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2章
41話 このまま抜け出して。
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ジュリアはその存在に気付くと、すぐに腕を下ろし、肩を抱えるようにして
「ご、誤解です~、エリゼオ様。この女があたしのプレゼントを投げ捨てたから、それに文句を言っていたのです。あたしは無実よ」
ぞっとするほどの変わり身だった。
さっきまで獲物を狙う肉食動物のごとく、ぎらついていたその目にはいまや涙がたまり、か弱さをアピールせんとしている。
いやいや、今更それは無理があるんでは……?
思っていたら、その通りになった。
「悪いけど、僕はアニータを信じるよ。これまでの君の行動を鑑みたら、そうとしか思えない」
エリゼオは毅然と言い切る。
ほんと、人が変わったんじゃないかしら。
そう思うような豹変、いや成長ぶりであった。
さすがに男らしく、それでいて、ヒーローらしい行動であった。少女漫画で見るような完璧ぶりに、ついどきどきさせられる。
私が勝手に胸を揺さぶられている一方、ジュリアは、アピールしたがっていたエリゼオにまで突き放されてよほど心痛だったらしい。
放心したように立ち尽くす。
他の参加者たちは、これを王子と一流公爵令嬢の仲違いだと見たらしい。
騒動の波紋が徐々に広がっていく。
けれど、そのざわめきを鎮めるかのように、ピアノが一音、りんと鳴り渡った。続いて、ヴァイオリンの重低音がそこに絡まり始める。
「では、これよりダンスパーティーを始めます。参加される方はみなさま、会場の中央へとお集まりください」
オースティン家の方々が、この状況を見かねて臨機応変な対応をしてくれたらしかった。
よく考えずとも、本来なら記念すべき娘の誕生日パーティーにおいて、王子と有力貴族令嬢が揉めている、という状況は冷静に考えれば、かなりまずい。
「ごめんなさい、ラーラ、エリゼオ」
ジュリアの暴走の結果とはいえ、その原因を作ったのは誰かと問われれば、私だ。
焦った私は必死で頭を下げる。
しかし、二人は寛容なことに、どちらも首を振ってくれた。
「ううん、いいの! さっき言ったのは、恥ずかしいけどほんとに本音なんだよね~。アニーの身分なんか無関係に突進していける感じ、強い女性って感じで憧れてたの。
わたくしも、いつかあなたのようになりたい、ってね」
「アニータ。僕が君を守るのは当然のことだよ。僕は君のためなら、どんな理不尽でも打ち砕くくらいの覚悟があるよ」
口々にこう言いながら、二人は私に手を差し伸べてくる。
どういう意味かと困惑してから、遅れて理解した。
どうやら、ダンスに誘ってくれているらしかった。
「……今日はあなたの誕生日パーティーだ。ここはお譲りしよう、ラーラ・オースティンご令嬢」
「いえいえ。わたくしもアニーと踊りたいのはやまやまですけど、わたくし的にはお二人を眺めているのも、それはそれで眼福ですから。お二人が仲よくされているところを見ると、なぜか胸の鼓動が大きく跳ねるのです」
「はは、あなたは少し変わっているようだね」
……だからラーラってば、なにそのカプ推しオタクみたいなポジションは!
言いたくて仕方がなかったが、そんな単語を述べたところで、伝わるわけもない。
私が一人ツッコミを我慢していると、エリゼオの細長く節のはっきりとした形のいい指が私の指に触れる。
柔らかく、それこそ宝石に触れるように掬って、私に微笑みかける。
「アニータ、僕と踊ってもらってもいいかな?」
こうして改めて伺い見れば、なんて綺麗な人なのだろうと思う。はっと息をのまされて、それから頭を真っ白にさせられてから私はこくこくと短く首を縦に振る。
迷うことすら許されないくらい、その微笑は完璧だったのだ。五角形のグラフがあれば、すべてのパラメータが上限に達していた。
その美貌に釘付けにされているうち、気付けば私はエリゼオに連れられていく。
てっきりダンスの行われる会場の中心に行くのだと思えば、彼が向かったのは、なぜか会場の脇だ。
「ねえ。エリゼオ、踊るんじゃないの?」
「そうしたいところだけどね。ただ、これも放っておけないから」
エリゼオは片膝をついて、私のドレスを少しだけたくし上げる。
あまりに突然かつ予想外の行動に身体を引く私だったが、エリゼオが気にしていたのは私の足元のほうだ。
痛いとは思っていたが、見れば痣ができているだけではなく、擦れて血がにじんでいる。
自分でも、ここまで酷く腫れているとは思っていなかった。
「靴が合ってなかったんじゃないか? さっきから少し気にしていたみたいだからね」
「……え。エリゼオ王子、それいつから気づいて」
「ついさっきさ。ジュリア令嬢との件とは別に様子がおかしかったから」
「でも、それじゃほんの少し会話をしただけですよね」
「ふふ、舐めてもらったら困るよ。君のことはよく見ているんだ」
本当どうしちゃったの、この王子さま。いつから、こんなちゃんと王子様らしくなったの、まじで。
こんなに的確に心に刺さる台詞を吐くようなキャラじゃなかったよね!? 少なくとも、ゲームで見てきた彼には、クズすぎる元カレを重ね合わせて、その優柔不断さに強い嫌悪感すら覚えたのに。
今の彼は違うらしかった。
「ちょっと手当をしようか。抜け出してしまおうか、このパーティー。一緒に来てくれるかい?」
エリゼオはそのままの姿勢、またしても私の手を取る。
「……いいんですか、王子なんだから、たくさんの人と踊る必要があるんじゃ……」
「いいんだよ。踊りたい人と踊ることに決めたんだ、僕は。それに、アニータを優先しない理由がないからね。それで、どうかな? 一緒に来てくれるか」
首を横に振ることなんて、もちろんできなかった。
「ご、誤解です~、エリゼオ様。この女があたしのプレゼントを投げ捨てたから、それに文句を言っていたのです。あたしは無実よ」
ぞっとするほどの変わり身だった。
さっきまで獲物を狙う肉食動物のごとく、ぎらついていたその目にはいまや涙がたまり、か弱さをアピールせんとしている。
いやいや、今更それは無理があるんでは……?
思っていたら、その通りになった。
「悪いけど、僕はアニータを信じるよ。これまでの君の行動を鑑みたら、そうとしか思えない」
エリゼオは毅然と言い切る。
ほんと、人が変わったんじゃないかしら。
そう思うような豹変、いや成長ぶりであった。
さすがに男らしく、それでいて、ヒーローらしい行動であった。少女漫画で見るような完璧ぶりに、ついどきどきさせられる。
私が勝手に胸を揺さぶられている一方、ジュリアは、アピールしたがっていたエリゼオにまで突き放されてよほど心痛だったらしい。
放心したように立ち尽くす。
他の参加者たちは、これを王子と一流公爵令嬢の仲違いだと見たらしい。
騒動の波紋が徐々に広がっていく。
けれど、そのざわめきを鎮めるかのように、ピアノが一音、りんと鳴り渡った。続いて、ヴァイオリンの重低音がそこに絡まり始める。
「では、これよりダンスパーティーを始めます。参加される方はみなさま、会場の中央へとお集まりください」
オースティン家の方々が、この状況を見かねて臨機応変な対応をしてくれたらしかった。
よく考えずとも、本来なら記念すべき娘の誕生日パーティーにおいて、王子と有力貴族令嬢が揉めている、という状況は冷静に考えれば、かなりまずい。
「ごめんなさい、ラーラ、エリゼオ」
ジュリアの暴走の結果とはいえ、その原因を作ったのは誰かと問われれば、私だ。
焦った私は必死で頭を下げる。
しかし、二人は寛容なことに、どちらも首を振ってくれた。
「ううん、いいの! さっき言ったのは、恥ずかしいけどほんとに本音なんだよね~。アニーの身分なんか無関係に突進していける感じ、強い女性って感じで憧れてたの。
わたくしも、いつかあなたのようになりたい、ってね」
「アニータ。僕が君を守るのは当然のことだよ。僕は君のためなら、どんな理不尽でも打ち砕くくらいの覚悟があるよ」
口々にこう言いながら、二人は私に手を差し伸べてくる。
どういう意味かと困惑してから、遅れて理解した。
どうやら、ダンスに誘ってくれているらしかった。
「……今日はあなたの誕生日パーティーだ。ここはお譲りしよう、ラーラ・オースティンご令嬢」
「いえいえ。わたくしもアニーと踊りたいのはやまやまですけど、わたくし的にはお二人を眺めているのも、それはそれで眼福ですから。お二人が仲よくされているところを見ると、なぜか胸の鼓動が大きく跳ねるのです」
「はは、あなたは少し変わっているようだね」
……だからラーラってば、なにそのカプ推しオタクみたいなポジションは!
言いたくて仕方がなかったが、そんな単語を述べたところで、伝わるわけもない。
私が一人ツッコミを我慢していると、エリゼオの細長く節のはっきりとした形のいい指が私の指に触れる。
柔らかく、それこそ宝石に触れるように掬って、私に微笑みかける。
「アニータ、僕と踊ってもらってもいいかな?」
こうして改めて伺い見れば、なんて綺麗な人なのだろうと思う。はっと息をのまされて、それから頭を真っ白にさせられてから私はこくこくと短く首を縦に振る。
迷うことすら許されないくらい、その微笑は完璧だったのだ。五角形のグラフがあれば、すべてのパラメータが上限に達していた。
その美貌に釘付けにされているうち、気付けば私はエリゼオに連れられていく。
てっきりダンスの行われる会場の中心に行くのだと思えば、彼が向かったのは、なぜか会場の脇だ。
「ねえ。エリゼオ、踊るんじゃないの?」
「そうしたいところだけどね。ただ、これも放っておけないから」
エリゼオは片膝をついて、私のドレスを少しだけたくし上げる。
あまりに突然かつ予想外の行動に身体を引く私だったが、エリゼオが気にしていたのは私の足元のほうだ。
痛いとは思っていたが、見れば痣ができているだけではなく、擦れて血がにじんでいる。
自分でも、ここまで酷く腫れているとは思っていなかった。
「靴が合ってなかったんじゃないか? さっきから少し気にしていたみたいだからね」
「……え。エリゼオ王子、それいつから気づいて」
「ついさっきさ。ジュリア令嬢との件とは別に様子がおかしかったから」
「でも、それじゃほんの少し会話をしただけですよね」
「ふふ、舐めてもらったら困るよ。君のことはよく見ているんだ」
本当どうしちゃったの、この王子さま。いつから、こんなちゃんと王子様らしくなったの、まじで。
こんなに的確に心に刺さる台詞を吐くようなキャラじゃなかったよね!? 少なくとも、ゲームで見てきた彼には、クズすぎる元カレを重ね合わせて、その優柔不断さに強い嫌悪感すら覚えたのに。
今の彼は違うらしかった。
「ちょっと手当をしようか。抜け出してしまおうか、このパーティー。一緒に来てくれるかい?」
エリゼオはそのままの姿勢、またしても私の手を取る。
「……いいんですか、王子なんだから、たくさんの人と踊る必要があるんじゃ……」
「いいんだよ。踊りたい人と踊ることに決めたんだ、僕は。それに、アニータを優先しない理由がないからね。それで、どうかな? 一緒に来てくれるか」
首を横に振ることなんて、もちろんできなかった。
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