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第二十八話
𓉔𓇋𓅓𓇋𓏏𓍢〜Eyes only〜
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「……何を、言っているのです?」
昨夜とは人が変わってしまったかのような彼女にイシスは違和感と恐怖を感じた。
「いや、正確にはお前はもうその瞳を持ってはいない。ホルス、あいつに託したのか? 奴の右目には父の力が宿っている。お前が奪ったものだろう?」
「だったら——」
イシスは迫るバステトを押し返すようにその肩を掴んだ。
「何だというのです? 先に奪ったのはあの男。私はそれを利用したに過ぎません。それにあの目はラーのものではない」
「どういう事だ? あいつの右目からは確かに太陽神の力を感じた」
戸惑いの色を浮かべるバステトにイシスははっきりと言った。
「助けて頂いた事は感謝します。でもこれ以上の事を貴方に教える義理はありません」
そうしてベッドから立ち上がったイシスは蔑むような視線を残し、その場から姿を消した。
「……まただわ」
イシスがいなくなった後、バステトは深くため息をつき、項垂れた。
それはいつも何の前触れもなく襲ってくる。そして我に返った時、その心に残っているのは後味の悪い感情だけだ。
何かに侵食されるような恐怖を、バステトは感じていた。その心に微かに残る憎悪にも似たその感情を押し殺しながら、壁に身を預ける。
「私は一体どうすれば——」
***
「瞳?」
ホルスは怪訝な顔でトトを見る。何の変哲もないこの目の一体何を調べるというのだろう。
「確かに視力はいい方だけど……」
自慢ではないが、ホルスは暗がりでも遥か先まで見渡せる程の高い視力を誇っていた。
トトは目を輝かせ、今にも押し倒しそうな勢いでホルスに迫る。
「一目見た時から思ってた。君の目には僕が見てきたどんな能力とも違う、何か特別なものを感じるんだ。僕はそれを解明したい」
研究者としての血が騒いだのか、目を輝かせ、初めて年相応な反応を見せる彼をホルスは何だか微笑ましく思った。
「減るもんじゃねえし、いくらでも見りゃいい。でも目を抉り取るなんて事はするなよ」
彼の性格ならやりかねない。ホルスは念を押すようにトトの顔を見る。
「いくら僕でもそんな事はしないよ。それにこれは君にとってもメリットの筈だ」
確かに、この目に何か他の使い道があるならそれはホルスにとっても強力な武器になるだろう。
「じゃあそこに座って。僕がいいと言うまで動かないで」
言われるがまま椅子に腰掛けじっとしていると、否応なく視線がぶつかる。ホルスはその視線に居心地の悪さを感じながらも、言われた通り大人しく座っていた。
「その能力ってのはこの羽みたいなもんか?」
やがて沈黙に耐えきれず、ホルスは口を開く。
「そうだけど少し違う。羽の方は多分、君が本来持っている能力だ。でもその目はまだ君に馴染んでいない」
分かっているのかいないのか、きょとんとした顔で聞いているホルスを一瞥しトトは続けた。
「神がこの世に生まれ落ちた時、その体に宿る力は本来1つだけなんだ。だけど君はその羽と瞳二つの力を持っている。これがどういう事か分かる?」
ホルスは少し考えてから首を横に振った。
「これらの力は成長する過程で誰かから受け継いだり、強制的に奪う事も出来る。君にその記憶がないなら前者だろうね」
彼の話を真剣に聞いていたホルスは突然強烈な睡魔に襲われる。ホルスはそれにどうしても抗う事が出来ず、いつの間にか意識を手放していた。
ここは、どこだ……?
ホルスは目の前の景色に困惑し、立ち尽くした。その視線の先には見渡す限り荒野が広がっている。
ここはどこなのか。
何故ここにいるのか。
問いかけてみるも何一つ分からない。気づいたらここにいたとしか言いようがなかった。
そしてもう一つ、明確に不自然な点があった。視覚以外の感覚が一切閉ざされているのだ。いや、視覚だけじゃない。ピリピリと肌を刺すような恐怖が、第六感が訴えていた。
「ここは危険だ」と――。
だが逃げようにも出口が見当たらない。走っても走っても、目の前には同じ荒野が広がっているだけだ。
「——っ!?」
ふいに背後から刺すような視線を感じてホルスは後ろを振り返った。
ホルスはベッドから勢いよく起き上がる。頭に残る映像があまりにも生々しく、夢だと気づくのに数秒を要した。何故ベッドに寝ているのか、寝落ちしてしまった事は覚えているが、まさかトトが運んでくれたのだろうか。
ホルスは夢の内容をもう一度振り返る。振り返った先に立っていたのは間違いなく自分自身だった。だが決定的に何かが違った。それが何なのか、考えようとすると目の奥がズキンと痛む。
とにかく、落ち着こう。
ホルスは額から滴り落ちる汗を手で拭うとよろよろと立ち上がる。
「起きたんだ」
その声にホルスは一瞬ドキリとした。だが聞き覚えのないその声にホルスはまだ自分が夢を見ているのだと思った。恐る恐る振り返るとそこにはやはり見知らぬ青年が立っていた。
「えーと……誰だっけ」
ホルスが困惑しながら問うと、青年は一瞬沈黙し、やがてああ、と言って無気力な表情のまま答えた。
「僕だよ。トト」
その答えに今度はホルスが沈黙する。病的なほど白い肌、闇夜に映える月を思わせる純白の髪を緩く編み込んだ特徴的なその姿は間違いなくトトだ。
「……だから言ったでしょ。子供じゃないって」
昨夜とは人が変わってしまったかのような彼女にイシスは違和感と恐怖を感じた。
「いや、正確にはお前はもうその瞳を持ってはいない。ホルス、あいつに託したのか? 奴の右目には父の力が宿っている。お前が奪ったものだろう?」
「だったら——」
イシスは迫るバステトを押し返すようにその肩を掴んだ。
「何だというのです? 先に奪ったのはあの男。私はそれを利用したに過ぎません。それにあの目はラーのものではない」
「どういう事だ? あいつの右目からは確かに太陽神の力を感じた」
戸惑いの色を浮かべるバステトにイシスははっきりと言った。
「助けて頂いた事は感謝します。でもこれ以上の事を貴方に教える義理はありません」
そうしてベッドから立ち上がったイシスは蔑むような視線を残し、その場から姿を消した。
「……まただわ」
イシスがいなくなった後、バステトは深くため息をつき、項垂れた。
それはいつも何の前触れもなく襲ってくる。そして我に返った時、その心に残っているのは後味の悪い感情だけだ。
何かに侵食されるような恐怖を、バステトは感じていた。その心に微かに残る憎悪にも似たその感情を押し殺しながら、壁に身を預ける。
「私は一体どうすれば——」
***
「瞳?」
ホルスは怪訝な顔でトトを見る。何の変哲もないこの目の一体何を調べるというのだろう。
「確かに視力はいい方だけど……」
自慢ではないが、ホルスは暗がりでも遥か先まで見渡せる程の高い視力を誇っていた。
トトは目を輝かせ、今にも押し倒しそうな勢いでホルスに迫る。
「一目見た時から思ってた。君の目には僕が見てきたどんな能力とも違う、何か特別なものを感じるんだ。僕はそれを解明したい」
研究者としての血が騒いだのか、目を輝かせ、初めて年相応な反応を見せる彼をホルスは何だか微笑ましく思った。
「減るもんじゃねえし、いくらでも見りゃいい。でも目を抉り取るなんて事はするなよ」
彼の性格ならやりかねない。ホルスは念を押すようにトトの顔を見る。
「いくら僕でもそんな事はしないよ。それにこれは君にとってもメリットの筈だ」
確かに、この目に何か他の使い道があるならそれはホルスにとっても強力な武器になるだろう。
「じゃあそこに座って。僕がいいと言うまで動かないで」
言われるがまま椅子に腰掛けじっとしていると、否応なく視線がぶつかる。ホルスはその視線に居心地の悪さを感じながらも、言われた通り大人しく座っていた。
「その能力ってのはこの羽みたいなもんか?」
やがて沈黙に耐えきれず、ホルスは口を開く。
「そうだけど少し違う。羽の方は多分、君が本来持っている能力だ。でもその目はまだ君に馴染んでいない」
分かっているのかいないのか、きょとんとした顔で聞いているホルスを一瞥しトトは続けた。
「神がこの世に生まれ落ちた時、その体に宿る力は本来1つだけなんだ。だけど君はその羽と瞳二つの力を持っている。これがどういう事か分かる?」
ホルスは少し考えてから首を横に振った。
「これらの力は成長する過程で誰かから受け継いだり、強制的に奪う事も出来る。君にその記憶がないなら前者だろうね」
彼の話を真剣に聞いていたホルスは突然強烈な睡魔に襲われる。ホルスはそれにどうしても抗う事が出来ず、いつの間にか意識を手放していた。
ここは、どこだ……?
ホルスは目の前の景色に困惑し、立ち尽くした。その視線の先には見渡す限り荒野が広がっている。
ここはどこなのか。
何故ここにいるのか。
問いかけてみるも何一つ分からない。気づいたらここにいたとしか言いようがなかった。
そしてもう一つ、明確に不自然な点があった。視覚以外の感覚が一切閉ざされているのだ。いや、視覚だけじゃない。ピリピリと肌を刺すような恐怖が、第六感が訴えていた。
「ここは危険だ」と――。
だが逃げようにも出口が見当たらない。走っても走っても、目の前には同じ荒野が広がっているだけだ。
「——っ!?」
ふいに背後から刺すような視線を感じてホルスは後ろを振り返った。
ホルスはベッドから勢いよく起き上がる。頭に残る映像があまりにも生々しく、夢だと気づくのに数秒を要した。何故ベッドに寝ているのか、寝落ちしてしまった事は覚えているが、まさかトトが運んでくれたのだろうか。
ホルスは夢の内容をもう一度振り返る。振り返った先に立っていたのは間違いなく自分自身だった。だが決定的に何かが違った。それが何なのか、考えようとすると目の奥がズキンと痛む。
とにかく、落ち着こう。
ホルスは額から滴り落ちる汗を手で拭うとよろよろと立ち上がる。
「起きたんだ」
その声にホルスは一瞬ドキリとした。だが聞き覚えのないその声にホルスはまだ自分が夢を見ているのだと思った。恐る恐る振り返るとそこにはやはり見知らぬ青年が立っていた。
「えーと……誰だっけ」
ホルスが困惑しながら問うと、青年は一瞬沈黙し、やがてああ、と言って無気力な表情のまま答えた。
「僕だよ。トト」
その答えに今度はホルスが沈黙する。病的なほど白い肌、闇夜に映える月を思わせる純白の髪を緩く編み込んだ特徴的なその姿は間違いなくトトだ。
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