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2章

25話 新たな攻略キャラ・王家付き執事のヴィオラ

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描いていたシナリオが壊れてしまってから数日。

さしもの私も、元の本筋通り、エリゼオにほとんど絡むことなく生きていくのは難しいと悟っていた。
もう、ただのモブではなくなってしまった。いじめられ役の貧乏少女は、エリゼオの協力者であり、友人キャラに格上げされた。

大幅ランクアップだ。オリコン圏外から急上昇。

なんていっても、せいぜいその程度だと思っていたのだが、認識が違ったらしい。

「すまない。まぁ時間の問題だったと思って、ここは一つ穏便に──」
「できませんって……」
「はは、やはり君はそう言うと思っていたよ、アニータ。でも、事が事だったんだ」

 デムーロ男爵家の客室には、やや剣呑な空気が流れる。

 先ほどまではそうではなかった。
もうエリゼオが訪問してくることにも慣れていたので、さっくり焼いたホットケーキでも振る舞って、お昼の雑談タイム! くらいの軽い気持ちだったのが、今やこう。

ほかほかだったそれがテーブルのうえで今まさに冷めていっていると思えば、なんとももどかしい。

 平和なはずの昼下がりを壊したのは、求めざる訪問者。
 エリゼオ第五王子に伴われて、一歩うしろに立つ執事の男である。その人の顔は、よくよく知っている。
 なぜなら、私はこの世界『黒の少女と白王子』という乙女ゲームの元プレイヤーだったからだ。そして、アンチでもあった。

 またしても、その理由の一人が私の目の前にいる。
王家直属の執事にして、セカンドヒーロー、ヴィオラ・パンカーロがそこにはいたのだ。

憮然とした顔で、彼はこちらをじっと見つめる。その光を鈍く弾く瞳と、女性と見まごうほどの長く、執事服の裏まで垂れかかる髪の色は、薄紫。謎めいた雰囲気が魅力の青年だ。
たしか22歳。霧崎祥子としてはそれでも一回り近く年下だが、何歳上だと言われても納得してしまうような独特の間がある。

「分かってくれ、アニータ。これは必然だったんだ。いつかは王家のものたちにも認めて貰わなくてはいけなくなる。隠し通すことなど、土台難しかったんだ」
「そこまでなら分かりますよ、別に。問題は、たまにヴィオラさんが視察しに来る、という部分ですって」
「あぁ、そこか……。そこについては僕も断りを入れたんだけどね」

 エリゼオから目を流されて、ヴィオラは目をゆっくりと閉じる。

「そうはまいりません。エリゼオさまは王子でいらっしゃる。いずれこの国のため、大事な役目を担うお方だ。そのような方が、無粋な人間と妙な付き合いをしていては王家の名が折れるというもの。このヴィオラ、このたび王子のお目付役を拝命した以上は、目を離すことは出来ません」

うわぁ、この堅苦しい感じ! ゲームで見た時のままだ。

これは『黒の少女と白王子』あるあるだが、陥落するまで、このキャラもとにかく長いのだ。

しかも最後は周りの王子たちに説明もしないで、主人公を連れ去り、辺境で隠れながらくらすというなんともやっつけなエンド!

 おかげで謎めいた青年という印象より、恩知らずな裏切り者的イメージのほうが前面に出ているまである。

 大方、セカンドだからと手を抜いたのだろう。編成側のそうした杜撰さも含めて、得意ではなかった。

「すでに、あなたはいくつも無礼を働いているようですが……エリゼオ王子が友人として看過するというのであれば、ひとまずは見逃しましょう。しかし、あまり危ない真似はなさらないよう。件の「シナリオ」などというものに王子をまきこむのはほどほどにしていただきたい」
「……承知しておりますよ」
「それと妙な料理の味を覚えさせるのもご遠慮願いたく存じます。あれを召されたせいでしょう。王子の好みが変わったとコックたちから苦情の声が──」

 あぁ、もう! まどろっこしい!

 私はやけを起こしそうになりながらも、口上のベルトコンベア作業員みたく、ヴィオラのお小言を右から左へと受け流す。
一つ足りとてまともに取り合わないつもりだったが、

「もう一部の貴族たちは、あなたとエリゼ王子が懇意にしていることを把握しております」

聞き逃せないような話もそのなかには混じっていた。私は口をすぼめた形で、冷めていくパンケーキと同じようにして、だんだんと固まっていく。

「なんですって?」

 いったい、どこから漏れたんだろう。って、いやいや当たり前といえばそうなのだけれど。王城勤務の役人たちは、あの深夜の恋愛逃避行劇を目の当たりにしたうえ、エリゼオが演技を捨ててまで私との友人関係を選んだことを知っている。

噂好きのメイドたちにそんな話がかけらでも伝わったのなら、広まってしまうまで、さしたる時間を要さないのは自明か。

「すまない、それも不覚だったよ」
「今日、不覚が多すぎるんじゃなくって?」
「そうだね、僕としたことがすまない。これからは気をつけるから」
 
 とはいったものの、エリゼオを今さらせめて解決するような話ではない。

 あの二人きりで夜空を見上げた時間を受け入れてしまった時点で、私もこの騒動の同罪なのだ。

 再び、ヴィオラが一定のトーンで割って入ってくる。

「なおさら、立派な振る舞いが求められますよ。アニータさま」
「……承知しています」
「それから、ご提言ですが、自衛をする力を養った方が良いかもしれません。いつどこで、妙な輩に狙われるか」

うわぁ、そっか……。

エリゼオと茶会で一芝居打ったときも、ショックを受けている令嬢は多かったものね。

悪役令嬢・ジュリアなんて、彼と親密にしている私に対して、刺客まで向けてきた。同じようなことが起きると思えば、たしかに少しは警戒がいるかもしれない。

「大丈夫、君は僕が守るよ」
「…………エリゼオ」

 一瞬、なんて素敵な甘い言葉かと思うが、なにもいつも一緒にいるわけじゃない。本格的に、自己防衛の方法を考える必要があるかも?


うーん、しかし、ちょっといっぺんに考えすぎて頭が痛くなってきた。

私は、ここで一旦話を打ち切らせて貰った。あとはお食事をしながら、と二人をもうすっかり冷めたホットケーキの待つテーブルへと案内する。

 ヴィオラは使用人だからと遠慮していたが、王子付きの執事はうちからすれば十分お客様だ。
エリゼオの許可も貰い、端に座って貰う。

「王子、お待ちください。このようなものを食べては、また城での料理が入らなくなるのでは」
「構わないんだよ。僕が好んで食べているんだ。昼が終わったら、そうだな。またなにか、アニータの書いた物語を読ませてはくれないか」
「……エリゼオさま。差し出がましいご意見恐縮ですが、そのような得体のしれない物語をたしなむことは王家の品位を落とすことにつながりかねません、それにまた厄介なシナリオとやらに巻き込まれる可能性も考慮すれば──」

 とやかく言うのは、ゲーム通り煩わしいったらなかった。

けれど、私は知っている。彼は甘いものに目がなく、執務時間中も影にこそこそ隠れて食べるほどの甘党であることを。

「あなたも気をつけていただきたい、アニータ・デムーロ男爵令嬢。あまり王子に妙な物を与えないように――」

 だから、なんやかんやと注文をつけながもパンケーキを食べ進めるヴィオラの姿は、子どもを見守る親気分で少し微笑ましかった。

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