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三章 サキュバスが帰ると言い出して。
第23話 さあもう一段階!
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一
「悪い顔してますよ、ご主人様。にやついてるの気付いてますかー」
「えっ、いや、そうかな」
「そうですよ。絵面だけ見たら、凶器を埋めてる犯人って感じです」
水曜日、告白のリミットまであと六日。今日とて僕は印象アップ作戦のため、朝から奉仕活動に従事していた。
「そこは園芸好きの好青年って言ってくれよ」
結愛にも手伝ってもらって、中庭の花壇、マリーゴールドの苗を植えていく。
昨日に続いて、先生に頼まれたのだ。本来ここまできたら、もはや業者の仕事だろう。だが文句ひとつ言わず、一つ返事で受けた。
それほど、僕は上々の気分だった。
「好青年はムキになってソーシャルゲームに課金しませんよ。よかったんですか、お金ないのに、あんなにしちゃって」
「なにさ、これまで散々課金させておいて。お金と命。天秤にかけたら、絶対に命を取れって言うだろ。そういうことさ」
「別に普通に告白成功しちゃえば済む話ですよ」
結愛の嫌味を、肥料とともに土に埋める。スコップの背で均していると、また口角が吊り上がってくるのだった。
昨日の夜、僕はこうなりゃ賭けだ、と全財産の半分(一万円)を投げ打って、パズルゲームに再びの課金をした。
結愛の魔法の効力を伸ばすためのアイテム購入、そして期間限定のキャラを手に入れるためのガチャ代だ。
たまたま、この状況で召喚するには、最適なスペックのキャラがいたのだ。レアリティは、結愛と同じ「レア」。高くはないから、すぐに引けると思ったのが、誤算だった。高レアリティのキャラが先に出尽くす始末で、気づけばもっとも高額なプリペイドカードに手が伸びていた。
「大丈夫さ。今日で告白できると思うよ」
「あの、期待しすぎですよ。召喚できると言っても、私の眷属というわけではないので、言うこと聞いてくれるとは限りませんからね」
「大丈夫だってば」
♢
一限めは、古典だった。
齢五十、熟れきった女教師が、恋の和歌について解説する中、僕はまさに己の恋を叶えんとしていた。
「よーし、ムスビちゃん。準備はいい? 斜め三十八度だ。あのショートのキューティーガールを狙ってくれるかな」「それからキリちゃんは……なんか適当にやっといて」
鞄に付けたナルトの缶バッジと同じ大きさ、小さな生き物二匹に語りかける。
昨日僕が必死になって引いたのは、この「エンムスビちゃんとエンキリちゃん」というキャラだ。特技は『白黒の矢』。
「ムスビちゃんの白い矢は、先に矢が当たった対象Aが、次に刺さった対象Bから好かれます。キリちゃんの黒い矢は、逆に嫌われます。ですので、白い矢がご主人様を貫通して、澄鈴さんに当たる必要があります」
「ちなみにどちらかが一本打つごとに、もう一方も打つルールになってますので、気をつけてくださいよ。それから効果の継続時間はまちまちで──」
とは、結愛による丁寧な取り扱い説明。
パズルゲームの中ではシンプルに、矢の当たった自分と相手のキャラについて、キャラ同士の攻撃効果の相性がアップダウンするというものだったが……。
対象だとか継続時間だとか、よく分からなかった。とにかく言えるのは、ムスビちゃんの矢が僕と澄鈴に命中すればいいということ。
名付けるなら、キューピット大作戦である。
卑怯と後ろ指を刺されるかもしれないが、背に腹は替えられない。いや、恥は命に替えられない、とでも言おうか。
これさえ決まれば、告白だって一発回答を貰えるに違いないのだ。
「待ってね、まだだからね」
僕と澄鈴との間には、何人もの生徒がいた。うっかり当てるわけにはいかない。
片目を閉じて、スナイパーのようによーく狙いを定める。ようやく一筋の活路を見出して、
「今だ、打て!」
軍配さながらにペンを振った。矢が飛ぶ。
「痛っ!」
つい声を上げてしまうほど、身体的ダメージがあった。横から結愛が耳打ちする。
「言い忘れてました。普通に痛いです」
「メルヘンな矢に攻撃性いる?」
否、いらないだろう一般的に考えて。
言ってるうちに、矢は澄鈴の肩口に突き刺さった。彼女が気にするように制服を引っ張ると、矢がぽろりと落ちる。
なぜか白と黒の二本。
「キリちゃん、貴様……! ねぇ結愛、あの場合どうなるの」
「効果は相殺されるので残念ながら」
「惜しかったのに、なんてことを!」
僕はキリちゃんのか細い胴体を掴む。言い分を聞くまでもなく、彼を筆箱に入れ込めた。
内から悲鳴のようなものが聞こえたが、これも天罰だ。
別に一度でうまくいかずともよいのだ。気を取り直して、僕は再度チャンスを伺う。
「やっぱり痛いっ!」
第二の矢を放ったのだが、
「君に恋ひ いたも術なみ──」
不運にも、音読のため、ちょうど立ち上がった吉田くんに、ナイスショット。それも心臓を貫いてしまった。
またお前かよ、なんなのマジで。お邪魔キャラなの。
「吉田くん。大丈夫かしら、続き読んでくれる?」
吉田くんは、生気を失って呆然と立つ。心臓に当たると失神でもするのだろうか。さすがにまずい。心中焦っていたら、
「君に恋 好きと言えない 禁断の」
「あの、吉田くん? 先生、教科書を読んで、と言ったんですよ。自作のポエムを読んでとは言ってないわ」
「喧嘩してても 心はラブユー」
真剣な声で読み上げられる詩に、クラスの一部からはクスクスと笑い声が漏れる。それには構わずに、彼は熱い目を僕へ向けた。
なんてことだ、完全に僕へのメッセージじゃないか。
「結愛、あれどうにかならないの!」僕は声を押さえながらも訴える。
「ふふっ、新たな恋敵登場ですか。私も恋のお歌をお詠みしましょうか。返歌くださいね」
そんな風流なことを言っている場合ではない。
「時間が経てば直るんじゃないですか。まあどれくらい続くかは知りませんけど」
「人ごとかよ! というか、関西人の悪い構文だけ吸収しないで!」
「んー、キリちゃんが矢を当てれば戻るとは思いますが」
僕はすぐに筆箱の中から、手のひらサイズの黒い生物を取り出す。怯えきって、逃げようとする彼をわしっと捕まえた。
呻くキリちゃんに、吉田くんへ矢の照準を定めさせる。彼の身長は百八十近くあるから的は大きい。次こそ外すまい。
「打ちかた、はじめ!」
だがしかし、すっかり臆病になったらしいキリちゃんの黒い矢は早々に垂れて、
「んー? 雨漏り?」
なんの因果か、ライン上にいた、なずなの脳天にちょーんと乗った。
やばい。吉田くんの様子から考えるに、その反対となれば、とんでもない怒りを買ったことになるのでは。
しかし、なずなは特に変わった素振りを見せなかった。またすぐに、ノートをめくり始める。
「驚きました。あの矢当たったら、ほぼ問答無用で、かなり憎まれるんです。大親友が簡単に敵になるくらいには」
結愛が意外そうにこぼす。
「でも、中之条は」
「えぇ。でも、ならない人もいるんです。たとえばですが、その人への愛がとっても強い人」
え、なに。それはつまり、あの天然マドンナは僕のことを愛して──
「もしくは、なんにも考えてない人です」
「あ、納得した。絶対そっちだわ」
「私に打ってくれてもいいんですよ? 私は、光男さんへの愛だけで生きてますから、絶対大丈夫です♪」
はいはい、と流していると、僕をぷすりと白い矢が貫く。
「机ちゃん、可愛い! 好き! 君のためなら破産してもいい!」
机に刺さっていた。
「はぁ……、光男さんったら。私より机がいいんですか、それにもう破産しかけでは」
「机ちゃんを馬鹿にされたら黙ってられないな、温厚な僕も。この天板のテクスチャーなんか撫でまわしたいくらい最高の品質なのに!」
「うるさいです。これでも食らってください!」
結愛に黒い矢で突かれて、痛みとともに、僕は我に返る。
さっきまで堪らなく愛しかった机が、突として、ただの木片になった。
何か大切なものを失ったような。奇妙な喪失感に襲われていると、一片の紙が舞い下りてくる。
殴り書かれた文字は、酷くよれている。だがよく目を凝らして読むと、内容は深愛を唄うラブレター。署名欄には、
「またお前かよ!」
吉田とあった。
それに、字体に既視感があると思ったら、この前の脅迫状だ。あれもお前かよ。つくづく腹の立つ野郎だ。
僕は怒りに任せて、天使ちゃんと悪魔ちゃんに号令を下す。
「とにかく撃とう! 撃ちまくろう! 数打ちゃ当たる!」
言うなれば、総攻撃だ。
持て余していたのだろう。嬉々として二体は、弓を一斉に斉射する。僕は澄鈴と吉田くんに向けて、というニュアンスで言ったのだが、意図とは外れて、モノクロの矢の束は三百六十度に乱れ飛んだ。
「好きだ、俺が味噌汁を一生作るから結婚して」
「私はあんたなんて芋虫より嫌いだね!」
「許さない! 吉田は、私の旦那よ!!」
「いいえ、吉田はアタシのもの。奪うっていうなら、殴ってでも」
「だから俺は別所が好きだって言ってんだろ! 諦めてくれ。俺はこの恋を諦められない」
真の意味で、愛憎ひしめく教室になってしまった。
全員が直情的になったせいか、昼ドラより関係図が醜い。そして肝心の澄鈴は、
「ウチ、き、嫌いやないよ。あんたのこと」
「澄鈴さん? まさか私のこと」
「ごめんな、これまで散々言うてもうて。でも本音はちゃうねんよ? むしろ少なからず、その、す、好きというか」
なぜか結愛に求愛していた。
もじもじとして、何度も髪に手をやる澄鈴は、僕でさえ見たことのない乙女の顔つきをしている。
「澄鈴さん! 私もです、私も散々あなたで遊んじゃったのは、好きだからなんです! 本心は違うんです!」
結愛は結愛で満更でもなさそうに、彼女を抱きしめていた。こいつの場合、矢に当たったのか単に面白がっているのかさえ判断がつかない。なんだこれ。
「酷いなぁ、我ながら」
全体を俯瞰する。立ち上がるのは当たり前、社交ダンスにサルサ、ラップバトルにメンチの切り合い。教室は秩序を失って、荒れすさんでいた。
唯一動じていないのは、その中心、なずなただ一人だった。矢を何本食らっても、変わりないらしい。
委員長なら本来は騒動を止めに掛かるべきところだが、彼女は黙々とノートの端になにやら書き足す。
近づくと、何度も表紙から裏までめくっては、満足そうに頬を緩めていた。
「あ、みっちゃん見てよ。傑作じゃない? とくにこの刀振り上げるアニメーション!」
「小学生かよ、お前は」
「え、高校生だよ。なにを言ってるの?」
間違いない、パラパラ漫画だ。僕が五年前に卒業したやつ。
「みんな楽しそうだね? 私も混ざりたいなぁ」
「変わらないのもいいと思うな、僕は」
「そうかな? ありがとう、照れるよ。みっちゃんのためにも変わらないようにするね!」
「たぶん一人で生きてても中之条は変わらないと思うけど」
「普通に生きてたら変わるんだよ。人って」
深いなぁ。この場面で使われても、よく意味は分からないけど。
紛争が収束に至らぬうち、一限のチャイムが鳴る。先生は教卓を叩いて、乱れる生徒を一喝した。
「授業は終わりよ」
まるでナポレオン、騒乱に終止符をつけるカリスマ指導者に思えた。のはほんの一間、
「別所くん、放課後、職員室に来なさい。個別にみっちりと指導してあげるわ。だてに五十年生きてないのよ。先生に任せて♡」
地獄行きの切符を僕にくれた。
せめてアニメでよく見るような、二十代、ガサツだけど綺麗、そしてなぜか優しい女教師だったらなぁ。
「悪い顔してますよ、ご主人様。にやついてるの気付いてますかー」
「えっ、いや、そうかな」
「そうですよ。絵面だけ見たら、凶器を埋めてる犯人って感じです」
水曜日、告白のリミットまであと六日。今日とて僕は印象アップ作戦のため、朝から奉仕活動に従事していた。
「そこは園芸好きの好青年って言ってくれよ」
結愛にも手伝ってもらって、中庭の花壇、マリーゴールドの苗を植えていく。
昨日に続いて、先生に頼まれたのだ。本来ここまできたら、もはや業者の仕事だろう。だが文句ひとつ言わず、一つ返事で受けた。
それほど、僕は上々の気分だった。
「好青年はムキになってソーシャルゲームに課金しませんよ。よかったんですか、お金ないのに、あんなにしちゃって」
「なにさ、これまで散々課金させておいて。お金と命。天秤にかけたら、絶対に命を取れって言うだろ。そういうことさ」
「別に普通に告白成功しちゃえば済む話ですよ」
結愛の嫌味を、肥料とともに土に埋める。スコップの背で均していると、また口角が吊り上がってくるのだった。
昨日の夜、僕はこうなりゃ賭けだ、と全財産の半分(一万円)を投げ打って、パズルゲームに再びの課金をした。
結愛の魔法の効力を伸ばすためのアイテム購入、そして期間限定のキャラを手に入れるためのガチャ代だ。
たまたま、この状況で召喚するには、最適なスペックのキャラがいたのだ。レアリティは、結愛と同じ「レア」。高くはないから、すぐに引けると思ったのが、誤算だった。高レアリティのキャラが先に出尽くす始末で、気づけばもっとも高額なプリペイドカードに手が伸びていた。
「大丈夫さ。今日で告白できると思うよ」
「あの、期待しすぎですよ。召喚できると言っても、私の眷属というわけではないので、言うこと聞いてくれるとは限りませんからね」
「大丈夫だってば」
♢
一限めは、古典だった。
齢五十、熟れきった女教師が、恋の和歌について解説する中、僕はまさに己の恋を叶えんとしていた。
「よーし、ムスビちゃん。準備はいい? 斜め三十八度だ。あのショートのキューティーガールを狙ってくれるかな」「それからキリちゃんは……なんか適当にやっといて」
鞄に付けたナルトの缶バッジと同じ大きさ、小さな生き物二匹に語りかける。
昨日僕が必死になって引いたのは、この「エンムスビちゃんとエンキリちゃん」というキャラだ。特技は『白黒の矢』。
「ムスビちゃんの白い矢は、先に矢が当たった対象Aが、次に刺さった対象Bから好かれます。キリちゃんの黒い矢は、逆に嫌われます。ですので、白い矢がご主人様を貫通して、澄鈴さんに当たる必要があります」
「ちなみにどちらかが一本打つごとに、もう一方も打つルールになってますので、気をつけてくださいよ。それから効果の継続時間はまちまちで──」
とは、結愛による丁寧な取り扱い説明。
パズルゲームの中ではシンプルに、矢の当たった自分と相手のキャラについて、キャラ同士の攻撃効果の相性がアップダウンするというものだったが……。
対象だとか継続時間だとか、よく分からなかった。とにかく言えるのは、ムスビちゃんの矢が僕と澄鈴に命中すればいいということ。
名付けるなら、キューピット大作戦である。
卑怯と後ろ指を刺されるかもしれないが、背に腹は替えられない。いや、恥は命に替えられない、とでも言おうか。
これさえ決まれば、告白だって一発回答を貰えるに違いないのだ。
「待ってね、まだだからね」
僕と澄鈴との間には、何人もの生徒がいた。うっかり当てるわけにはいかない。
片目を閉じて、スナイパーのようによーく狙いを定める。ようやく一筋の活路を見出して、
「今だ、打て!」
軍配さながらにペンを振った。矢が飛ぶ。
「痛っ!」
つい声を上げてしまうほど、身体的ダメージがあった。横から結愛が耳打ちする。
「言い忘れてました。普通に痛いです」
「メルヘンな矢に攻撃性いる?」
否、いらないだろう一般的に考えて。
言ってるうちに、矢は澄鈴の肩口に突き刺さった。彼女が気にするように制服を引っ張ると、矢がぽろりと落ちる。
なぜか白と黒の二本。
「キリちゃん、貴様……! ねぇ結愛、あの場合どうなるの」
「効果は相殺されるので残念ながら」
「惜しかったのに、なんてことを!」
僕はキリちゃんのか細い胴体を掴む。言い分を聞くまでもなく、彼を筆箱に入れ込めた。
内から悲鳴のようなものが聞こえたが、これも天罰だ。
別に一度でうまくいかずともよいのだ。気を取り直して、僕は再度チャンスを伺う。
「やっぱり痛いっ!」
第二の矢を放ったのだが、
「君に恋ひ いたも術なみ──」
不運にも、音読のため、ちょうど立ち上がった吉田くんに、ナイスショット。それも心臓を貫いてしまった。
またお前かよ、なんなのマジで。お邪魔キャラなの。
「吉田くん。大丈夫かしら、続き読んでくれる?」
吉田くんは、生気を失って呆然と立つ。心臓に当たると失神でもするのだろうか。さすがにまずい。心中焦っていたら、
「君に恋 好きと言えない 禁断の」
「あの、吉田くん? 先生、教科書を読んで、と言ったんですよ。自作のポエムを読んでとは言ってないわ」
「喧嘩してても 心はラブユー」
真剣な声で読み上げられる詩に、クラスの一部からはクスクスと笑い声が漏れる。それには構わずに、彼は熱い目を僕へ向けた。
なんてことだ、完全に僕へのメッセージじゃないか。
「結愛、あれどうにかならないの!」僕は声を押さえながらも訴える。
「ふふっ、新たな恋敵登場ですか。私も恋のお歌をお詠みしましょうか。返歌くださいね」
そんな風流なことを言っている場合ではない。
「時間が経てば直るんじゃないですか。まあどれくらい続くかは知りませんけど」
「人ごとかよ! というか、関西人の悪い構文だけ吸収しないで!」
「んー、キリちゃんが矢を当てれば戻るとは思いますが」
僕はすぐに筆箱の中から、手のひらサイズの黒い生物を取り出す。怯えきって、逃げようとする彼をわしっと捕まえた。
呻くキリちゃんに、吉田くんへ矢の照準を定めさせる。彼の身長は百八十近くあるから的は大きい。次こそ外すまい。
「打ちかた、はじめ!」
だがしかし、すっかり臆病になったらしいキリちゃんの黒い矢は早々に垂れて、
「んー? 雨漏り?」
なんの因果か、ライン上にいた、なずなの脳天にちょーんと乗った。
やばい。吉田くんの様子から考えるに、その反対となれば、とんでもない怒りを買ったことになるのでは。
しかし、なずなは特に変わった素振りを見せなかった。またすぐに、ノートをめくり始める。
「驚きました。あの矢当たったら、ほぼ問答無用で、かなり憎まれるんです。大親友が簡単に敵になるくらいには」
結愛が意外そうにこぼす。
「でも、中之条は」
「えぇ。でも、ならない人もいるんです。たとえばですが、その人への愛がとっても強い人」
え、なに。それはつまり、あの天然マドンナは僕のことを愛して──
「もしくは、なんにも考えてない人です」
「あ、納得した。絶対そっちだわ」
「私に打ってくれてもいいんですよ? 私は、光男さんへの愛だけで生きてますから、絶対大丈夫です♪」
はいはい、と流していると、僕をぷすりと白い矢が貫く。
「机ちゃん、可愛い! 好き! 君のためなら破産してもいい!」
机に刺さっていた。
「はぁ……、光男さんったら。私より机がいいんですか、それにもう破産しかけでは」
「机ちゃんを馬鹿にされたら黙ってられないな、温厚な僕も。この天板のテクスチャーなんか撫でまわしたいくらい最高の品質なのに!」
「うるさいです。これでも食らってください!」
結愛に黒い矢で突かれて、痛みとともに、僕は我に返る。
さっきまで堪らなく愛しかった机が、突として、ただの木片になった。
何か大切なものを失ったような。奇妙な喪失感に襲われていると、一片の紙が舞い下りてくる。
殴り書かれた文字は、酷くよれている。だがよく目を凝らして読むと、内容は深愛を唄うラブレター。署名欄には、
「またお前かよ!」
吉田とあった。
それに、字体に既視感があると思ったら、この前の脅迫状だ。あれもお前かよ。つくづく腹の立つ野郎だ。
僕は怒りに任せて、天使ちゃんと悪魔ちゃんに号令を下す。
「とにかく撃とう! 撃ちまくろう! 数打ちゃ当たる!」
言うなれば、総攻撃だ。
持て余していたのだろう。嬉々として二体は、弓を一斉に斉射する。僕は澄鈴と吉田くんに向けて、というニュアンスで言ったのだが、意図とは外れて、モノクロの矢の束は三百六十度に乱れ飛んだ。
「好きだ、俺が味噌汁を一生作るから結婚して」
「私はあんたなんて芋虫より嫌いだね!」
「許さない! 吉田は、私の旦那よ!!」
「いいえ、吉田はアタシのもの。奪うっていうなら、殴ってでも」
「だから俺は別所が好きだって言ってんだろ! 諦めてくれ。俺はこの恋を諦められない」
真の意味で、愛憎ひしめく教室になってしまった。
全員が直情的になったせいか、昼ドラより関係図が醜い。そして肝心の澄鈴は、
「ウチ、き、嫌いやないよ。あんたのこと」
「澄鈴さん? まさか私のこと」
「ごめんな、これまで散々言うてもうて。でも本音はちゃうねんよ? むしろ少なからず、その、す、好きというか」
なぜか結愛に求愛していた。
もじもじとして、何度も髪に手をやる澄鈴は、僕でさえ見たことのない乙女の顔つきをしている。
「澄鈴さん! 私もです、私も散々あなたで遊んじゃったのは、好きだからなんです! 本心は違うんです!」
結愛は結愛で満更でもなさそうに、彼女を抱きしめていた。こいつの場合、矢に当たったのか単に面白がっているのかさえ判断がつかない。なんだこれ。
「酷いなぁ、我ながら」
全体を俯瞰する。立ち上がるのは当たり前、社交ダンスにサルサ、ラップバトルにメンチの切り合い。教室は秩序を失って、荒れすさんでいた。
唯一動じていないのは、その中心、なずなただ一人だった。矢を何本食らっても、変わりないらしい。
委員長なら本来は騒動を止めに掛かるべきところだが、彼女は黙々とノートの端になにやら書き足す。
近づくと、何度も表紙から裏までめくっては、満足そうに頬を緩めていた。
「あ、みっちゃん見てよ。傑作じゃない? とくにこの刀振り上げるアニメーション!」
「小学生かよ、お前は」
「え、高校生だよ。なにを言ってるの?」
間違いない、パラパラ漫画だ。僕が五年前に卒業したやつ。
「みんな楽しそうだね? 私も混ざりたいなぁ」
「変わらないのもいいと思うな、僕は」
「そうかな? ありがとう、照れるよ。みっちゃんのためにも変わらないようにするね!」
「たぶん一人で生きてても中之条は変わらないと思うけど」
「普通に生きてたら変わるんだよ。人って」
深いなぁ。この場面で使われても、よく意味は分からないけど。
紛争が収束に至らぬうち、一限のチャイムが鳴る。先生は教卓を叩いて、乱れる生徒を一喝した。
「授業は終わりよ」
まるでナポレオン、騒乱に終止符をつけるカリスマ指導者に思えた。のはほんの一間、
「別所くん、放課後、職員室に来なさい。個別にみっちりと指導してあげるわ。だてに五十年生きてないのよ。先生に任せて♡」
地獄行きの切符を僕にくれた。
せめてアニメでよく見るような、二十代、ガサツだけど綺麗、そしてなぜか優しい女教師だったらなぁ。
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