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第1章:花ひらく頃、三条大橋にて
友の進言
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いやぁぁあああああああ!!
ぁぁああああああああ!!
っしぇぇえええええいいい!!
きぇええええええええええええ!!
早朝の奇声は二条城の風物詩である。
庭の一角で、お城勤めの番士達が剣術の稽古に勤しんでいる。竹刀のしなる音が乾いた空気によく響く。
風通しもノリも良い職場なのでやりたい放題に声を発している。声だけ聞くと動物園のようだが、皆、腕は確かだ。
寒風吹き荒れる京の冬。武芸に励む番士達の身体からは湯気が立っている。
一稽古を終えた征次は上半身を剥き出しにして手ぬぐいで汗を拭い、番所の縁側で稽古をさぼっている佐川の横に腰を置いた。
佐川はわざとらしく鼻をつまんだ。
「汗くさいな」
「当たり前だろう。男所帯で婦女子のようなことを言うな。佐川こそ、もう少し真面目に武芸の鍛錬をしたらどうだ。組頭として示しがつかないだろう」
「俺はいいんだよ」
佐川は後ろでに両手をついて、空を見上げた。
はるか高い場所で鳶が滑空している。
「組頭なんてなりたくてなったわけじゃない。武士になんて生まれてきたくなかった」
征次と佐川の付き合いは長い。何度も聞いた台詞を佐川は懲りずに口にする。
身体を動かすことが滅法苦手な佐川は、身長は征次とそう変わらないのに体重は10キロ以上軽い。
「仕方ないだろう。生まれる時代も身分も選べやしないんだから」
「そうさなあ。もし生まれ変われるなら、次は自分で自由に仕事が選べる時代がいいな」
「自由に選べるなら、どんな仕事がしたいんだ」
「ビジネスマン一択だ」
「商人か」
「商人ではない、ビジネスマンだ。世界をまたにかけ、でかいビジネスをするんだ」
「おまえは口が上手いからなあ」
「ちょいちょい毒があるね、おまえ。さては俺が中弥君と仲良くしているのに嫉妬しているんだな」
佐川はからかうような目つきで絡んでくる。
「誰がおまえに嫉妬などするか」
「どうだかねえ。さっき、番所で偶然中弥君と会ったから猫を見せてやったら、すごく嬉しそうにしてたぞ」
「さっき? 会ったのか? 中弥と?」
「ああ」
「どんな様子だった?」
征次は、のほほんと話す佐川ににじり寄った。
昨日は、自分を制御できずに失態をおかしてしまった。帰り道、中弥はほとんど喋ってくれなかった。
あれは完全に怒っていた。呆れられたのかもしれない。いや、気持ち悪いと思われたのかも。
もしそうなら死ぬほど辛い。
「寄るな。おまえ、汗臭いんだから」
「気にするな。それで、中弥の様子はどうだった?」
「だから普通だって。可愛らしく猫と戯れていた」
「そうか」
猫と戯れる中弥。俺も見たかった。いや、まずは謝らないと。
征次の奇行に、佐川は察したらしい。「さてはおまえ、もう手を出したのか」などと聞いてくる。
「出してない。けど」
「けど?」
「警戒させてしまった」
白状すると、佐川は遠慮なく蔑んだ視線を送ってきた。
「中弥君はいい子だよ。俺の髪を見て、変な目をしたり目を逸らしたりしなかった。そんないい子を警戒させるって、倉橋、おまえ何をしたんだよ。まさか無理矢理貞操を奪ったとかじゃないだろうな」
「そんなことするか! 指を舐めただけだ」
思わず声を荒げてしまった。佐川は束の間硬直したあと、盛大に爆笑した。
「あははははっ! 指? は? 何のプレイだよ、それ」
「プレイとかじゃなくて、こう、自分を押さえられなくて」
いたたまれなくなり、征次は手ぬぐいを頭からかぶった。
朝に相応しい話ではなかった。
「ほんっと、おまえは昔から爽やか好青年のナリして筋金入りの変態だよね」
「黙れ」
「自分からゲロったんだろうが。本当、筋金入りの変態さんなんだから」
「うるさい。2回も言うな」
佐川はまあまあと背中を叩いてきて、自分で触ったくせに、うわ汗がついちゃったよと征次の袴で手を拭っている。
「征次。今の中弥君はさ、昔のおまえのことなんか知らない中弥君なんだ。おまえにとってはちょっとしたスキンシップでも、中弥君にとってはそうじゃないんだから。ちゃんと、ゆっくり丁寧に、一から関係を作らなきゃ駄目だろ」
至極全うな意見に、征次は頷いた。
「そう、だよな」
「そうだよ。告りもせずにいきなり触るとか、誰でもビビるわ」
「反省している」
「うむ」
「反省しているけど、中弥といると理性が飛びそうになるんだ。もうなんか全部触って全部知りたくなる」
たまらなくなるんだとあけすけに話す竹馬の友に、佐川は肩をすくめた。
「本当におまえは、昔から難儀な奴だなあ」
ぁぁああああああああ!!
っしぇぇえええええいいい!!
きぇええええええええええええ!!
早朝の奇声は二条城の風物詩である。
庭の一角で、お城勤めの番士達が剣術の稽古に勤しんでいる。竹刀のしなる音が乾いた空気によく響く。
風通しもノリも良い職場なのでやりたい放題に声を発している。声だけ聞くと動物園のようだが、皆、腕は確かだ。
寒風吹き荒れる京の冬。武芸に励む番士達の身体からは湯気が立っている。
一稽古を終えた征次は上半身を剥き出しにして手ぬぐいで汗を拭い、番所の縁側で稽古をさぼっている佐川の横に腰を置いた。
佐川はわざとらしく鼻をつまんだ。
「汗くさいな」
「当たり前だろう。男所帯で婦女子のようなことを言うな。佐川こそ、もう少し真面目に武芸の鍛錬をしたらどうだ。組頭として示しがつかないだろう」
「俺はいいんだよ」
佐川は後ろでに両手をついて、空を見上げた。
はるか高い場所で鳶が滑空している。
「組頭なんてなりたくてなったわけじゃない。武士になんて生まれてきたくなかった」
征次と佐川の付き合いは長い。何度も聞いた台詞を佐川は懲りずに口にする。
身体を動かすことが滅法苦手な佐川は、身長は征次とそう変わらないのに体重は10キロ以上軽い。
「仕方ないだろう。生まれる時代も身分も選べやしないんだから」
「そうさなあ。もし生まれ変われるなら、次は自分で自由に仕事が選べる時代がいいな」
「自由に選べるなら、どんな仕事がしたいんだ」
「ビジネスマン一択だ」
「商人か」
「商人ではない、ビジネスマンだ。世界をまたにかけ、でかいビジネスをするんだ」
「おまえは口が上手いからなあ」
「ちょいちょい毒があるね、おまえ。さては俺が中弥君と仲良くしているのに嫉妬しているんだな」
佐川はからかうような目つきで絡んでくる。
「誰がおまえに嫉妬などするか」
「どうだかねえ。さっき、番所で偶然中弥君と会ったから猫を見せてやったら、すごく嬉しそうにしてたぞ」
「さっき? 会ったのか? 中弥と?」
「ああ」
「どんな様子だった?」
征次は、のほほんと話す佐川ににじり寄った。
昨日は、自分を制御できずに失態をおかしてしまった。帰り道、中弥はほとんど喋ってくれなかった。
あれは完全に怒っていた。呆れられたのかもしれない。いや、気持ち悪いと思われたのかも。
もしそうなら死ぬほど辛い。
「寄るな。おまえ、汗臭いんだから」
「気にするな。それで、中弥の様子はどうだった?」
「だから普通だって。可愛らしく猫と戯れていた」
「そうか」
猫と戯れる中弥。俺も見たかった。いや、まずは謝らないと。
征次の奇行に、佐川は察したらしい。「さてはおまえ、もう手を出したのか」などと聞いてくる。
「出してない。けど」
「けど?」
「警戒させてしまった」
白状すると、佐川は遠慮なく蔑んだ視線を送ってきた。
「中弥君はいい子だよ。俺の髪を見て、変な目をしたり目を逸らしたりしなかった。そんないい子を警戒させるって、倉橋、おまえ何をしたんだよ。まさか無理矢理貞操を奪ったとかじゃないだろうな」
「そんなことするか! 指を舐めただけだ」
思わず声を荒げてしまった。佐川は束の間硬直したあと、盛大に爆笑した。
「あははははっ! 指? は? 何のプレイだよ、それ」
「プレイとかじゃなくて、こう、自分を押さえられなくて」
いたたまれなくなり、征次は手ぬぐいを頭からかぶった。
朝に相応しい話ではなかった。
「ほんっと、おまえは昔から爽やか好青年のナリして筋金入りの変態だよね」
「黙れ」
「自分からゲロったんだろうが。本当、筋金入りの変態さんなんだから」
「うるさい。2回も言うな」
佐川はまあまあと背中を叩いてきて、自分で触ったくせに、うわ汗がついちゃったよと征次の袴で手を拭っている。
「征次。今の中弥君はさ、昔のおまえのことなんか知らない中弥君なんだ。おまえにとってはちょっとしたスキンシップでも、中弥君にとってはそうじゃないんだから。ちゃんと、ゆっくり丁寧に、一から関係を作らなきゃ駄目だろ」
至極全うな意見に、征次は頷いた。
「そう、だよな」
「そうだよ。告りもせずにいきなり触るとか、誰でもビビるわ」
「反省している」
「うむ」
「反省しているけど、中弥といると理性が飛びそうになるんだ。もうなんか全部触って全部知りたくなる」
たまらなくなるんだとあけすけに話す竹馬の友に、佐川は肩をすくめた。
「本当におまえは、昔から難儀な奴だなあ」
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