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二章 幼なじみ攻略作戦スタート!

第20話 幼馴染攻略作戦!

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翌朝の僕は、徳を積み上げ続けて止まるところを知らなかった。
通学路で老人を助ける。図書室で、自習。そして先生の愚痴に付き合って、頼まれた中庭の草むしりに励む。

「今日は覚悟が違いますね?」
「まぁね、ちょっと本気でやってみようと思ったんだ」

思いつく限りをやった。
ホームルームが始まる頃には、もう七つもの善行をこなしていたほど。ドラゴンボールの世界なら、願いがなんでも三つ叶えられている頃だが、まだ飽き足らない。

「今日の放課後、別棟掃除のボランティアを四人ほど探しているんですけど。あくまで有志だから、もし空いてるなら」

朝礼の終わり際、いないことを見越してだう、担任が押し弱く募るのにも、当然、僕はいの一番に挙手をした。結愛もそれに続く。

「あ、あぁなら二人、よろしく頼みますね」

担任は自分で募集をかけたくせに、あまりに食い気味すぎたのか、若干引きつった顔をしていた。
澄鈴に目をやると、キョトンとしている。僕が昔から掃除嫌いと知っているから、尚更なのだろう。

「俺もやろうかな、結愛ちゃんとお近づきに!」
「お掃除したい! というか、むしろ俺をお掃除して! どことは言わないけど!」
「でも結愛ちゃんって別所くんの彼女なんじゃないのかなぁ」
「その辺の話、アタシ気になるかも! 見るからにいい感じだもんねぇ、Bくらいまでいってたりして」

男子が例のごとく勝手に盛り上がり、女子も根のない噂話を交わす。次の立候補者もすぐに決まりそうという流れ、次に名乗り出たのは、

「う、う、ウチもやります!!」

よもや澄鈴だった。

「じゃあ私もやるよ。すみちゃんと一緒ってことなら」

なずなも参加することになって、メンバーが四人固まる。

「あらあら、意外とというかやっぱり印象、悪くはないみたいですね。私との噂を耳にして立候補したってことなら、それどころか──」

結愛がなにか呟いたけれど、教室が騒がしいせい、微かにしか聞き取れなかった。

「結愛、なにか言った?」
「いいえ、なにも。よかったですね、アピールのチャンスですよ」
「うん」

肝心の印象がアップしているかはともかく、作戦は功を奏したらしかった。

     ♢

上手くなずなを切り離して、澄鈴と二人の時間を作る。それが棚から牡丹餅で得た好機に、僕と結愛が立てたシナリオだった。

「じゃあ美術室の掃除から始めていこっか~」

放課後の別棟は、僕ら四人の他に人影がなかった。
そもそもハキハキとしている、なずなの声がよく通る。唾を飲む音さえ、聞こえてしまいそうだった。
いつから作戦を始めるの。
迂闊に口にできないから、僕は結愛へ必死にアイコンタクトを送る。

「結構汚れてますね~、埃まみれです」
「だよね、びっくり。掃除する人いないんじゃないかな。美術部ないんだよ、うちの学校」
「そうなんですか。どうりで」

しかし、通じなかった。結愛は、なずなと二人、ホウキを掃き始める。
生活を共にしているとはいえ、たかが一週間だ。老夫婦のように阿吽の呼吸とはいかないらしい。それでも眉間にくわっとシワを寄せて目配せをし続けていたら、

「ほら、これ使ったら」

澄鈴が僕の顔の前、雑巾をかざしてきた。彼女から話しかけてくれるとは思わなかったので、少し遅れてからはっと眉を緩め、それをもらい受ける。

「……ありがとう」
「な、なによ、なんか言いたそうな顔して」
「い、いや、別に。ちょっとびっくりしたというか」

まだつんけんしてはいたが、昨日より幾分か、態度が柔らかくなったように感じた。時間が経って怒りが薄れたのだろうか。

「それはウチの方。めっちゃ驚いた。光男が奉仕活動、それも掃除って。この間まで部屋だって汚かったのに」
「澄鈴が最後に見たのいつだよ」

むしろ僕には澄鈴が立候補してきたことの方が驚きだったし、理由が気になった。
だが、聞こうと思った時には澄鈴はもう雑巾がけを始めていた。機を逸した僕は、同じように腰を屈めて床掃除に取り掛かりはじめる。
そうしつつも結愛へどうにかサインを送ろうとするのだが、

「うわ、この人、すごい天然パーマですね」
「そうだね、朝のセット大変そう。あ、こっちの人は額に傷があるよ」

なずなとデッサン用石膏像の選評会をしていた。
なにやってんの、この悪魔。せめて掃除しやがれ。開いた口が塞がらなくなっていると、ふと頭の中に文字が流れ込んでくる。
『私がこの調子で話を盛り上げて、なずなさんを引き離しますので』
なんだ、実は頼もしいじゃないか。僕が評価を改めかけたのは束の間、
『あとはご主人様、なんやかんや、よろしくお願いしますね』
いや引き離したあと、雑すぎない?
しかし、パンピーの僕にテレパシーは扱えないから、返事はできない。
『あ。私はモジャ髪より、サラサラ髪の方が好きですよ♡』
余計なことを! 僕は結愛を睨むが、彼女はなんのその、くすりと笑った。

「なずなさん。私たちは、準備室の掃除しませんか」
「でも、まだこっち終わってないよ?」
「二人組でやる方が効率いいと思うんです。私たち、きっといいコンビですよ。彫刻の趣味も合いますし」

結愛はさすがに口が達者だ。もう説き落とせるだろうと僕は確信したのだが、

「合ってないよ! 私が好きなのは、長髪の髭もじゃだよ。彼氏ができたら、絶対ひげ剃らせないつもりだよ!」

思わず肘がかくんと曲がった。
そうだった。ど天然委員長に、空気を読むことを期待した時点でダメだった。どうにか、結愛にこの事実を伝えねば。

「空気って、難しいなぁ」

 僕がこうひとり言にしてははっきり呟くと、澄鈴は怪訝そうに床掃除の手を止める。

「突然どないしたん。どの辺がむずいんよ?」
「え、ほら。簡単には分からないよ! 読み方とか激ムズだって! ふりがな付けて欲しいな」

これならどうだ。賢い結愛なら意図を理解して──
『ご主人様って馬鹿なんですか。小学一年生でも読めますよ』
違う、そうじゃない! さすがに分かるわ!

「とにかく空気って読むのが難しいよね、って話だよ。やり方変えてくれると嬉しいな、僕は」

直接的な表現に言い換えると、彼女はやっとピンときたらしい。なにやら額をホウキに当てて小さく唱え始める。
なにかの魔法を発動させたのだろう。すぐに効果が現れるかと待つが、何秒経ってもなにも起こらない。唯一、結愛だけは青ざめた顔になっていって、
『なずなさんに念力を送ったんですが、正体不明の巨大な塊に弾かれます! なんで!』

「んー、お腹すいてきたなぁ」

悪魔の魔法さえ退けるとは。すごい、なずな。ここまできたら天然通り越して、超天然記念物。いっそ保護するべきかもしれない。
『むぅ、かくなる上は──』

「甘利さん、頭でも痛いん? こめかみ押さえて」
「えっ。違いますよー、澄鈴さんこそ、顔色悪いですよ。ちょっと茶色っぽいです」
「な、元からや! むしろ健康的って言うねん!」
「じゃあ私の白さは病的だ~。帰って寝ようかなぁ」

いつもなら加熱する澄鈴とのバトルもそこそこに、結愛はへなへな外へ出ていく。
手詰まりになって作戦放棄をしたのでは。引き止めかけた一歩め、カサリとなにかを踏んだ。足を上げてみると、なぜか小包装のグミがある。さっきまでは確実になかった物だ。

「いや古典的すぎるだろ」

結愛の通った跡に、それは一粒ずつ等間隔で撒かれていた。これなんて、ヘンゼルとグレーテル?
やっぱりどこか感性が古ぼけた時があるのは、キャラ担当の趣味なのだろう。昭和漫画では定番かもしれないが、こんなアナクロ、現代っ子に通用するわけが──

「わぁなんだろう、お菓子の道だ!」

なずなの目は、らんらん踊っていた。
彼女は、グミの列をうさぎ跳びで辿っていく。一粒を口に入れて、また次へ。そのまま外へと出ていった。
拾い食いをしない。当たり前の躾けが、この十六歳児(仮にも委員長)には、施されていないようだった。

「……二人とも変やったね。体調悪いなら、ボランティアなんかせんかったらよかったのに」

ともかく、シナリオ通りになった。

「う、うん。仕方ないから二人でやろうか。えっと、澄鈴はホウキやってよ。ずっとしゃがんでるのも辛いでしょ?」
「え、あぁまあ、うん。たしかに。ありがとうな」
「ううん、全然。役割分担した方が効率もいいしね」

だが台本があるのは、ここまでだった。あとは、少しでも良好な関係を再築する、というアバウトなテーマしかない。
会話がなくなり、ホウキと床の擦れる音だけがする。かと言って、沈黙を破るに足りそうな話を振れるわけではなかった。ひとまず謝罪を述べてみようとも思ったが、考えてみればなににかが分からない。
落ち着けなかった。咳き込んでみるが、なにが起きるわけでもない。さして汚れてもいないのに、雑巾を絞っていて、懐かしさに突き当たった。

「そういえば昔もこうやって二人で掃除したことあったよね」
「……あー、もしかして小六の時?」
「うん、そう。あの時はとんだ災難だったよ」

その時もちょうど澄鈴と喧嘩をしていた。
たしかホールケーキに乗ったサンタのマジパンをどっちが食べた、とかくだらない話が発端で、こじれていったのだったと記憶している。

今に思えば幼い話だが、そんなことがあって僕は気が立っていた。
そこへ偶然にもクラスの男子集団が女子を虐めている現場に遭遇して、普段ならまずないだろうに、すぐにカッとなった。僕から殴りかかってしまって、取っ掴み合いに発展した。一対多、本来ならすぐに降参するところ、僕は自分の憂さ晴らしもあって傷だらけになっても争い続けた。

先生が駆けつけたのは、いじめを受けていた女子が逃げたあと、ちょうど僕が主犯格に蹴りを入れたタイミングだった。本来なら僕より裁かれるべきはいじめっ子集団なのだが、先生には僕の目がよっぽど血走って見えたらしい。
なぜか罪は僕一人に押し付けられて、放課後の掃除が二週間、罰として課せられた。女の子のことを思えば、いじめのことを口にはできなかった。
納得いかないまま、仕方なく放課後一人教室に残っていたら、澄鈴がなにも言わずに手伝いにきてくれたのだ。
その帰り道、ちょうど河川敷にさしかかったところで、僕が「どうして? 怒って
たんじゃないの」と聞いたら、「怒ってへんよ。それに光男は正しいと思ったから」澄鈴はこう答えた。

誰にも気づいてもらえないものと思っていたから、一言で救ってもらった気分だった。そこから僕は、彼女のことを意識するようになっていった。

「まぁ光男も悪い部分あったにしてもあれはなぁ。懐かしいな」
「今考えてもあの刑は重いよ。六年のフロア全体の掃除って。毎日日が暮れるまでかかったよね。澄鈴がいなかったら、終わってなかったかも」

昔話をきっかけに、会話に花が咲いていく。
わだかまりは、徐々に薄れていった。
結愛がうまいこと言いくるめてくれたのだろう。結愛となずなは、戻ってこなかった。単に労働力が足りず、フロア全体の清掃を完了することができたのは最終下校時間も近い、六時頃だった。

「部活はよかったの」
「まぁこんな遅くから行ってもしゃあないし。帰ろ、光男」

もしかしなくても、ここ最近では一番、雰囲気がよかった。
二人、帰宅の途につく。澄鈴がスーパーに寄るというから、ついて行った。上機嫌すぎて、使うつもりなどありもしないのに彼女が買った豚肉やら野菜やらを同じく買ってしまった。
パート勤務のおばさまに

「仲いいね。付き合ってるの?」と冷やかされて、
「そんなわけありません!」

澄鈴が即答した時は多少気落ちもしたが、仲直りとしては十分な成果だった。
それぞれの家の扉前に着く。

「なぁ光男は、甘利さんと付き合ってるん?」

別れ際に、こう問われた。僕ははっきりと答える。

「同居人ってだけだよ」
「そ。光男がそう言うなら、それを信じるわ。……その、ごめん。変に意地張って」
「ううん気にしてないよ」

澄鈴は、夕日がよく似合う。じゃあまた明日、と悪戯っぽく笑った顔が、背景のオレンジによく映えていた。
彼女が家に入るのを見送る。そういえば、どうしてボランティアに立候補したのか聞き忘れていたが、そんなのは些細なことに思えた。
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