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二章 商品企画部のエリート部長は独裁者?
20話 いざ勝負!
しおりを挟む二
一体なにがあるというのか。
待ち受ける出来事の全体像さえ掴めぬまま、希美は商品企画部へと足を運んでいた。
例のおふざけラブレターを除けば、とにかく真面目で異様なほどに静か。
希美が商品企画部へ抱くイメージは、ひたすらそれに尽きた。意見箱の確認へ伺った時には、希美の挨拶が毎度響き渡るのだ。
「失礼します!」
それは、今日二度目の来訪でも同じだった。
そろそろ声音を覚えられたのか。ほとんどの人は希美を振り見ようともしない。
そんな沈黙たちが列をなして並んだ一番奥に、噂の彼がいた。
クールビズの時期だというのに、びしりとジャケットで決めている。
背もたれいらず、針金を通したように高い背骨が立っていた。タイピングをする音が入り口まで届いてきている。
まるでRPGのラスボスのようだった。ダンジョンの最奥に鎮座していて、向こうからは絶対に近寄ってこない。それならば、こちらから行くまでだ。勇者・希美は、事務所の真ん中を突っ切っていく。注目が集まっていくのは肌で感じられた。
……なんなの、全く。そう思っているうちに、最奥へ辿りついていた。
けれど仲川部長は、希美に気付く様子もない。
「私、店舗円滑化推進部の木原です! 少しお話させてください」
声をかけてやっと、ぱたりと指が止まった。
顔が上がり、銀淵眼鏡のフレームが、白色灯を照り返す。その奥から、角度のついた吊り目が希美を睨んでいた。ぱっちり整髪された七三ヘアといい、厳格そうな人柄が想像された。
「なんの用事でしょうか」
たぶん、格好いいという部類に振り分けられるのだろう。
ただなんとも、愛嬌がない。同じないでも、鴨志田とは正反対で、隙一つ見当たらないタイプだ。
「本部直営店の件なら、そちらの早川部長に連携済だと存じておりますが」
「いえ、今回伺ったのは、五月末からのフェア商品の件です」
「それがどうかしましたか。そもそもあなたの部署には関係のない話でしょう。小職の所管です」
「他部署からご意見を頂戴しているんです! 店舗円滑化推進部は、部門間の意見調整なども仕事です!」
希美はまた、シャツの右袖を手の内側へたぐる。
仲川は澄まし顔のまま、その場で立ち上がった。座高からある程度は分かっていたが、かなり身長が高い。百八十は悠に超えていそうだ。見下ろされる形になるが、希美は毅然として立ち向かう。
「ちなみにその依頼書は、どこの部署の誰からのものです?」
「広告営業部ですが、匿名のものなので、人までは分かりません。ともかく、こちらをご覧ください!」
左手に隠していたクリアファイルから、くだんの要望書を差し出した。
受け取った仲川は、書類全体に目を通す。それから約三十秒ほど。読み込んでくれているものと油断していたら、
「話にならないですね。そもそもこの企画は部長会にも、理事会にも通っています。それにコンセプトは和洋折衷。インパクトを求めればこのくらいは──」
まさに立て板に水だった。
それも、やすりまで丁寧にかけられて、ささくれとは無縁の板である。
読み込んでいたのではない。反論できる箇所をあげつらうため、欠点探しをしていたのだ。
鴨志田らが、仲川部長を敬遠したわけは、これに違いなかった。
さすがの希美も、この一気呵成ぶりには気圧される。希美はつい弱気になり、仲川から目を逃がす。
そうして見つけたのは、手紙。整理が行き届いてなんにもないデスクの壁に唯一、ピンで留めてあった。
普通は話のタネくらいにはなりそうなものだが、
「お帰りください」
それは普通の場合という仮定の話である。取りつく島もなかった。
仲川は要望書を希美に突き返すと、なにやらデスクの引き出しを探り出す。
今この場で勝ち目がなさそうなのは、火を見るより明らかだった。
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