ヤンキーDKの献身

ナムラケイ

文字の大きさ
上 下
15 / 69

Minori: お金よりも名誉。

しおりを挟む
 ミルクティー色に染めた長い髪をコテでミックス巻きにしてから、前髪をポンパドゥールにして後ろはハーフアップにまとめた。
 三面鏡の前でくるりと回って、武部たけべみのりは満足する。
 うん、上出来。今日はメイクもいい感じ。
 広い洗面台の片側では、母親が化粧中だ。
 母が使うシャネルのルージュは暗い紅色で、みのりにはまだまだ似合いそうもない。

「……関係者によりますと、4月24日、東京地検特捜部は東京都港区の大手外資製薬会社L&R日本支社の梶為則かじためのり社長に任意で事情を聴いたということです。L&R日本支社は、新薬の認可を巡り厚生労働省幹部に多額の贈賄を行った疑いがあり、先日家宅捜査が行われ……」 

 リビングからは、付けっ放しのNHKニュースが流れてくる。
 耳を澄ませていたみのりは、眉をひそめた。
「みのり、お母さん、それのせいでしばらく帰れないから」
 みのりの母は厚生労働省の事務次官で、各省庁の現役次官の中で唯一の女性だ。ただでさえ注目を浴びているところに、この事件ときた。
「ママ、大丈夫?」
「あんた、私が何かしたと思ってるの?」
 ちらりと睨まれ、みのりは肩を竦めた。
 母はプライドが高い国粋主義者だ。天と地がひっくり返っても、外資の賄賂なんて受け取らないだろう。
「全然。ママはお金より名誉を重んじるでしょ。あたしが聞いたのは体調の方」
「年寄り扱いは結構よ。でもありがと。落ち着いたら、焼肉でも行きましょ」
 マックスマーラのスーツを着た母親は、徹夜続きなのにきりりとしている。
 窓から外を覗き見ると、出迎えの黒塗りのセダンを記者が取り囲んでいた。
「やっぱり記者が来てるわね。みのり、学校までタクシー呼ぼうか?」
「大丈夫。ママが行った後に、勝手口から出るから」
 タクシーなんかで登校したら、悪目立ちしすぎる。


 みのりの通う祥英高校は都内有数の進学校だ。
 校則が無いので、金髪エクステつけまにジェルネイルの女子高生が、東大赤本を解いていたりする。
 毎朝、新聞を読むのが当然な生徒達なので、みのりが扉を開けた瞬間に、教室は水を打ったように静かになった。
 想定通りの反応だ。
 有り体に言えば、容疑者の娘扱い。
 大人から見れば、教室なんてちっちゃい世界なんだろう。
 でも、あたし達には、大きな世界だ。

 なんでもないような顔をして、席に着く。鞄の中身を机にしまう。
「おはよ、みのり」
 緊張していると、親友の泉田塔子いずみだとうこが隣のクラスからやって来て、いつもと変わらぬ様子で挨拶をくれた。止めていた息をそっと吐く。
 塔子が挨拶したことで、教室が音を取り戻した。
「おはよ、塔子。もう、朝から記者が押しかけて参ったわ」
「落ち着くまで、うち泊まる?」
「いいの?  助かる」
 みのりの家は母子家庭で、母親が帰らない今夜は正直心細かったのだ。


 塔子は自慢の女友達だ。
 何が自慢かって、まず可愛い。絶世の美少女だ。
 くだらない話だが、スクールライフでは容姿の美醜は重大要素だ。
 塔子は成績も良い。帰国子女でマレー語がぺらぺら。英語じゃないところがツボ。
 黒髪ストレートで制服は着崩さずきっちり着ていて、大人が想像する理想の女子高校生像だ。
 なのに。
「三沢。にやつくな、きもい」
 塔子は毒舌家だ。
「うっせ。にやついてねーよ」
「にやついてるでしょ。愛しのお隣さんとイイコトでもしたの?」
 更に中身はおっさんだ。

 昼休み。
 中庭で塔子と購買のサンドイッチを広げていると、三沢空乃がやってきた。聞きたいことがあるという。
 みのりも人のことは言えないが、三沢は派手だ。
 金髪ポニーテールで、制服の下には紫のTシャツが透けているし、腰にはチェーンがじゃらじゃら。耳はピアスだらけ。

「最近、朝メシ一緒に食ってる」
 そう話す三沢は嬉しそうだ。
 見た目は怖いが、三沢はなかなか可愛い性格をしている。本人には怖くて言えないけど。
「それって、夜明けのコーヒー的なあれ?」
 そして塔子は引き出す言葉も古い。
「いんや、メシだけ。今は、イイコトするためのステップ踏んでる途中」
「礼儀正しいじゃない」
 みのりはまぜっ返した。

 三沢は近隣のヤンキーの間ではケンカが強いことで有名だ。
 そんなヤンキーと付き合うことにステータスを感じる女子もいるので、三沢はモテる。
 三沢の方も、来るものは適当に食っていたはずだ。
 その三沢が、最近年上の男にご執心だという。
 最初に聞いた時は何の冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。

「ゆっくり、サラミスライス戦術で行くことに決めた」
「中国じゃあるまいし。それで、聞きたいことって?」
 みのりが聞き返すと、三沢は至極真面目な顔になった。
「敦に聞いたら、弥彦か女子に聞けっつーからさ。弁当箱って、どこに売ってんの?」
「Amazonで売ってるわよ」
 即答した塔子は、何訊いてんだこいつって顔をしている。
 みのりは思わず吹き出した。
 聞きたいのはそういうことじゃないだろう。
「ロフトがいいんじゃない?  オシャレなの多いし、他にも色々見て回れるし」
 助け舟を出すと、三沢は、そっかロフトかサンキューなと言い置いて、去って行く。

「どういうこと?」
 首を傾げながら、塔子はツナサンドイッチの最後の一切れを口に入れた。
「サラミスライスってことは、朝ごはんの次はお昼ごはん。お隣さんと、お弁当箱買いに行くのに、良いお店はどこかな?ってことでしょ」
 みのりが説明すると、塔子は長い睫毛を瞬かせ、それから盛大に溜め息をついた。
「駄目だなあ、私。そういう想像力が皆無」
「塔子の会話、面白いよ。Amazonって。そりゃあ売ってるよね」
 ぷはっと思い出し笑いすると、塔子はむくれてパック牛乳を盛大に吸い込んだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

23時のプール 2

貴船きよの
BL
あらすじ 『23時のプール』の続編。 高級マンションの最上階にあるプールでの、恋人同士になった市守和哉と蓮見涼介の甘い時間。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

孤独な蝶は仮面を被る

緋影 ナヅキ
BL
   とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。  全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。  さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。  彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。  あの日、例の不思議な転入生が来るまでは… ーーーーーーーーー  作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。  学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。  所々シリアス&コメディ(?)風味有り *表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい *多少内容を修正しました。2023/07/05 *お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25 *エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20

処理中です...