僕は昨夜、彼に謝罪のメッセージを入れたのだ。『腹が立ったとはいえ、やりすぎた部分もあった』と。すると彼からは思いの外丁寧な返事があって、『俺も大人気なかった』こう詫びられた。
埋め合わせに何かさせてほしいと言うから、バイトを探しているというと、彼の働き先を紹介してくれた。
店もよっぽど人が足りないらしく、応募用紙は形式だけで、すぐに採用になった。結愛は職業欄にひらがなで「さきゅばす」と書いたのにだ。
僕は皿洗いをしながら、ホールを覗き込む。
「いらっしゃいませ~、ご主人様」
結愛はバイトをしたいと言っていただけあって、実に生き生きと動いていた。料理を運んでは、済んだ皿を下げ、新しい客に向けても明るげに声をかける。
定食屋なのにメイド喫茶風になっているのはどうかと思うが。
あの分なら、まだ身体は大丈夫そうだ。すぐに消えてしまいはしないはず。ほっと一息ついていると、店長から怒号が飛ぶ。
「皿じゃんじゃん洗ってくれよ!! お前が洗わなきゃ誰が洗う? おい、誰だ!!」
腕組みの似合う、相当押しの強い人だった。催促されて僕は「僕です!」と声を張る。
「ちがーう!! 食洗機だ!!」
じゃあそんな熱くならないでくれない? 思いつつも、僕はやってくる皿たちを次々に機械へ流していった。
最初は苦戦していたが、徐々に慣れてきて、そのうちに昼時が過ぎてピークが落ち着く。キッチンから手の空いたのだろう吉田くんが、僕の手伝いに入った。
「しっかし結愛ちゃん可愛いよな。エプロン姿も似合ってるしよ」
彼は、僕にグラスの入ったラックを渡しつつ、結愛のいるホールに目をやる。
「そうだね、やっぱりメイドっぽいけど」
「それがいいんじゃねぇか。男の憧れだって。なぁ、さっきからちらちら見てるけど、もしかしてお前、結愛ちゃんのこと好きなのか?」
「えっ」
不意の質問に、否定も肯定もできず、僕はグラスを布巾で拭く。
「いや分かってるぜ、俺。お前の好きな人はすみちゃんだろ。昨日はごめんな、俺どうかしてたわ」
「……いいさ、済んだことだしね」
僕はあの悪魔のことをどう思っているのだろう。帰って欲しくない、それはもしかすると特別な感情があるから?
「これ、よろしくお願いします~」
ぼんやりホールを眺めていたら、視界が遮られた。
結愛が大量の食器を一気に下膳してきたのだ。詰め放題の袋みたいに、皿が積み上げられる。その隙間という隙間にスプーンやフォークといった小物が刺さっていた。
僕と吉田くんはなんとも言えない気持ちを共有して笑う。雪解けの一時といえたのかもしれない。そこへ店長が再び一喝した。
「お前らがくっちゃべってて、誰が皿洗うんだ!!」
「食洗機です!!」
吉田くんと二人、声が揃った。
バイトは、夜の二十時まで計十時間も詰めてもらった。明日も夕方までシフトを入れてもらえるよう話をつけてから、退勤する。
身体はくたくただったが、僕らはまだ家には帰らない。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
竜焔の騎士
時雨青葉
ファンタジー
―――竜血剣《焔乱舞》。それは、ドラゴンと人間にかつてあった絆の証……
これは、人間とドラゴンの二種族が栄える世界で起こった一つの物語―――
田舎町の孤児院で暮らすキリハはある日、しゃべるぬいぐるみのフールと出会う。
会うなり目を輝かせたフールが取り出したのは―――サイコロ?
マイペースな彼についていけないキリハだったが、彼との出会いがキリハの人生を大きく変える。
「フールに、選ばれたのでしょう?」
突然訪ねてきた彼女が告げた言葉の意味とは――!?
この世にたった一つの剣を手にした少年が、ドラゴンにも人間にも体当たりで向き合っていく波瀾万丈ストーリー!
天然無自覚の最強剣士が、今ここに爆誕します!!
隠された第四皇女
山田ランチ
ファンタジー
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる