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第三十七話
𓍯𓅓𓍯𓅱𓄿𓎡𓍢~思惑~
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「ネフティス、だと?」
アヌビスは唖然とした。彼女にそんな事が出来る筈がない。自身の起こした過ちから精神を病み、王によって離れに幽閉されていた彼女が一体どうやって――。
それにその目的も、動機すら見えてこない。
唯一合点がいったのは彼女がイシスの妹であり、またイシスに次ぐ魔術の使い手であるという事だ。国内随一と言われるイシスの魔術、その結界を破る事が出来るのはむしろ彼女しかいない。
ならば協力者がいる筈だ。彼女をあの部屋から解き放った誰かが裏で糸を引いているのかも知れない。
「まさかセクメトと繋がっているのか?」
メリモセは静かに首を振った。
「分かりません。ただ私は二柱からそれぞれに指示を受け実行しました。私が見る限り行動を共にしているようには見えませんでしたが――」
裏で繋がっている可能性も否定はできない。
だが――。
「じゃあ至聖所で神官を殺したのは――」
「申し訳ありません……。 あの方がイシス様に祈りを捧げたいと、その言葉を真に受け軽率な行動を。まさか神官達に手を掛けるなどとは思わず、体調のすぐれなかった私はネフティス様を室内に残したまま、宿舎へと引き返してしまったのです」
成程。あの時メリモセの顔が青白かったのは体調のせいばかりではなかったという訳だ。
だが一体何故?
怨恨か?
いや、逆はあってもネフティスが母を恨む理由などない。
やはり協力者、あるいは裏で彼女を操る者がいるのだろうか?
アヌビスがメリモセに再び目線を送ると、彼は再び首を振る。
「申し訳ありません。これ以上は私も……」
「分かった。最後にもう一つだけ聞かせてくれ」
畏まったようにアヌビスはメリモセと視線を合わせ、それを見たメリモセもまた緊張した面持ちでアヌビスを見る。
「お前は死ぬ間際俺に何か言おうとしなかったか?」
その問いにメリモセはああ、と言って笑った。
「いえ、良いのです。これは私の心の中に留めておきますから」
そう言われてしまえば、それ以上問いただす事はできない。アヌビスはやむおえず言葉を飲み込んだ。
「そろそろ、ここに留まるのも限界のようです。私の行いが仲間達を死に至らしめ、イシス様、そしてアヌビス様をも苦しめる結果を招いてしまった事。この罪は私がこの先どこに行こうと、背負っていく覚悟でございます。最期に娘と、そしてアヌビス様とお話する機会を得て私は幸せでした。深く感謝致します」
メリモセの魂はこちらに敬意を示すように大きく羽を広げ、やがて吸い込まれるように偽扉の中へと還っていった。
こちらが返事を返す間もなく消えてしまったメリモセにアヌビスは心中でそっと感謝の意を示す。いくら過ちを犯そうと、幼い頃、自分達を見守ってくれたのは彼らなのだから。
後ろ髪を引かれる思いで再び部屋へと戻ったアヌビスはすぐに待機していたキオネと入れ替わる。
「何か変わった事は?」
「いえ、何も。ただ——」
言い淀むキオネにアヌビスはその先を促す。
「私はこの沈黙がとても恐ろしい。我々が裏で暗躍するのを知りつつ影を潜め、じっと機会を伺っているようなそんな気がしてならないのです」
彼女の意見は最もだった。珍しく自分の意見を述べるキオネにアヌビスは自分の懸念が気のせいではなかった事を悟った。
「俺もそう上手くいくとは思っていない。それに——」
アヌビスは一呼吸おいて続けた。
「そうなっても覚悟の上だ。あいつの懐に飛び込んだ時からこの命などあってないようなもの。お前も好きな所へ行くといい」
どこか諦めのような、物憂げな表情を浮かべる主にキオネは何も言えず押し黙る。その気持ちを理解していたとはいえ、あまりに悲痛な運命にキオネも同情せざるを得なかった。
「勿論、ただで死ぬつもりはない。その時は必ず、あいつも道連れだ」
アヌビスは唖然とした。彼女にそんな事が出来る筈がない。自身の起こした過ちから精神を病み、王によって離れに幽閉されていた彼女が一体どうやって――。
それにその目的も、動機すら見えてこない。
唯一合点がいったのは彼女がイシスの妹であり、またイシスに次ぐ魔術の使い手であるという事だ。国内随一と言われるイシスの魔術、その結界を破る事が出来るのはむしろ彼女しかいない。
ならば協力者がいる筈だ。彼女をあの部屋から解き放った誰かが裏で糸を引いているのかも知れない。
「まさかセクメトと繋がっているのか?」
メリモセは静かに首を振った。
「分かりません。ただ私は二柱からそれぞれに指示を受け実行しました。私が見る限り行動を共にしているようには見えませんでしたが――」
裏で繋がっている可能性も否定はできない。
だが――。
「じゃあ至聖所で神官を殺したのは――」
「申し訳ありません……。 あの方がイシス様に祈りを捧げたいと、その言葉を真に受け軽率な行動を。まさか神官達に手を掛けるなどとは思わず、体調のすぐれなかった私はネフティス様を室内に残したまま、宿舎へと引き返してしまったのです」
成程。あの時メリモセの顔が青白かったのは体調のせいばかりではなかったという訳だ。
だが一体何故?
怨恨か?
いや、逆はあってもネフティスが母を恨む理由などない。
やはり協力者、あるいは裏で彼女を操る者がいるのだろうか?
アヌビスがメリモセに再び目線を送ると、彼は再び首を振る。
「申し訳ありません。これ以上は私も……」
「分かった。最後にもう一つだけ聞かせてくれ」
畏まったようにアヌビスはメリモセと視線を合わせ、それを見たメリモセもまた緊張した面持ちでアヌビスを見る。
「お前は死ぬ間際俺に何か言おうとしなかったか?」
その問いにメリモセはああ、と言って笑った。
「いえ、良いのです。これは私の心の中に留めておきますから」
そう言われてしまえば、それ以上問いただす事はできない。アヌビスはやむおえず言葉を飲み込んだ。
「そろそろ、ここに留まるのも限界のようです。私の行いが仲間達を死に至らしめ、イシス様、そしてアヌビス様をも苦しめる結果を招いてしまった事。この罪は私がこの先どこに行こうと、背負っていく覚悟でございます。最期に娘と、そしてアヌビス様とお話する機会を得て私は幸せでした。深く感謝致します」
メリモセの魂はこちらに敬意を示すように大きく羽を広げ、やがて吸い込まれるように偽扉の中へと還っていった。
こちらが返事を返す間もなく消えてしまったメリモセにアヌビスは心中でそっと感謝の意を示す。いくら過ちを犯そうと、幼い頃、自分達を見守ってくれたのは彼らなのだから。
後ろ髪を引かれる思いで再び部屋へと戻ったアヌビスはすぐに待機していたキオネと入れ替わる。
「何か変わった事は?」
「いえ、何も。ただ——」
言い淀むキオネにアヌビスはその先を促す。
「私はこの沈黙がとても恐ろしい。我々が裏で暗躍するのを知りつつ影を潜め、じっと機会を伺っているようなそんな気がしてならないのです」
彼女の意見は最もだった。珍しく自分の意見を述べるキオネにアヌビスは自分の懸念が気のせいではなかった事を悟った。
「俺もそう上手くいくとは思っていない。それに——」
アヌビスは一呼吸おいて続けた。
「そうなっても覚悟の上だ。あいつの懐に飛び込んだ時からこの命などあってないようなもの。お前も好きな所へ行くといい」
どこか諦めのような、物憂げな表情を浮かべる主にキオネは何も言えず押し黙る。その気持ちを理解していたとはいえ、あまりに悲痛な運命にキオネも同情せざるを得なかった。
「勿論、ただで死ぬつもりはない。その時は必ず、あいつも道連れだ」
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