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三章 サキュバスが帰ると言い出して。

第29話 さようならご主人様。②

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「私、この二週間が今までで一番幸せでした。ゲームから出てきて、ご主人様と毎日を過ごして、学校にも行って。ずーっとこうならいいのに、って何回も思いました。本当にありがとうございます」

結愛は、この二週間の出来事を一人語りでもするように、振り返っていく。
出会った夜、次の日の朝、初めての登校──。
彼女は本当に細かく挙げつつ、その全てにありがとう、と加える。

「全部、ご主人様のおかげで楽しかったんです。短い間でしたけど、結愛はとっても幸せでした。まぁ据え膳をいただけなかったのは残念ですが」
「……残念がるところ、そこだけかよ」
「もっと色々ありますよ? やり残したことはいっぱいです。お買い物に、旅行、あ。バイトとかもしたかったです。それからラーメン巡りとかも憧れるなぁ。もちろん、こってり限定で! 学校だってまだ通ってたいです。友達もできたばっかりですし。あ、気になるドラマも、番組もあります。来週が見られないのは辛いですね」
「今度は多すぎるって」
「いえ、そんなことはありません。色々言いましたけど結局一つですよ。ご主人様とならなんでもいいんです、私。単純でしょ?」

ぐりぐりと頭がすりつけられる。乱れた僕のシャツには、涙が広がっていた。鼻をすすりながら、赤い目で僕を見て、

「ダメですね、私は。泣かないって決めてたんですけど」

 弱々しく、えへへと笑った。うまくは笑えていなかった。夜のとばりの中に簡単に紛れてしまいそうなほど、おぼろげだ。
それでも結愛は、気丈そうに首を振り上げる。

「っと、そろそろ時間がありません。つい長くなっちゃいました、惜しくなるものですね。じきに澄鈴さんにかけた保護魔法が解けちゃいます。じゃあほんとの最後に、いくつかだけご主人様に忠告です!」
「……なにさ」
「まず一つ目は、家事です。ちゃんと自分で洗濯物と掃除してくださいね。干しっぱなしはダメですよ、服が傷んじゃいます。それとご主人様のベッドの横、たくさん靴下が眠ってるのも知ってますよ。ちゃんと洗ってください。
リビング、すっごい汚かったのでちゃんと掃除機かけた方がいいです。私、アイスの蓋はいらないと思います。あとご飯も、カップ麺は確かに美味しいですけど毎日は禁止です。少しは野菜とってください」
「結愛が言うのかよ、それ」

私は悪魔なのでいいんです、と結愛はふんと鼻を鳴らす。

「二つ目は、澄鈴さんとのことです。ご主人様は奥手すぎます。もう少しでいいので、ちゃんと気持ちを伝えてあげてください。そうしたら、きっと付き合いだしてもうまくいきますよ♪ 澄鈴さん、あまのじゃくなので。三つ目は、友人関係です。意地ばっかり張ってると一人になっちゃいます。もう少しは折れた方がいい時もありますよ。あとそれから」

結愛は明るげに喋っていたのを、ここで切る。

「あと一つは私のわがままです」そして、神妙な調子になった。
「なに?」
「私のこと忘れないでいてくれたらなぁ、なんて。わがままが過ぎますかね?」
「……忘れるわけないだろ」

締めつけられるように胸が痛かった。喉元になにかがこみ上げてくるが、正体はわからない。これ以上には、言葉にもならない。

「言いましたからね。要は、澄鈴さんとうまく行ってLOVEになっても、たまにはゲームしてくださいってことです! 私はご主人様LOVEで、ゲームの奥でずっと待ってますので」

以上です。そう結愛は話にピリオドを打つと、僕の背中に回る。

「さてご主人様、愛しい人のところへ行く時間ですよ」

たとえば、もう少し待って、とか行かないで、とか言えたならよかったのに、できない。ただ別れを受け入れられないで突っ立っていたら

「もう世話が焼けますね。最後くらい勇気出してください、絶対大丈夫ですよ」

澄鈴たちがいるほうへ、とんと優しく背中を突かれた。

「不安なら私の勇気も差し上げます。だから、しっかり告白してきてくださいっ!」
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