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1章
6話 エリゼオ王子の憂鬱
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エリゼオ王子主宰の茶会は、その後も定期的に開催された。
『黒の少女と白王子』のシナリオ通りだ。
こうして開かれる茶会のなかで、主人公のリーナは、ひょんなことから王子に気に入られることとなる。
たしか、紅茶に入れる砂糖の数とか、そういう次元の小さな話だったと記憶している。
しかし、彼女は「悪魔の子」などと呼ばれる身。顔も名前も明かさなかったことから、エリゼオ王子は彼女のことが気になりだすのだ。
「あの子は、僕の背後にある王子としての身分だけではなく、僕のことを見てくれている」などと。
惰性でやっていた部分もあり、転生して半月も経った今となってはもはや曖昧だ。
別にもう関係のない話だからなおさらである。
なんせ私はモブキャラ! メインストリームに絡むことは金輪際ない。
ただ招待状をもらうようにはなっていたから、付き合い上ひとまず出席だけして、すぐに例の庭へと逃げる。
一秒たりとも無駄にしたくなかった。
身分の低い男爵令嬢の私にとっては、この茶会の時が唯一、王屋敷内への立ち入りを許される機会なのだ。
しっかりこの緑を堪能せねば!
すぐにフェンを呼び出して、一人と一匹で青空を見上げる。
「日頃の疲れが癒やされる……」
令嬢=悠々自適生活。
転生前こそそう思っていた私だが、残念ながら男爵家であるデムーロ家にそこまでお金の余裕はなかった。
父の辺境騎士としての仕事だけでは収入として足りない。
母は城下町の屋敷で魔道具アイテム販売店を営んでいて、私も時間があればその手伝いに入っていた。
夜になれば店も閉まるが……。
そこからは趣味の時間だ。
枕元に灯りを置きながら、ノートを相手に万年筆を握り、ひたすら新作シナリオを練っている。
創作のたまものたる異世界に来ても、私は物語の虜にされたままだった。
もはや習慣づいているのだ。メモを取る癖もやめられないし、妄想癖も変えられない。
そんな人間の前に、平気で魔法を使える世界が広がっているのだ。
ペンを取らないのは、むしろ失礼というものだろう。
こうしていると、現代での元カレのことや、こっちの世界での元婚約者・ディエゴに対して、ふいに沸き起こる怒りをすっかり忘れられるというのもあった。
「まず柱書きを書いて……と。そうね、シーンは王城内のお庭、早朝とかかしら」
その日も、庭で仮眠を取り終えた私は、転がったままシナリオ作成に耽る。
フェンみたいな大きなもふもふと、世界をゆるーく救うお話について、キャラ設定や世界観を終え、実際に本文にかかろうとしていたときだ。
「もう、うんざりなんだよ!! なんで僕ばかり!!」
響いてきた大きな声に、私は耳を打たれて身体を起こす。
それは創作の世界からこちらの世界へ、私を一気に引き戻した。
寝ぼけ顔のフェンと顔を見合わせてから、そっと声の方をのぞく。
肩をいからせて訴えているのは誰かと思えば、風に揺れるシルバーの髪ですぐに分かった。
「…………げ」
そこにエリゼオ王子の姿を認めて、思わず頬が引きつる。
いつの間にやら茶会が終わる時間になっていたようだ。それが終わって、裏手の庭にやってきたらしい。
大ピンチだ。
ディエゴと並んで、ゲームの主要キャラたちは、金輪際絡みたくない人間リスト上位である。
早急にここを去りたかった。
が、下手に動いたら気づかれてしまいかねない。
ただでさえ、茶会のために足元が綿菓子みたいに膨れた、隠れるには不便なドレスを召しているのだ。
大きくて目立ちすぎるフェンの召還を解いた私は、草陰まで這うように移動して息をひそめた。
どうやら執事らしき男性と言い合いをしているようだ。
といっても、老執事の方は至って冷静だ。
「ぼっちゃま。お言葉ですが、臣下の娘たちと友好な関係を保つことは王家の権威保持のためにも有効な手段でございます」
「……もう僕も18歳だ、その呼び方はやめてくれ。それから言葉を返すようだが、兄たちはあのような接待まがいの茶会はしていなかったではないか」
「ぼっちゃまは、王の子息で残る唯一の未婚者。たくさんの貴族が自分の娘こそ、正妻にふさわしい、と売り込みをかけてきております。ゆえに特定の者に肩入れをして、臣下間の争いを生むことは避けねばならないのですぞ」
「だからって……なぜ僕だけ」
「しきたりだから、でございます」
あぁ、なんというか。完全に聞いてはいけない話だ、これ。
なにやら修羅場チックだし、いくら不可抗力だとはいえ、盗み聞きしていたと知られた暁には、事によっては処罰されたりして。
ただそうは思えど、会話は右から左からどんどん入ってくる。
そして、もっといけなかったのは私のシナリオライターとしてのサガ。
こんな珍しいシーンを聞き逃せない。
そんな野次馬じみてこそいるが、ある種の義務感のようなものが私を地面に縛り付けていた。
執事さんは主人、つまりは王に言い付けられているのだろう。
全く譲歩することなく、エリゼオ王子の意見を全て却下した。
取り付く島もなく、
「では茶会の片付けがありますので」
最後の礼だけは丁寧にして去っていく。
その空間に置いていかれたのはエリゼオ、それから草陰にどうにか身を隠す私だけだ。
「なにが王子だ……。これじゃあ僕はただの操り人形じゃないか」
歯が軋む音がここにいても聞こえてきた。
彼は肩口に縫い付けられた鳳凰じみた王家の紋を絞り込んでしわくちゃにする。
それでも脱ぎ捨てることができないあたりに、立場をすべて放棄することはできない彼の歯痒さが滲み出ていた。
ずき、と胸が痛む。
彼が王家の駒として扱われ、自由がなかった。
その設定自体は、攻略ルートを進めるなかで知っていた。
けれど、その悩みは私が思うより深いらしい。
プレーヤーとして画面の外から見るのと、実際にこの目で見るのでは受け取り方が大きく変わってくる。
いくら嫌いなキャラであっても、元カレと雰囲気が似ていたとしても、今の彼は一人の悩める男の子以外のなにでもない。
「……エリゼオ」
助けてあげたい、せめて話を聞いてあげたい。
そう思わないわけではなかった。
ただそれでも、声をかけてはいけない。
だって私はモブだもの。
そう、本筋に関係のあってはいけないキャラ、アニータ・デムーロ。
あの赤髪ドリル女・ジュリアにいじめられることで、彼女の凶暴性を示すことだけが役割として与えられた、端役の中の端役だ。
ヒロインには力不足きわまりない。
彼の問題は、主人公のリーナが解決してくれる。
…………ただし彼女の引っ込み思案を極めた性格ゆえに、実に半年近くかかるが。
今さらながら腹立つ、このゲーム! もっと早く展開してさえくれれば、私がこんなふうに悩むこともなかったのに。
半ば苛立ち混じりに、
「エリゼオ王子! 話はすべて聞かさせていただきました!!」
私は草陰から飛び出ていった。
あんな顔を見せられたら、誰だろうと放っては置けない。
お節介かもしれないけれど。
『黒の少女と白王子』のシナリオ通りだ。
こうして開かれる茶会のなかで、主人公のリーナは、ひょんなことから王子に気に入られることとなる。
たしか、紅茶に入れる砂糖の数とか、そういう次元の小さな話だったと記憶している。
しかし、彼女は「悪魔の子」などと呼ばれる身。顔も名前も明かさなかったことから、エリゼオ王子は彼女のことが気になりだすのだ。
「あの子は、僕の背後にある王子としての身分だけではなく、僕のことを見てくれている」などと。
惰性でやっていた部分もあり、転生して半月も経った今となってはもはや曖昧だ。
別にもう関係のない話だからなおさらである。
なんせ私はモブキャラ! メインストリームに絡むことは金輪際ない。
ただ招待状をもらうようにはなっていたから、付き合い上ひとまず出席だけして、すぐに例の庭へと逃げる。
一秒たりとも無駄にしたくなかった。
身分の低い男爵令嬢の私にとっては、この茶会の時が唯一、王屋敷内への立ち入りを許される機会なのだ。
しっかりこの緑を堪能せねば!
すぐにフェンを呼び出して、一人と一匹で青空を見上げる。
「日頃の疲れが癒やされる……」
令嬢=悠々自適生活。
転生前こそそう思っていた私だが、残念ながら男爵家であるデムーロ家にそこまでお金の余裕はなかった。
父の辺境騎士としての仕事だけでは収入として足りない。
母は城下町の屋敷で魔道具アイテム販売店を営んでいて、私も時間があればその手伝いに入っていた。
夜になれば店も閉まるが……。
そこからは趣味の時間だ。
枕元に灯りを置きながら、ノートを相手に万年筆を握り、ひたすら新作シナリオを練っている。
創作のたまものたる異世界に来ても、私は物語の虜にされたままだった。
もはや習慣づいているのだ。メモを取る癖もやめられないし、妄想癖も変えられない。
そんな人間の前に、平気で魔法を使える世界が広がっているのだ。
ペンを取らないのは、むしろ失礼というものだろう。
こうしていると、現代での元カレのことや、こっちの世界での元婚約者・ディエゴに対して、ふいに沸き起こる怒りをすっかり忘れられるというのもあった。
「まず柱書きを書いて……と。そうね、シーンは王城内のお庭、早朝とかかしら」
その日も、庭で仮眠を取り終えた私は、転がったままシナリオ作成に耽る。
フェンみたいな大きなもふもふと、世界をゆるーく救うお話について、キャラ設定や世界観を終え、実際に本文にかかろうとしていたときだ。
「もう、うんざりなんだよ!! なんで僕ばかり!!」
響いてきた大きな声に、私は耳を打たれて身体を起こす。
それは創作の世界からこちらの世界へ、私を一気に引き戻した。
寝ぼけ顔のフェンと顔を見合わせてから、そっと声の方をのぞく。
肩をいからせて訴えているのは誰かと思えば、風に揺れるシルバーの髪ですぐに分かった。
「…………げ」
そこにエリゼオ王子の姿を認めて、思わず頬が引きつる。
いつの間にやら茶会が終わる時間になっていたようだ。それが終わって、裏手の庭にやってきたらしい。
大ピンチだ。
ディエゴと並んで、ゲームの主要キャラたちは、金輪際絡みたくない人間リスト上位である。
早急にここを去りたかった。
が、下手に動いたら気づかれてしまいかねない。
ただでさえ、茶会のために足元が綿菓子みたいに膨れた、隠れるには不便なドレスを召しているのだ。
大きくて目立ちすぎるフェンの召還を解いた私は、草陰まで這うように移動して息をひそめた。
どうやら執事らしき男性と言い合いをしているようだ。
といっても、老執事の方は至って冷静だ。
「ぼっちゃま。お言葉ですが、臣下の娘たちと友好な関係を保つことは王家の権威保持のためにも有効な手段でございます」
「……もう僕も18歳だ、その呼び方はやめてくれ。それから言葉を返すようだが、兄たちはあのような接待まがいの茶会はしていなかったではないか」
「ぼっちゃまは、王の子息で残る唯一の未婚者。たくさんの貴族が自分の娘こそ、正妻にふさわしい、と売り込みをかけてきております。ゆえに特定の者に肩入れをして、臣下間の争いを生むことは避けねばならないのですぞ」
「だからって……なぜ僕だけ」
「しきたりだから、でございます」
あぁ、なんというか。完全に聞いてはいけない話だ、これ。
なにやら修羅場チックだし、いくら不可抗力だとはいえ、盗み聞きしていたと知られた暁には、事によっては処罰されたりして。
ただそうは思えど、会話は右から左からどんどん入ってくる。
そして、もっといけなかったのは私のシナリオライターとしてのサガ。
こんな珍しいシーンを聞き逃せない。
そんな野次馬じみてこそいるが、ある種の義務感のようなものが私を地面に縛り付けていた。
執事さんは主人、つまりは王に言い付けられているのだろう。
全く譲歩することなく、エリゼオ王子の意見を全て却下した。
取り付く島もなく、
「では茶会の片付けがありますので」
最後の礼だけは丁寧にして去っていく。
その空間に置いていかれたのはエリゼオ、それから草陰にどうにか身を隠す私だけだ。
「なにが王子だ……。これじゃあ僕はただの操り人形じゃないか」
歯が軋む音がここにいても聞こえてきた。
彼は肩口に縫い付けられた鳳凰じみた王家の紋を絞り込んでしわくちゃにする。
それでも脱ぎ捨てることができないあたりに、立場をすべて放棄することはできない彼の歯痒さが滲み出ていた。
ずき、と胸が痛む。
彼が王家の駒として扱われ、自由がなかった。
その設定自体は、攻略ルートを進めるなかで知っていた。
けれど、その悩みは私が思うより深いらしい。
プレーヤーとして画面の外から見るのと、実際にこの目で見るのでは受け取り方が大きく変わってくる。
いくら嫌いなキャラであっても、元カレと雰囲気が似ていたとしても、今の彼は一人の悩める男の子以外のなにでもない。
「……エリゼオ」
助けてあげたい、せめて話を聞いてあげたい。
そう思わないわけではなかった。
ただそれでも、声をかけてはいけない。
だって私はモブだもの。
そう、本筋に関係のあってはいけないキャラ、アニータ・デムーロ。
あの赤髪ドリル女・ジュリアにいじめられることで、彼女の凶暴性を示すことだけが役割として与えられた、端役の中の端役だ。
ヒロインには力不足きわまりない。
彼の問題は、主人公のリーナが解決してくれる。
…………ただし彼女の引っ込み思案を極めた性格ゆえに、実に半年近くかかるが。
今さらながら腹立つ、このゲーム! もっと早く展開してさえくれれば、私がこんなふうに悩むこともなかったのに。
半ば苛立ち混じりに、
「エリゼオ王子! 話はすべて聞かさせていただきました!!」
私は草陰から飛び出ていった。
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