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2章

36話 はじめての共同作業

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唐突に訪れた、ミステリアスながら美麗な青年とのひと時。

本来なら、元オタクとしては胸を高鳴らせて歓喜して迎えるべきシーンなのだろう。

しかし、現実は真逆だ。
歓喜どころか気まずさと緊張で、心臓がひどく跳ねる。
恋愛的なドキドキとはほど遠い。

「えっと、すいません。魔物の見張りなんてお願いして」
「構いません。これも務めでございます」

頑張って話しかけてみても、事務的で無機質な言葉で返り討ちにされるのだから、そりゃあそう。

…‥なんで、こんなことになってしまったの。

あの時フェンが起きてくれさえいれば、一人で来られたのに、なんて。
思わなくもなかったけれど、今さらどうにかなるわけでもない。


私は持ち出してきたピッケルで岩壁を叩き続けて、無言の空気を紛らわす。

お目当ては、『マカイア鉱石』という薄紫色の鉱石だ。
とてもめずらしいもので、王都周辺においては、この「魔の森」においてのみ、採取ができるらしい。
この石を細かく砕いたものが、現代でいうところのファンデーションの素になるのだとか。

汗だくになりつつもラーラの喜ぶ顔を思い浮かべて、私は膝立ちの姿勢でピッケルを振り続ける。

そんな努力が実り、ついに紫色の石がその姿を現した! ……のだが。

「全然割れないわ、この岩!」

ほんの僅かに、一部が見えるだけであった。
分厚く頑丈な岩に周りを覆われており、簡単には採取できそうにない。

見えているのに届かないもどかしさときたら、なかった。

私が一人唸っていると、

「どうされたのですか」

見兼ねたらしく、後ろからヴィオラが声をかけてくれた。

まさか話しかけられるとは思わなかった。
面食らいながらも理由を説明すると、彼は自然と私の手からピッケルを取る。

「使い方次第ではないでしょうか。ピッケルは魔力を込めれば、より鋭利にすることもできます。面ではなく点で叩いた方が衝撃が伝導効率が――――」

ごねごねと理論を述べつつも、私の横に立ち上がった彼は、渾身の力でピッケルを振り下ろす。

が、無残な結果が待っていた。カランと音を立てて転がったのは岩ではなく、ピッケルの方だ。

ぽきりと先端が折れている。

「あらら……」

一応拾い上げてはみるが、真っ二つだ。
この世界に速乾ボンドがあるわけでもなし、くっつくとは思えない。

なんてもったいない……! うちの家計を鑑みれば、そこそこ高かったのに。

と、思いはしたけれど、不慮の事故と考えれば仕方がない。
ぐちぐち言うものでもなかろう。

「あー、気にしないでくださいな、ヴィオラさん。また日を改めて挑戦しますから」
「…………アニータ・デムーロ男爵令嬢、大変失礼いたしました。私の不徳の致すところでございます」
「いいですよ、そこまで改まらなくても」
「いえ、気にいたします。大変申し訳ありませんでした。ご友人の所有物を壊したとあっては、エリゼオ王子にも顔が立たない」

平静を繕ってはいるが、見るからに落ち込んでいる様子だった。唇を噛んで、それから頭を下げる。

顔を上げたと思えば、「失礼」と一つ謝ってから、今度は懐に忍ばせた金平糖をばりばりと食べ始めた。

「すいません、どうも落ち着くことができなかったので」

……相当、テンパってもいるらしい。
甘いものを食べないと落ち着けないところ含めて、なんというか子供っぽい。

ヴィオラはそれで平静を取り戻したらしい。

「償いというわけではございませんが、必ずやマカイア鉱石はここで掘り起こして見せましょう」

一転して、行き過ぎたくらいの律儀さでもって、私に代替案を提示する。

「……え? でもどうやって? もうピッケルはありませんよ」
「ここに、我が太刀があります。私が使うのは土の魔法。必ずや砕いて見せます」

いや、ピッケルの次は太刀も割れる展開じゃないですか、これ、やだー!

嫌なフラグを肌で感じ取る私だったが、彼はもう準備に入っていた。

「大いなる大地よ、我が手に力を」

刀を抜き頭の上まで真っ直ぐ振り上げると、小さく魔法詠唱を唱え始めるので、私は距離を取る。

肌をぴりぴりと削るような魔力が、その刀身からは放たれていた。
もしかしたらと淡い期待をかけるが、結果として太刀さえも弾かれてしまった。

「…‥ダメか」

剣をしまったヴィオラはこう項垂れるが、私は刺された箇所に目をやり思わず声が出る。

「ヴィオラさん、ヒビが入ってますよ! これ、もしかしたらいけるんじゃ……!」
「いや、かなり頑丈なので私の魔力では少し強度が足りない」
「なんだ、そういうことなら! 私の魔力をお貸ししますよ!」

魔力は少しの時間であれば、他人に貸すこともできる。それくらいは、ゲームの基礎知識として知っていた。

私はヴィオラの手を掬って、指を重ねるようにして握ると魔力を伝えていく。

「………あ、アニータ・デムーロ男爵令嬢。このような真似をして、私はエリゼオ王子にどう顔向けをすれば」
「だから気にしてませんよ。でも、マカイア鉱石が取れるなら、それに越したことはありませんから!」

なぜか顔を背けるヴィオラはともかく、私は必死に魔力を集めて彼へと受け渡していく。

「さぁお願いします、ヴィオラさん」

そして、いよいよ再挑戦だ。

「…‥ここまでの魔力を得たのは初めてだ」

こう呟きながら剣を振り上げるヴィオラ。先ほどよりさらに質量共に磨きのかかった魔力が放たれる。

剣が岩へと振り下ろされると、待ち望んで結果が待っていた。

大岩が粉々に砕けて、そこには待ち望んだマカイア鉱石がしっかり顔を出している。

「おぉ、やりました! ありがとうございます、ヴィオラさん!!」

私は喜びのあまり興奮して、彼へと両手を上げる。

だが、堅物の彼がハイタッチに応えてくれるわけもなかった。無視されるのも恥ずかしい。

すぐに引っ込めようと思うのだが、

「えぇ、ありがとうございます。これで、贖罪も果たせましたよ」

意外や上気した顔で、いかにも気軽な感じで、手を叩き返してくれた。
そんな様を見て、思うことが一つ。

「やっぱりヴィオラさんって、面白い方ですね」
「……いきなりなにを言うのです?」
「いえ。ただただ近づきがたいとか思ってましたけど、とことん真面目で融通がきかなかったりするくせ、今みたいにハイタッチもしてくれる。意外と人間味があるなぁって」

私がこう言うのに、ヴィオラは何を思ったか完全にそっぽを向く。
けれど耳の裏まで赤くなっているので、たぶん照れているのだろう。

「……今見たものはお忘れください。どうも、あなたの前だと調子が狂う」
「そう都合良くはいかないですわ。それに、別にいいと思うんだけどなぁ、普通でも。なにも悪くないと思いますけど」

「いいえ。王家の執事たるもの、厳格であるべきです」
「でも、ずーっとそれじゃあ大変ですよ。たまには気楽に行ったほうがいいですよ、たぶん。私の前くらい気を抜いてくださいな。どうせ男爵令嬢になにを思われたって問題ないでしょう?」
「…‥そうかもしれないですが。いや、やはり執事たるものそれでは」

口から発される言葉は相変わらず、がっちがち。
道路に溶け残った雪くらいには固いけれど、もう感情がない冷徹な人だとは思わなくなっていた。

雪の下に、ちゃんと心は隠れていたのだ。

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