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二章 商品企画部のエリート部長は独裁者?

19話 まずそうな新作メニュー

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売上不振店舗の立て直しに成功するという、華々しいデビューを飾ってから二週間。

ゴールデンウィーク明けの世間が、どこか気だるい雰囲気をくすぶらせているのと同様に、店舗円滑化推進部は社内の隅っこで、雑用にまみれていた。

相変わらず、あの目安箱には、依頼書はほとんど入らない。名前だけが知れ渡るというのも困り物だ。この間などは、ついに悪戯の投稿さえあった。やけに丸い文字で、

「木原さん、今度お食事行きませんか」

と書かれていたのだ。
たしか商品企画部の箱だった。まるで高校の下駄箱扱いである。名前も連絡先も載っていなかったので悪ふざけに違いない。

「残念だったな、後輩。せっかくのチャンスだったのに」

鴨志田は、その状況を鼻で笑っていた。

「ほんとに残念です。あんな使い方をされては困ります!」
「そういうことじゃないんだけどな」

話が通じなかったが、あれはなんだったのだろう。

ともかくも現状が大きく変わることはなかった。だからこそ、久しぶりにまともな依頼が来たとき、希美は天から恩恵を授かったような気持ちになった。

たまたま、すぐあとに部会が予定されていた。なんとかその時間まで、正確には本部直営店に関する部長の連絡事項伝達が終わるまで我慢して、

「今度のは、内部からの依頼です!」

希美はふんすと腕を組み、依頼書を提示する。

内容は、一足先に読み込んであった。早まったのではない。あくまで、この場で共有するためである。……ということにしておく。

「要望書が入れてあったのは広告営業部の意見箱で、匿名です。五月末実施予定のフェア商品に、不満があるみたいでした」

希美は別途用意していたそのフェアの告知チラシを三人に配る。

自分の分を刷り忘れる痛恨のミスをしていたことにここで気がついたが、話は続けることにした。

さっきまで散々睨めつけてきたので、とりあえずは問題ない。それに、忘れるべくもないほど、インパクトがあったのだ。

「フェアの主役は、山形県産のさくらんぼです。目玉商品は、生の果実をまるっと三粒に、アイスやジュレを使ったパフェ! 爽やかな味だろうなと思ったんです。でも、見ていただければ分かると思うんですが……」

希美はここで言い含んで、部員の反応を伺う。

三者三様の仕草ではあるが、全員が共通して、微妙な表情を見せていた。なぜならば、

「……なんつーか纏まりがないな」

団子が串ごとパフェに刺され、その上からは醤油風味の濃そうなタレが、たんまりかけられているのだ。

斬新な組み合わせだった。そういった挑戦自体は否定されるべきものではない。

だが、一番いい出来のものを写す宣材写真でさえ、正直美味しそうには見えなかった。今にチラシから、和と洋の不協和音が聞こえてきそうなほどである。

「まさにそれです、鴨志田さん。依頼書にも同じことが書かれてました。こんなもの売れるわけない! ……と、店舗からの苦情があったそうです!」

希美は眉間に血管が浮き出す勢いで、身振り手振りを交えた。わざとらしく表情も重々しげにして、鼻上に影を落とす。

「これは由々しき問題です。会社全体に関わる重大な」
「それで、後輩。要望の趣旨は?」
「えーっと……?」

希美は、一度すっとぼけてみた。だが三対一では、大した時間稼ぎも結局はできなかった。

「…………広告営業部にクレームが入ってきてるとのことで、どうにかならないかと」

語尾にかけて、希美は徐々にボリュームダウンする。

あぁ、言ってしまった。
そこは伏せておきたかったのだ。依頼文をそのまま取れば、

「ふん。営業部はフェアのクレーム対応も仕事のうちでしょ」

ほら、話がこんな風に決着してしまう。

佐野課長はたらこ唇をぱっかり開け、あくびをかます。手で隠そうともしていない。

「で、後輩はなにが言いたかったんだ」
「鴨志田さんなら大体分かってるんじゃないんですか」
「そういうの、過大評価って言うんだよ」

そうは言っても、希美はもう知っているのだ。
彼が基本的に、できる社員の部類に入るということを。ただし、著しく自発性に欠けることも同時に承知していた。

「問題の根本は、この商品自体にあると思うんです。だから、話を商品企画部に持ち込みたいと思っています。差し迫っているので、できれば上長に直接お話を通したいです」
やりにくいながら、希美は自分の考えを言葉にする。
「それはやめといた方がいいんじゃないかなぁ…………」

ここまで静観していた早川部長が、弱々しくも、こう割って入ってきた。

「そうね……。あたしの古巣だから言えるけど、それはやめておいた方がいいわ」「……まぁ俺も肯定的にはなれないな」

佐野課長も鴨志田も、同じ意見のようだった。おかしい。普段にない結束力だ。

「あの、どうしてですか」
「……後輩、人の情報を知らなさすぎるだろ」
「えっ、たしかに詳しくないですけど。それがなんの関係が?」

また三つのため息がぴったりタイミングを合わせて吐き出される。一人、希美だけは、頭に大きなクエスチョンマー
クを膨らませていた。

「あそこの部長だよ、仲川。あいつが問題なんだ」
「仲川部長が、ですか」

鴨志田は、つまらなさそうにペンを人差指の付け根で回す。それから、人物紹介へ移った。
仲川隆文、二十八歳。名門・京都大学出身の超エリートで、その若さにして、上役たちから直々に部長へ推薦された。

評価はかなり高く、将来の幹部候補でもある。五人兄弟の長男で、実家は米農家。──というのが、鴨志田による能書きだった。

無関心そうなわりに、いらぬ情報まで、やけに詳しい。

「細かいことは昔の社内報に書いてあったんだ。そもそも俺の同期だしな」
「えっ。ということは、鴨志田さんと同い年で部長ですか」
「おい、いま少し馬鹿にしたか? あっちが例外なんだよ、あっちが」

「でも、その感じだと仲川部長は、なにも問題ないと思いように思うんですが」
「はぁ……。後輩は分かってないなぁ」

うんうんと、頷き確かめ合う三人。

この会議室にいる四人の方がずっとまともではない、と思ったことは秘密にしておく。

「高学歴で、しかも昇進し続けるエリート! いいことずくめじゃないですか」
「いや、だからな」
「だからなんですか」

希美が矢継ぎ早に返したところで、鴨志田は突然投げやりになった。
食ってかかったのが気に入らなかったのかもしれない。

「……あー、もうそこまで言うなら行けばいい。行けば分かるさ」

かなり後ろ向きではあるが、肯定の言葉には違いなかった。希美は、上席二人にも了解を得ようと試みる。しかし、素知らぬ顔で目線を逸らされた。

「…………本当に行きますよ?」
「あぁ勝手にしろ。どうせ尻尾巻いて帰ってくるよ」
鴨志田は蜘蛛の巣でも避けるように、左手を乱雑に払った。

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