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一章 開店直後に客足が伸びない?

7話 思いの感じられる唐揚げ?

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「まだ責任の押し付けを疑ってるんですか、鴨志田さん」
「接客もメニューもキャンペーンも雰囲気も悪くない。そう主張してるんだ。残るものは?」

「……立地、ですか」
「そういうことを暗に言いたがってるのかもしれないだろ」

なんだか誘導尋問に乗せられた気分だ。
釈然としない。だが、鴨志田は後輩に主張を譲ってくれる気はさらさらなさそうで、空気がぱりっと膠着する。

「……手を洗ってきます」

我慢しきれず、希美は一旦席を立った。
洗面所へ向かおうと、従業員の待機室前を通る。

漏れ聞こえてきた話し声に、耳がぴくりと反応した。


「本社の人間が来てるんだってよ。店長が売上不振の相談をしたらしい」
「よっぽど一杯一杯なんですかね? それか本部のせいにするため?」
「どうせ責任なんて取ってくれないだろ。店舗は稼げないと思われたらそれまでの立場なんだ。その点、本社はいいよな、切る側に立てて。おまけに視察ついででタダ飯まで食えるんだぜ?」

聞くんじゃなかったなと思った。

察するに、もう一人の社員とアルバイトの会話だろう。本部に対する認識は、ポジティブなものではないようだ。
人によっては、敵対意識に近いものまで抱いているらしい。

たしかに売上成績次第で、店舗の継続いかんは判断される。成績が落ちたからといって、補助金が下りるわけでもない。

だからと言って、本部それすなわち悪だと決めつけられ目の敵にされるのは、少し胸が痛む。

「どうした後輩」
「ちょっと聞いてくださいよ」

希美は帰ってくるや、耳にしたことを鴨志田に伝えた。
我慢ならなかったのだ。

すると、希美とは対称的に彼はふっと鼻で笑った。
心底面白そうな顔をしている。

「店舗の人間には、俺たちみたいなペーペーから、お偉いさんまで一括りなんだな。潰す権利なんて俺たちが握ってるわけないのに」
「……笑うところありました?」

「駄菓子と高級ケーキをひとまとめにされたようなもんだ。笑うしかないだろ」

まだなにか言おうとしていたが、鴨志田はそこで口をつぐむ。ちょうど、個室のふすまが開いたのだ。

「お待たせしました。お料理、お持ちしました」

盆を片手にしていたのは阪口だった。

ランチの看板メニューである「揚げ香味野菜の出汁びたし」「野菜出汁風味の塩麹唐揚げ」だと、丁寧に説明してくれる。それが耳半分になってしまうくらいには、視覚にも嗅覚にも訴えてくるものの強い料理たちだった。出汁の匂い薫る白ご飯も、負けず劣らず存在感がある。

「写真で見るより美味しそう!」
「どうぞ、冷める前にお召し上がりください。私も同席させていただいていいですか」
「もちろんです!」

希美は、手を合わせてから箸を取る。阪口の落ち着かない視線を受けつつも、まず揚げ浸しから、一つ口にした。

あふあふと舌で転がして少し冷ます。やんわり噛むと、すぐに阪口の顔を見た。

「お野菜がすごく甘い。それに、揚げ加減もちょうどいい……。ようしゅんでます。絶妙に出汁が染みてます。これ以上火が通ると固くなるんですよね! もしかして余熱で?」
「そこまで見抜いていただけるとは。よく分かりますね」

文字通り、箸が止まらなくなる美味しさだった。すぐに口が熱いお出汁と米でいっぱいになって、うんともすんとも答えられない。

鴨志田が驚いたように目をしばたきながら、代わりに応じてくれた。

「……木原は実家が料理屋なんです。実は私の家も昔はそうだったんですが、すいません。そこまでは。ややあっさりしてますが、上品で深みのある味だ」

鴨志田の実家も料理屋だったとは知らなかった。昔は、という言い方からして今は廃業してしまったのだろうか。少し間思考がめぐるが、出汁の旨みが希美を現実へ呼び戻す。

唐揚げも絶品だった。出汁と塩麹の合わせ技で、肉の臭みが一切消えている。
ほろほろ解ける繊維の中から溢れ出す肉汁は一切の雑味なく、ダイレクトに舌を刺激した。本当にほっぺが落ちそうで、きゅっと空いた左手で吊り上げる。

「いい顔をしますね、木原様は」
「そうでしょう。うちの後輩の取り柄はそこだけですので」
「……こんな笑顔をもっと見るためにも、まだ店を畳むのは避けたいものです」

話が本題に戻るようだ。希美は、惜しさを感じつつも、一度箸を置いた。

阪口の顔をじっと見つめる。純粋に客入りを改善したいのか、責任を押しつけんとしているのか、どちらか。
簡単に見極められるほど、人間観察には長けていない。

だから、希美には一つ確実なことしか分からなかった。

いずれにせよ、この味を世の中から消してはいけないということだ。もっとたくさんの人の舌に届いて、幸せを生まなければならない料理である。

それにできれば、阪口を信じてみたくもあった。

料理の味は、作り手の腕だけではなく心も反映するのだ。強い思いを、希美は阪口の料理から感じ取っていた。

「それは絶対に回避しましょう!」

決意が、固まった瞬間だった。

「おい、後輩。ちょっと待て、話を勝手に走らせるな」
「置いてかれてるのは鴨志田さんですよ」
「……あのなぁ」

やる前から責任だなんだ、推論ばかりしていても、机の上から抜け出せない。
スタートを切らなければ、陸上では棄権扱いだ。

「うちがやったる!! 早速明日からお客様増やしにかかりましょう!」

希美は、また袖を絞りこむ。

つい、関西弁が出てしまった。敬語の時は大分出なくなってきたが、興奮した時にはまだ抜けない。

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