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第十三話
𓎡𓇋𓍯𓍢𓏏𓍯𓍢〜二人の半神〜
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「死ね!」
セクメトはしなやかに身を躍らせ、その喉元を狙って一気に距離を詰める。ホルスはすかさず身を屈め、その攻撃を避けた。
***
「またよそ見ですか?」
セベクの言葉でホルスは我に返った。スタミナには自信があるが、集中力が続かない。眼前には既にセべクの剣が迫っていた。
もはや受け止めるしかない。ホルスは覚悟を決めその刃に正面から対峙する。今の自分に唯一使えるものといえば——。
するとその思いに呼応するように無数の羽がホルスの前に集まった。盾のように密集したそれが剣に触れた瞬間、まるで熱いものにでも触れたかのようにセベクは顔を歪ませ、握っていた剣を落とす。
——チャンスだ。
何が起こったのか分からぬままホルスは人形を抱えて柱まで疾走した。
「……やっと使いましたね、それ」
念願のゴールへやっと辿り着いたというのに嬉しさよりも戸惑いの方が強かった。自分の体の一部だった羽が突然意思を持ったように動き出し、強靭な盾に変化するなど誰が予測出来ただろうか。
「悪い……。俺も何が起きたのか分かんなくて。怪我、したのか?」
罰が悪そうなホルスにセべクが答える。
「心配せずとも半神にやられる程柔ではありませんよ。……まぁ全身に稲妻が走る感覚というのはそれなりに衝撃ではありましたが。それで貴方の潜在能力が目覚めたのなら悪い事ではないでしょう」
「……潜在能力?」
「ええ。神が生まれ持った個性とでも言いましょうか。それらは成長の過程で顕現するものだと言われていますが、貴方の場合その羽がそうだったのでしょう」
セべクが羽について言及していたのはそういう事だったのか。彼は薄々気づいていたのかもしれない。この羽の可能性に。
「その羽は貴方の意思に反応し、具現化する能力を持っているのかもしれません」
「……ぐげんか?」
ホルスは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「ええ。頭の中で思い描いた事象が現実に形となって現れる事です。その羽に触れた際、痺れるような衝撃を受けたのは恐らく貴方自身の霊力が流れ込んだ為でしょう。そうして完成した鉄壁の盾がチャンスを作ったのです。これを意識的、かつ自由に使えるようになれば貴方の戦闘能力は飛躍的な進化を遂げるでしょう」
「なるほど……。つまりこの羽すげえって事だな!」
ホルスは分かっているのかいないのかそう言って笑った。
「確かに、使い方次第でセトにも対抗できる力を秘めているかもしれません」
***
しかし今その羽は障壁となり、今度はアヌビスを守っている。今のホルスに出来るのは必ず来る反撃の機を狙い、ひたすら攻撃を避け続ける事だ。
「ホルス、お前じゃその女には勝てない! 逃げろ!」
障壁の中からアヌビスの叫ぶ声が聞こえる。
――逃げる?ここで?
ホルスは首を振った。ここで逃げたら父の思いにも、自分の覚悟にも嘘をつく事になる。この女が誰であれ、自分達の命が意図的に狙われているとするなら、母に呼び出された事と何か関係があるのかもしれない。そう思うと尚更この機を逃す訳にはいかなかった。
「おいホルス! 聞いてるのか!」
ホルスは兄の言葉を無視し、再び彼女と向かい合う。
「宣戦布告という訳だな。忠告を無視するとはどこまでも愚かな奴だ」
セクメトはそう言ってホルスに再び襲い掛かる。
セベクと対峙した事である程度の動きには慣れたつもりでいた。しかし歴戦の猛者である彼女の動きは予測不能、さらに相手を確実に仕留めんとする明確な殺意がその猛攻に更なる勢いを与えていた。
「半神の癖に生意気な――」
予想に反し、上手く逃げ回る標的に苛立っているのか、セクメトは舌打ちをして目の前からふっと姿を消した。
突如訪れた静寂にホルスは警戒し、神経を研ぎ澄ます。姿は見えないが、肌を刺すような殺気だけはひしひしと伝わってくる。
瞬間、ホルスは右膝がカッと熱くなるのを感じ、思わずよろめいた。そこには刃物で切られたような跡があり、傷は浅いが出血している。しかし目の前に彼女の姿はなく、その気配すら感じられなかった。
「どうした……!」
呻き声に異変を感じ取ったアヌビスが再び声を上げる。
「問題ねえ。かすり傷だ」
強がってはみたものの、その心は既に戸惑いと恐怖に侵されつつあった。見えない敵はわざと致命傷を避け、いたぶるかのように全身を何度も切りつける。
「ここから出せ! 俺も戦う!」
明らかに異質な外の様子にアヌビスは羽に縋って叫んだ。
「病人を外に出せるかよ……。大人しく寝てろ」
アヌビスの言葉を一蹴し、ホルスは尚も前を見据える。今にも倒れそうな体を支え、朦朧とする意識を押し留めるのはホルスの中にある強い意志だった。
目の前に広がる現実。その全てから自分はもう目を逸らさない。父から事実を聞かされたあの日、ホルスは父に、そして自分に誓った筈だ。何より父の無念とその願いを叶える為、自分はまだ倒れる訳にはいかない。
しかしこのままではいずれ死ぬ。何か策を練らなければ。ホルスはその痛みと死の恐怖に怯えながらセベクとの修行をもう一度思い返す。そして何かを思い出したかのように顔を上げた。
「やっぱ寝るのナシ! お前の霊力を俺にくれ!」
「霊力? 一体何をする気だ?」
体力はあるが、霊力をほとんど持ち合わせていないホルスは隣にいる兄に目をつけた。それに自身の霊力だけでは障壁を保つのもそろそろ限界だ。自分とは全く逆の性質を持つ彼は、代わりに潤沢な霊力を持っている。欠けた部分は補い合えばいいのだ。
「一緒に戦うんだろ? いいから早く!」
そう急かすホルスにアヌビスは困惑する。霊力を分け与えるなど聞いた事も試した事もない。
無茶言うな、その言葉をアヌビスは飲み込んだ。自分を守る為に無茶をしているのはホルスなのだ。アヌビスは戸惑いつつも、自分を覆っている障壁に手を伸ばす。彼に力を与えるとすれば手段はこれしかないだろう。
アヌビスが手をかざし始めてからすぐ、その変化は訪れた。体中に出来た傷は嘘のように癒え、ホルスは体中に力が漲るのを感じた。
「満足か?」
「ああ、十分だ」
ホルスはそう言って笑った。
「半神が二匹束になって足掻いた所で無駄だというのが分からないのか?」
それを嘲笑うかの如く、セクメトの声が虚空に響く。
「半神が二人なら神だろ」
「……初耳だな」
くだらない。そう思いつつ、当然のように言い放つホルスにアヌビスはその羽の中で密かに笑みを零した。
「戯言を」
セクメトの吐き捨てるような言葉の後、再び身構えたホルスは息を呑んだ。アヌビスの障壁から剥がれたたった一枚の羽が、セクメトの攻撃を弾いたのである。
彼女は姿を消していた訳ではない。その俊敏さ故に見えなかったのだ。それに気付いた時、ホルスの中に僅かな光明が差した。
「何、だと……?」
一方、目の前の光景が信じられず動揺したセクメトは一瞬動きを止めた。
『機を待つのです、ホルス』
セベクの声が頭に響く。
『どんなに強大な相手でも、待てば必ず——』
――隙ができる。
アヌビスを覆っていた障壁が瞬く間に剥がれ落ち、セクメトの四肢に一斉に張り付いた。そしてそれらを振り払おうとする彼女に更なる異変が襲う。
「な、何だこの羽。どんどん重くなって——」
目の前で膝を折り、両手をついたセクメトは苦しげな声を上げながらこちらを睨みつけた。その重みで彼女の手足はまるで砂漠の蟻地獄のように地に飲み込まれていく。
「ホルス、お前は一体——」
唖然とするアヌビス。そして束の間の沈黙を破ったのは腹の底に響くような轟音だった。
セクメトはしなやかに身を躍らせ、その喉元を狙って一気に距離を詰める。ホルスはすかさず身を屈め、その攻撃を避けた。
***
「またよそ見ですか?」
セベクの言葉でホルスは我に返った。スタミナには自信があるが、集中力が続かない。眼前には既にセべクの剣が迫っていた。
もはや受け止めるしかない。ホルスは覚悟を決めその刃に正面から対峙する。今の自分に唯一使えるものといえば——。
するとその思いに呼応するように無数の羽がホルスの前に集まった。盾のように密集したそれが剣に触れた瞬間、まるで熱いものにでも触れたかのようにセベクは顔を歪ませ、握っていた剣を落とす。
——チャンスだ。
何が起こったのか分からぬままホルスは人形を抱えて柱まで疾走した。
「……やっと使いましたね、それ」
念願のゴールへやっと辿り着いたというのに嬉しさよりも戸惑いの方が強かった。自分の体の一部だった羽が突然意思を持ったように動き出し、強靭な盾に変化するなど誰が予測出来ただろうか。
「悪い……。俺も何が起きたのか分かんなくて。怪我、したのか?」
罰が悪そうなホルスにセべクが答える。
「心配せずとも半神にやられる程柔ではありませんよ。……まぁ全身に稲妻が走る感覚というのはそれなりに衝撃ではありましたが。それで貴方の潜在能力が目覚めたのなら悪い事ではないでしょう」
「……潜在能力?」
「ええ。神が生まれ持った個性とでも言いましょうか。それらは成長の過程で顕現するものだと言われていますが、貴方の場合その羽がそうだったのでしょう」
セべクが羽について言及していたのはそういう事だったのか。彼は薄々気づいていたのかもしれない。この羽の可能性に。
「その羽は貴方の意思に反応し、具現化する能力を持っているのかもしれません」
「……ぐげんか?」
ホルスは聞きなれない言葉に首を傾げる。
「ええ。頭の中で思い描いた事象が現実に形となって現れる事です。その羽に触れた際、痺れるような衝撃を受けたのは恐らく貴方自身の霊力が流れ込んだ為でしょう。そうして完成した鉄壁の盾がチャンスを作ったのです。これを意識的、かつ自由に使えるようになれば貴方の戦闘能力は飛躍的な進化を遂げるでしょう」
「なるほど……。つまりこの羽すげえって事だな!」
ホルスは分かっているのかいないのかそう言って笑った。
「確かに、使い方次第でセトにも対抗できる力を秘めているかもしれません」
***
しかし今その羽は障壁となり、今度はアヌビスを守っている。今のホルスに出来るのは必ず来る反撃の機を狙い、ひたすら攻撃を避け続ける事だ。
「ホルス、お前じゃその女には勝てない! 逃げろ!」
障壁の中からアヌビスの叫ぶ声が聞こえる。
――逃げる?ここで?
ホルスは首を振った。ここで逃げたら父の思いにも、自分の覚悟にも嘘をつく事になる。この女が誰であれ、自分達の命が意図的に狙われているとするなら、母に呼び出された事と何か関係があるのかもしれない。そう思うと尚更この機を逃す訳にはいかなかった。
「おいホルス! 聞いてるのか!」
ホルスは兄の言葉を無視し、再び彼女と向かい合う。
「宣戦布告という訳だな。忠告を無視するとはどこまでも愚かな奴だ」
セクメトはそう言ってホルスに再び襲い掛かる。
セベクと対峙した事である程度の動きには慣れたつもりでいた。しかし歴戦の猛者である彼女の動きは予測不能、さらに相手を確実に仕留めんとする明確な殺意がその猛攻に更なる勢いを与えていた。
「半神の癖に生意気な――」
予想に反し、上手く逃げ回る標的に苛立っているのか、セクメトは舌打ちをして目の前からふっと姿を消した。
突如訪れた静寂にホルスは警戒し、神経を研ぎ澄ます。姿は見えないが、肌を刺すような殺気だけはひしひしと伝わってくる。
瞬間、ホルスは右膝がカッと熱くなるのを感じ、思わずよろめいた。そこには刃物で切られたような跡があり、傷は浅いが出血している。しかし目の前に彼女の姿はなく、その気配すら感じられなかった。
「どうした……!」
呻き声に異変を感じ取ったアヌビスが再び声を上げる。
「問題ねえ。かすり傷だ」
強がってはみたものの、その心は既に戸惑いと恐怖に侵されつつあった。見えない敵はわざと致命傷を避け、いたぶるかのように全身を何度も切りつける。
「ここから出せ! 俺も戦う!」
明らかに異質な外の様子にアヌビスは羽に縋って叫んだ。
「病人を外に出せるかよ……。大人しく寝てろ」
アヌビスの言葉を一蹴し、ホルスは尚も前を見据える。今にも倒れそうな体を支え、朦朧とする意識を押し留めるのはホルスの中にある強い意志だった。
目の前に広がる現実。その全てから自分はもう目を逸らさない。父から事実を聞かされたあの日、ホルスは父に、そして自分に誓った筈だ。何より父の無念とその願いを叶える為、自分はまだ倒れる訳にはいかない。
しかしこのままではいずれ死ぬ。何か策を練らなければ。ホルスはその痛みと死の恐怖に怯えながらセベクとの修行をもう一度思い返す。そして何かを思い出したかのように顔を上げた。
「やっぱ寝るのナシ! お前の霊力を俺にくれ!」
「霊力? 一体何をする気だ?」
体力はあるが、霊力をほとんど持ち合わせていないホルスは隣にいる兄に目をつけた。それに自身の霊力だけでは障壁を保つのもそろそろ限界だ。自分とは全く逆の性質を持つ彼は、代わりに潤沢な霊力を持っている。欠けた部分は補い合えばいいのだ。
「一緒に戦うんだろ? いいから早く!」
そう急かすホルスにアヌビスは困惑する。霊力を分け与えるなど聞いた事も試した事もない。
無茶言うな、その言葉をアヌビスは飲み込んだ。自分を守る為に無茶をしているのはホルスなのだ。アヌビスは戸惑いつつも、自分を覆っている障壁に手を伸ばす。彼に力を与えるとすれば手段はこれしかないだろう。
アヌビスが手をかざし始めてからすぐ、その変化は訪れた。体中に出来た傷は嘘のように癒え、ホルスは体中に力が漲るのを感じた。
「満足か?」
「ああ、十分だ」
ホルスはそう言って笑った。
「半神が二匹束になって足掻いた所で無駄だというのが分からないのか?」
それを嘲笑うかの如く、セクメトの声が虚空に響く。
「半神が二人なら神だろ」
「……初耳だな」
くだらない。そう思いつつ、当然のように言い放つホルスにアヌビスはその羽の中で密かに笑みを零した。
「戯言を」
セクメトの吐き捨てるような言葉の後、再び身構えたホルスは息を呑んだ。アヌビスの障壁から剥がれたたった一枚の羽が、セクメトの攻撃を弾いたのである。
彼女は姿を消していた訳ではない。その俊敏さ故に見えなかったのだ。それに気付いた時、ホルスの中に僅かな光明が差した。
「何、だと……?」
一方、目の前の光景が信じられず動揺したセクメトは一瞬動きを止めた。
『機を待つのです、ホルス』
セベクの声が頭に響く。
『どんなに強大な相手でも、待てば必ず——』
――隙ができる。
アヌビスを覆っていた障壁が瞬く間に剥がれ落ち、セクメトの四肢に一斉に張り付いた。そしてそれらを振り払おうとする彼女に更なる異変が襲う。
「な、何だこの羽。どんどん重くなって——」
目の前で膝を折り、両手をついたセクメトは苦しげな声を上げながらこちらを睨みつけた。その重みで彼女の手足はまるで砂漠の蟻地獄のように地に飲み込まれていく。
「ホルス、お前は一体——」
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