アクアイル王国物語

ナムラケイ

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忍者ヒズミ、隣の芝生を気にする。(1)

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「駄目だ。一度、カナキパの村に引き返そう」
 普段滅多に弱音を吐かない勇者ミナトが苦渋の表情でそう宣言した。
 この惨状じゃ、さすがのミナトさんも弱音吐くよな。
 忍者ヒズミは腕の裂傷の痛みに耐えながら、精根尽き果てているメンバーを見回す。
 死者1名、薬草も毒消し草も食料も底をつき、生き残った4名もHPは半分以下、MPに至ってはほぼゼロだ。
 天女の里セレスへ向かうための第1の難関である黒の森を突破したところだが、本番はこの後の洞窟だ。このまま進んだら一瞬で全滅するのは目に見えている。
 ミナトの決断に全員が力なく同意し、白魔術師テルヒコが移動魔法を唱えると、瞬時に身体が浮いた。


「さっすがじいじ。ぴったり教会の前ね」
 瞬間移動で降り立った先は、黒の森から最も近い人里であるカナキパ族の村の教会の前だった。
 モンクのアカリが褒めると、じいじと呼ばれた老齢のテルヒコは「当然じゃわい」と胸を張った。
 4人で召喚士スミレの遺体の入った棺桶を担いで教会内に入ると、小ぶりの教会は旅人で賑わい、神父の前には行列が出来ている。

「結構かかりそうですね」
 呟いたヒズミの肩をミナトがぽんと叩いた。
「全員で待つ必要もないな。ヒズミ、後は任せた」
「え、また俺ですか?」
「おまえが一番体力があるだろ。アカリ、じいじ、茶でも飲みに行こう」
 すげなく言ってミナトはさっさと列を離れてしまう。
「お茶の前に、道具屋で消耗品補充してくださいよ」
 ヒズミが釘を刺すと、ミナトはにっこりと笑った。
「それは宿屋にチェックインした後でいいだろ。荷物持ちがいた方がいいしな」
 その荷物持も、俺のことなんだよな。いつもながら人遣いの荒いお姉さま方だ。
 ヒズミは心の中でため息をつくが、この世にミナトに逆らうことほど恐ろしいことはないので、無論口には出さない。
「じゃ、後でな。スミレが生き返ったら、一緒にカフェに来いよ」
 こういう時は甘い顔を見せないアカリは「じゃあ後でね」とあっさりと手を振ってくるし、テルヒコは「おぬしも大変じゃのう」と言わんばかりに無言でヒズミの肩を叩き、ミナトの後を追っていく。
 去り際にテルヒコが残りのMPで回復魔法をかけてくれたので、傷の痛みが引いたのが救いだ。


 教会内はいまや野戦病院のようだ。
 ヒズミのように棺桶を引きずった者、明らかに呪われた武器を持って気分悪そうにしている者、毒で全身紫になっている者などが列をなしており、ちょっと異様な雰囲気だ。
 料金表を確認すると、小村なのにアクアイルより値段設定が高い。
 黒い森から一番近い教会だから仕方ないとはいえ、完全に足元見てるよなあ、あの神父。
 優に1時間以上はかかりそうな列をヒズミが眺めていると、用向きが終わったのか、祭壇の方から向かってきた男に声をかけられた。

「ヒズミ、奇遇ですね」
 勇者カイのパーティに所属している黒魔術師トーラだった。今日も全身黒いマントにトレードマークの長い黒髪をなびかせている。
「トーラさん、ご無沙汰してます」
「こちらこそ。おや、大変でしたね」
 ヒズミの足元の棺桶に目をやり、トーラが労う。
 見た目は不気味だが、礼儀正しい人なのだ。
「蘇生させるだけのMPも残ってなくて。トーラさんは記録ですか?」
「これからセレスに向かう予定なので、念のためにね」
「俺たち、黒の森を抜けたところで死者1名、消耗品ゼロになって、一旦ここに引き返したんです」
「俺たちはこれから黒の森ですよ」
「気を付けてくださいね。竜盤類の亜種が生まれてて、放電しながら近づいてくるんで難儀しました」
「情報ありがとう。帯電用装備を揃えていくことにしますよ」
 トーラがそう答えたとき、教会の扉が音を立てて開いて、背の高い男が大股で歩いてきた。
「トーラ、記録終わったかー?」
 声の主を見やったヒズミはぎょっとする。
 なんだ、この派手な人。
 ムースで固めたソフトモヒカンにサングラス、胸元が開けたピンクのシャツにタータンチェックのジャケットを合わせ、紺のパンツの裾は革のロングブーツにたくし込まれている。
「終わりましたよ」
 派手男に返事をするトーラに、ヒズミは恐る恐る尋ねた。
「あの、こちらは」
「うちの新しいメンバーで、白魔術師のルキアーノさんです」
「チャオ」
 ルキアーノはサングラスを外してウィンクした。
 薄いグリーンの瞳は若々しいが、顔の皮膚やシワから察するに50歳手前だろう。
「この人が白魔術師ですか・・」
 パーティのメンバーはその職業専用の防具を防具屋で購入して着用するのだが、白魔術師の防具は白や単色を基調とした旗袍タイプのものが多い。
 どこでこんな服買ってるんだろう。これって、あれだよな。
 おしゃれコンテストで最近流行り出したちょいワル系ってやつ。
 おしゃれ度重視なので、攻撃力も防御力も最小限しかないのに、値段だけは一人前という道楽装備。

 まじまじとルキアーノを見つめるヒズミに、
「色々突っ込みたいでしょうが、無視してください」
 とトーラが難しい顔で言う。
「白魔術師ってことは、賢者のキリエさんはどうしたんですか?」
「それについても何も聞かないでください」
 キリエの名を聞いた途端、トーラの顔が地獄でも見てきたように暗くなった。
 あ、地雷だったかな。
 謝ろうと思ったが、
「トーラ君はまだ心の傷が癒えてないんだよなー」
 と、ちょいワルオヤジが気も遣わずにトーラの肩をばしばしと叩き始めたので、タイミングを逸してしまった。
 なんだか空気を読まない人だ。

「そういえば君のパーティはどこにいるの?」
 当のルキアーノは無邪気に話を振ってくる。
「俺を並ばせて、カフェでお茶でもしてますよ」
「何それ。パーティ内イジメ? ブラック?」
「違います!」
 全力で否定したものの、いやしかしこの待遇は似たようなものかもしれないと考えてしまう。
「ブラックなパーティはさっさと出た方がいいよん。酒場に行ってみなよ。今は売り手市場だから、君ぐらいのレベルの忍者なら引く手あまただよ」
 こんな軽薄な男が勇者カイのパーティに入れてしまうのだから、確かに売り手市場なのかもしれない。
 ちらりとトーラを見やると、まだ暗い表情で俯いている。
「じゃあな青年、アデュー」
 スキップしながら投げキッスを送ってくるルキアーノと、彼に引きずられるように力なく去っていくトーラを見送りながら、ヒズミは呟いた。
「酒場かあ」
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