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Minori: お金よりも名誉。
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ミルクティー色に染めた長い髪をコテでミックス巻きにしてから、前髪をポンパドゥールにして後ろはハーフアップにまとめた。
三面鏡の前でくるりと回って、武部みのりは満足する。
うん、上出来。今日はメイクもいい感じ。
広い洗面台の片側では、母親が化粧中だ。
母が使うシャネルのルージュは暗い紅色で、みのりにはまだまだ似合いそうもない。
「……関係者によりますと、4月24日、東京地検特捜部は東京都港区の大手外資製薬会社L&R日本支社の梶為則社長に任意で事情を聴いたということです。L&R日本支社は、新薬の認可を巡り厚生労働省幹部に多額の贈賄を行った疑いがあり、先日家宅捜査が行われ……」
リビングからは、付けっ放しのNHKニュースが流れてくる。
耳を澄ませていたみのりは、眉をひそめた。
「みのり、お母さん、それのせいでしばらく帰れないから」
みのりの母は厚生労働省の事務次官で、各省庁の現役次官の中で唯一の女性だ。ただでさえ注目を浴びているところに、この事件ときた。
「ママ、大丈夫?」
「あんた、私が何かしたと思ってるの?」
ちらりと睨まれ、みのりは肩を竦めた。
母はプライドが高い国粋主義者だ。天と地がひっくり返っても、外資の賄賂なんて受け取らないだろう。
「全然。ママはお金より名誉を重んじるでしょ。あたしが聞いたのは体調の方」
「年寄り扱いは結構よ。でもありがと。落ち着いたら、焼肉でも行きましょ」
マックスマーラのスーツを着た母親は、徹夜続きなのにきりりとしている。
窓から外を覗き見ると、出迎えの黒塗りのセダンを記者が取り囲んでいた。
「やっぱり記者が来てるわね。みのり、学校までタクシー呼ぼうか?」
「大丈夫。ママが行った後に、勝手口から出るから」
タクシーなんかで登校したら、悪目立ちしすぎる。
みのりの通う祥英高校は都内有数の進学校だ。
校則が無いので、金髪エクステつけまにジェルネイルの女子高生が、東大赤本を解いていたりする。
毎朝、新聞を読むのが当然な生徒達なので、みのりが扉を開けた瞬間に、教室は水を打ったように静かになった。
想定通りの反応だ。
有り体に言えば、容疑者の娘扱い。
大人から見れば、教室なんてちっちゃい世界なんだろう。
でも、あたし達には、大きな世界だ。
なんでもないような顔をして、席に着く。鞄の中身を机にしまう。
「おはよ、みのり」
緊張していると、親友の泉田塔子が隣のクラスからやって来て、いつもと変わらぬ様子で挨拶をくれた。止めていた息をそっと吐く。
塔子が挨拶したことで、教室が音を取り戻した。
「おはよ、塔子。もう、朝から記者が押しかけて参ったわ」
「落ち着くまで、うち泊まる?」
「いいの? 助かる」
みのりの家は母子家庭で、母親が帰らない今夜は正直心細かったのだ。
塔子は自慢の女友達だ。
何が自慢かって、まず可愛い。絶世の美少女だ。
くだらない話だが、スクールライフでは容姿の美醜は重大要素だ。
塔子は成績も良い。帰国子女でマレー語がぺらぺら。英語じゃないところがツボ。
黒髪ストレートで制服は着崩さずきっちり着ていて、大人が想像する理想の女子高校生像だ。
なのに。
「三沢。にやつくな、きもい」
塔子は毒舌家だ。
「うっせ。にやついてねーよ」
「にやついてるでしょ。愛しのお隣さんとイイコトでもしたの?」
更に中身はおっさんだ。
昼休み。
中庭で塔子と購買のサンドイッチを広げていると、三沢空乃がやってきた。聞きたいことがあるという。
みのりも人のことは言えないが、三沢は派手だ。
金髪ポニーテールで、制服の下には紫のTシャツが透けているし、腰にはチェーンがじゃらじゃら。耳はピアスだらけ。
「最近、朝メシ一緒に食ってる」
そう話す三沢は嬉しそうだ。
見た目は怖いが、三沢はなかなか可愛い性格をしている。本人には怖くて言えないけど。
「それって、夜明けのコーヒー的なあれ?」
そして塔子は引き出す言葉も古い。
「いんや、メシだけ。今は、イイコトするためのステップ踏んでる途中」
「礼儀正しいじゃない」
みのりはまぜっ返した。
三沢は近隣のヤンキーの間ではケンカが強いことで有名だ。
そんなヤンキーと付き合うことにステータスを感じる女子もいるので、三沢はモテる。
三沢の方も、来るものは適当に食っていたはずだ。
その三沢が、最近年上の男にご執心だという。
最初に聞いた時は何の冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。
「ゆっくり、サラミスライス戦術で行くことに決めた」
「中国じゃあるまいし。それで、聞きたいことって?」
みのりが聞き返すと、三沢は至極真面目な顔になった。
「敦に聞いたら、弥彦か女子に聞けっつーからさ。弁当箱って、どこに売ってんの?」
「Amazonで売ってるわよ」
即答した塔子は、何訊いてんだこいつって顔をしている。
みのりは思わず吹き出した。
聞きたいのはそういうことじゃないだろう。
「ロフトがいいんじゃない? オシャレなの多いし、他にも色々見て回れるし」
助け舟を出すと、三沢は、そっかロフトかサンキューなと言い置いて、去って行く。
「どういうこと?」
首を傾げながら、塔子はツナサンドイッチの最後の一切れを口に入れた。
「サラミスライスってことは、朝ごはんの次はお昼ごはん。お隣さんと、お弁当箱買いに行くのに、良いお店はどこかな?ってことでしょ」
みのりが説明すると、塔子は長い睫毛を瞬かせ、それから盛大に溜め息をついた。
「駄目だなあ、私。そういう想像力が皆無」
「塔子の会話、面白いよ。Amazonって。そりゃあ売ってるよね」
ぷはっと思い出し笑いすると、塔子はむくれてパック牛乳を盛大に吸い込んだ。
三面鏡の前でくるりと回って、武部みのりは満足する。
うん、上出来。今日はメイクもいい感じ。
広い洗面台の片側では、母親が化粧中だ。
母が使うシャネルのルージュは暗い紅色で、みのりにはまだまだ似合いそうもない。
「……関係者によりますと、4月24日、東京地検特捜部は東京都港区の大手外資製薬会社L&R日本支社の梶為則社長に任意で事情を聴いたということです。L&R日本支社は、新薬の認可を巡り厚生労働省幹部に多額の贈賄を行った疑いがあり、先日家宅捜査が行われ……」
リビングからは、付けっ放しのNHKニュースが流れてくる。
耳を澄ませていたみのりは、眉をひそめた。
「みのり、お母さん、それのせいでしばらく帰れないから」
みのりの母は厚生労働省の事務次官で、各省庁の現役次官の中で唯一の女性だ。ただでさえ注目を浴びているところに、この事件ときた。
「ママ、大丈夫?」
「あんた、私が何かしたと思ってるの?」
ちらりと睨まれ、みのりは肩を竦めた。
母はプライドが高い国粋主義者だ。天と地がひっくり返っても、外資の賄賂なんて受け取らないだろう。
「全然。ママはお金より名誉を重んじるでしょ。あたしが聞いたのは体調の方」
「年寄り扱いは結構よ。でもありがと。落ち着いたら、焼肉でも行きましょ」
マックスマーラのスーツを着た母親は、徹夜続きなのにきりりとしている。
窓から外を覗き見ると、出迎えの黒塗りのセダンを記者が取り囲んでいた。
「やっぱり記者が来てるわね。みのり、学校までタクシー呼ぼうか?」
「大丈夫。ママが行った後に、勝手口から出るから」
タクシーなんかで登校したら、悪目立ちしすぎる。
みのりの通う祥英高校は都内有数の進学校だ。
校則が無いので、金髪エクステつけまにジェルネイルの女子高生が、東大赤本を解いていたりする。
毎朝、新聞を読むのが当然な生徒達なので、みのりが扉を開けた瞬間に、教室は水を打ったように静かになった。
想定通りの反応だ。
有り体に言えば、容疑者の娘扱い。
大人から見れば、教室なんてちっちゃい世界なんだろう。
でも、あたし達には、大きな世界だ。
なんでもないような顔をして、席に着く。鞄の中身を机にしまう。
「おはよ、みのり」
緊張していると、親友の泉田塔子が隣のクラスからやって来て、いつもと変わらぬ様子で挨拶をくれた。止めていた息をそっと吐く。
塔子が挨拶したことで、教室が音を取り戻した。
「おはよ、塔子。もう、朝から記者が押しかけて参ったわ」
「落ち着くまで、うち泊まる?」
「いいの? 助かる」
みのりの家は母子家庭で、母親が帰らない今夜は正直心細かったのだ。
塔子は自慢の女友達だ。
何が自慢かって、まず可愛い。絶世の美少女だ。
くだらない話だが、スクールライフでは容姿の美醜は重大要素だ。
塔子は成績も良い。帰国子女でマレー語がぺらぺら。英語じゃないところがツボ。
黒髪ストレートで制服は着崩さずきっちり着ていて、大人が想像する理想の女子高校生像だ。
なのに。
「三沢。にやつくな、きもい」
塔子は毒舌家だ。
「うっせ。にやついてねーよ」
「にやついてるでしょ。愛しのお隣さんとイイコトでもしたの?」
更に中身はおっさんだ。
昼休み。
中庭で塔子と購買のサンドイッチを広げていると、三沢空乃がやってきた。聞きたいことがあるという。
みのりも人のことは言えないが、三沢は派手だ。
金髪ポニーテールで、制服の下には紫のTシャツが透けているし、腰にはチェーンがじゃらじゃら。耳はピアスだらけ。
「最近、朝メシ一緒に食ってる」
そう話す三沢は嬉しそうだ。
見た目は怖いが、三沢はなかなか可愛い性格をしている。本人には怖くて言えないけど。
「それって、夜明けのコーヒー的なあれ?」
そして塔子は引き出す言葉も古い。
「いんや、メシだけ。今は、イイコトするためのステップ踏んでる途中」
「礼儀正しいじゃない」
みのりはまぜっ返した。
三沢は近隣のヤンキーの間ではケンカが強いことで有名だ。
そんなヤンキーと付き合うことにステータスを感じる女子もいるので、三沢はモテる。
三沢の方も、来るものは適当に食っていたはずだ。
その三沢が、最近年上の男にご執心だという。
最初に聞いた時は何の冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。
「ゆっくり、サラミスライス戦術で行くことに決めた」
「中国じゃあるまいし。それで、聞きたいことって?」
みのりが聞き返すと、三沢は至極真面目な顔になった。
「敦に聞いたら、弥彦か女子に聞けっつーからさ。弁当箱って、どこに売ってんの?」
「Amazonで売ってるわよ」
即答した塔子は、何訊いてんだこいつって顔をしている。
みのりは思わず吹き出した。
聞きたいのはそういうことじゃないだろう。
「ロフトがいいんじゃない? オシャレなの多いし、他にも色々見て回れるし」
助け舟を出すと、三沢は、そっかロフトかサンキューなと言い置いて、去って行く。
「どういうこと?」
首を傾げながら、塔子はツナサンドイッチの最後の一切れを口に入れた。
「サラミスライスってことは、朝ごはんの次はお昼ごはん。お隣さんと、お弁当箱買いに行くのに、良いお店はどこかな?ってことでしょ」
みのりが説明すると、塔子は長い睫毛を瞬かせ、それから盛大に溜め息をついた。
「駄目だなあ、私。そういう想像力が皆無」
「塔子の会話、面白いよ。Amazonって。そりゃあ売ってるよね」
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