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Sorano: わけわかんねえ。
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3日ぶりに見た行人は顔色が悪くて明らかに疲弊していた。
スーツを脱いで部屋着に着替える仕草さえ心許ない。
目の下のクマは濃いのに、同時に今までセックスしてましたと顔に書いてあるような色香を漂わせている。むかつく。
簡単に部屋に上げて着替え出すあたり、この人、俺が告ったこと忘れてんじゃないだろうな。
「なー、なんで帰って来なかったん?」
空乃は居座るつもりで台所の椅子に腰掛けた。
「仕事。面倒な案件があって、課員総出で泊まり込みだった」
行人は凝りをほぐすように首を回している。
「コームインってそんな忙しいの?」
「俺、君に公務員だって言ったっけ」
「大家に聞いた。霞ヶ関?」
区役所とか教師っていうイメージじゃないから、そう訊くと、行人は少し迷ってから答えた。
「国税局」
「マルサとかいうやつ?」
「ロッカイではないけど、まあ似たようなもんかな。学校で言ったりするなよ。毛嫌いする人も多いから」
6階の意味は分からなかったし、そんな浅薄なダチとは付き合っていないが、とりあえず「りょ」と答えておく。
行人は冷蔵庫からアサヒスーパードライの缶を取り出している。その手から、ビールを取り上げた。
「こら、未成年だろ」
嗜めてくる行人の頭をぽんと叩いた。
「ちげえよ。あんた、疲れてんのにビールなんか飲んだら、身体冷えて眠り浅くなんだろ」
「だって、なんか酒飲みたい気分」
だって、って。子供かよ。
空乃は苦笑する。やっぱ、この人は可愛い。
「ユキちゃん、ちょっと台所借りるな」
「なに」
「よく眠れる薬」
空乃は、行人が買ってきたばかりの牛乳を鍋に入れ、火にかけた。自分用に作る時はレンジだけど、鍋の方が味は格段にまろやかだ。
マグカップに、オムレツを作った時に買ったバターをひとかけ、本当はハチミツがいいけど、無いのでグラニュー糖をひとさじ。
沸騰直前まで温めたミルクを注ぐと、甘い香りが漂う。
行人は結構酒飲みらしい。冷蔵庫にはビールと白ワインが冷えているし、台所の戸棚にはずらりと洋酒の瓶が並んでいる。
その中からマイヤーズ・ラムを取り出して、ホットミルクを注いだカップに垂らす。
「ホットバタードラムカウ?」
行人が、空乃の手元を覗き込んだ。
カクテル名を知っているあたり、やっぱり酒飲みだ。
「君、未成年のくせにどこでこんなの覚えるの」
「ねーちゃんが酒飲みなのと、カフェバーでバイトしてっから」
「その金髪で?」
「うっせ。結構人気あんだよ」
「だろうね。君カッコいいし、ギャルソン服似合いそうだ」
さらりと褒められて、顔に血が昇った。
告った相手に、しかも振ったくせに、そういうこと言うなよな。そして俺も喜ぶな。
カップに口をつけた行人は、美味しいと微笑んだ。
空乃は行人の背後に立つと、両肩を掴んだ。
「なに?」
行人がびくりと震える。肩を軽く揉むと、がちがちに凝っている。
「マッサージ。ユキちゃん、凝りすぎだろ、これ」
「デスクワークだから仕方ないだろ」
椅子の背もたれが邪魔なので、和室に移動して、畳に直に座らせた。
「……あ、気持ちいい」
揉み返しが来ない程度の強さで揉み解していく。
うなじも肩も、細くて白い。
目に毒なので、視線を逸らして行人の頭頂部を見つめた。つむじが可愛い。
「……っ、は」
窓を閉め切っているので、静かな夜だ。
かちこちと、時計の針が動く音。ぶうんと、冷蔵庫の唸り声。
耳を澄ますと、電気のじいっという音さえ聞こえる。
「っ…、あ、そこ、もっと強くっ」
お望み通りに親指に力を込めると、行人はまた声を漏らした。
正直、参る。定番のシチュなのに、声がエロすぎて流されそうだ。
可能性1、誘われている。
可能性2、全く意識されていない。
2だよな、間違いなく。
「はい、おしまい」
「ありがとう。上手だね、君」
振り向いた行人は血色が良く、表情も柔らかになっている。
「どういたしまして」
少しくらいご褒美を貰ってもいいだろう。
ちゅっと首筋にキスを落とすと、行人はふるりと震えた。
「こら」
咎める声は嫌がってはいなかったので、調子に乗ってもう一度キスをした。そのまま、うなじの匂いを嗅ぐ。
「ユキちゃん、石鹸の匂いする」
「藤森の部屋で、シャワー浴びてきたから」
硬質な声だった。だからなんだ、君には関係がないとでも言うように。
あのヤクザみたいな、いけ好かない男と。
空乃はぎりりと奥歯を噛む。
「それ聞けば、俺が諦めると思ってる?」
自分でもぞっとするような低い声だった。
行人の肩を掴み、畳に押し倒した。行人は驚く風でもなく、空乃を見上げている。
「君、ゲイじゃないだろ」
「過去付き合ったのは全部女だよ。でも、そんなの、関係なくね? 俺は今、男のあんたと付き合いたいって言ってんの」
それを聞くと、行人は自虐的に笑った。
「君は物珍しがってるだけだよ。ゲイでビッチな男が隣に住んでて、一回試してみたいって思ってるだけだ」
あんまりな言い草に、行人の手首を掴む指に力を込めた。
「自分で、そんな汚い言葉使うなよ!」
行人は変わらず真っ直ぐに空乃を見ている。切れ長の涼しい目には、かなしみが滲んでいる。
「本当のことだ。昼間は偉そうな顔して公務員して、夜はこそこそ男漁りをしてる。汚い大人だよ」
なんで。なんで、この人はこんな風に言うんだ。
自分のことを価値がないモノのように。
空乃は声を振り絞った。
「俺は!」
胸が痛い。感じたことのない焦燥感。
17年しか生きてないけど、大抵のことは上手くできた。
大して努力しなくても、勉強も運動も出来たし、絵も歌も上手いし、ケンカだって強い。
ヤンキーやってるけど、ダチもいるし女の子にも不自由したことないし、童貞は13で捨てた。
相手を喜ばせる言葉は勘で分かるから、教師もバイト先の上司も操るのは簡単。なのに。
ユキだけは、わけわかんねえ。
「あんたがあのヤクザみたいなおっさんとか蛇みたいヤローとか、他にも色んなのと寝てんの分かってっけど! それでも、あんたのこと汚いなんて思わないし、抱きしめてキスして、優しくしたくてたまんねえよ」
のしかかるように行人を抱き締めると、背中を柔らかく撫でられた。
互いの胸が触れて、鼓動が溶け合うようだ。心は全然混ざり合わないのに。
「ありがとう。でも、仮に付き合っても、君はいつか去っていく。俺は、もうそういうのは無理なんだ」
その言い方が妙に引っかかって。
「ユキちゃん、それって」
行人は空乃の唇に人差し指を立てた。それ以上は聞くなという合図だ。
「ほら、もう遅いから。そろそろ帰りな」
空乃は大人しく立ち上がった。
今日のところは帰ってやる。でも、引き下がるつもりは微塵もない。
「ユキちゃん、明日、朝飯作りにくるから」
玄関先で靴を履きながら言った。許可を求めるんじゃなくて、決定事項だ。
「え、ちょっ」
「おやすみ」
慌てる行人の鼻先で扉を閉めた。
***
(用語解説)
ロッカイ: 国税局査察部のこと。昔、査察部の執務室が東京国税局の6階にあったことから。
スーツを脱いで部屋着に着替える仕草さえ心許ない。
目の下のクマは濃いのに、同時に今までセックスしてましたと顔に書いてあるような色香を漂わせている。むかつく。
簡単に部屋に上げて着替え出すあたり、この人、俺が告ったこと忘れてんじゃないだろうな。
「なー、なんで帰って来なかったん?」
空乃は居座るつもりで台所の椅子に腰掛けた。
「仕事。面倒な案件があって、課員総出で泊まり込みだった」
行人は凝りをほぐすように首を回している。
「コームインってそんな忙しいの?」
「俺、君に公務員だって言ったっけ」
「大家に聞いた。霞ヶ関?」
区役所とか教師っていうイメージじゃないから、そう訊くと、行人は少し迷ってから答えた。
「国税局」
「マルサとかいうやつ?」
「ロッカイではないけど、まあ似たようなもんかな。学校で言ったりするなよ。毛嫌いする人も多いから」
6階の意味は分からなかったし、そんな浅薄なダチとは付き合っていないが、とりあえず「りょ」と答えておく。
行人は冷蔵庫からアサヒスーパードライの缶を取り出している。その手から、ビールを取り上げた。
「こら、未成年だろ」
嗜めてくる行人の頭をぽんと叩いた。
「ちげえよ。あんた、疲れてんのにビールなんか飲んだら、身体冷えて眠り浅くなんだろ」
「だって、なんか酒飲みたい気分」
だって、って。子供かよ。
空乃は苦笑する。やっぱ、この人は可愛い。
「ユキちゃん、ちょっと台所借りるな」
「なに」
「よく眠れる薬」
空乃は、行人が買ってきたばかりの牛乳を鍋に入れ、火にかけた。自分用に作る時はレンジだけど、鍋の方が味は格段にまろやかだ。
マグカップに、オムレツを作った時に買ったバターをひとかけ、本当はハチミツがいいけど、無いのでグラニュー糖をひとさじ。
沸騰直前まで温めたミルクを注ぐと、甘い香りが漂う。
行人は結構酒飲みらしい。冷蔵庫にはビールと白ワインが冷えているし、台所の戸棚にはずらりと洋酒の瓶が並んでいる。
その中からマイヤーズ・ラムを取り出して、ホットミルクを注いだカップに垂らす。
「ホットバタードラムカウ?」
行人が、空乃の手元を覗き込んだ。
カクテル名を知っているあたり、やっぱり酒飲みだ。
「君、未成年のくせにどこでこんなの覚えるの」
「ねーちゃんが酒飲みなのと、カフェバーでバイトしてっから」
「その金髪で?」
「うっせ。結構人気あんだよ」
「だろうね。君カッコいいし、ギャルソン服似合いそうだ」
さらりと褒められて、顔に血が昇った。
告った相手に、しかも振ったくせに、そういうこと言うなよな。そして俺も喜ぶな。
カップに口をつけた行人は、美味しいと微笑んだ。
空乃は行人の背後に立つと、両肩を掴んだ。
「なに?」
行人がびくりと震える。肩を軽く揉むと、がちがちに凝っている。
「マッサージ。ユキちゃん、凝りすぎだろ、これ」
「デスクワークだから仕方ないだろ」
椅子の背もたれが邪魔なので、和室に移動して、畳に直に座らせた。
「……あ、気持ちいい」
揉み返しが来ない程度の強さで揉み解していく。
うなじも肩も、細くて白い。
目に毒なので、視線を逸らして行人の頭頂部を見つめた。つむじが可愛い。
「……っ、は」
窓を閉め切っているので、静かな夜だ。
かちこちと、時計の針が動く音。ぶうんと、冷蔵庫の唸り声。
耳を澄ますと、電気のじいっという音さえ聞こえる。
「っ…、あ、そこ、もっと強くっ」
お望み通りに親指に力を込めると、行人はまた声を漏らした。
正直、参る。定番のシチュなのに、声がエロすぎて流されそうだ。
可能性1、誘われている。
可能性2、全く意識されていない。
2だよな、間違いなく。
「はい、おしまい」
「ありがとう。上手だね、君」
振り向いた行人は血色が良く、表情も柔らかになっている。
「どういたしまして」
少しくらいご褒美を貰ってもいいだろう。
ちゅっと首筋にキスを落とすと、行人はふるりと震えた。
「こら」
咎める声は嫌がってはいなかったので、調子に乗ってもう一度キスをした。そのまま、うなじの匂いを嗅ぐ。
「ユキちゃん、石鹸の匂いする」
「藤森の部屋で、シャワー浴びてきたから」
硬質な声だった。だからなんだ、君には関係がないとでも言うように。
あのヤクザみたいな、いけ好かない男と。
空乃はぎりりと奥歯を噛む。
「それ聞けば、俺が諦めると思ってる?」
自分でもぞっとするような低い声だった。
行人の肩を掴み、畳に押し倒した。行人は驚く風でもなく、空乃を見上げている。
「君、ゲイじゃないだろ」
「過去付き合ったのは全部女だよ。でも、そんなの、関係なくね? 俺は今、男のあんたと付き合いたいって言ってんの」
それを聞くと、行人は自虐的に笑った。
「君は物珍しがってるだけだよ。ゲイでビッチな男が隣に住んでて、一回試してみたいって思ってるだけだ」
あんまりな言い草に、行人の手首を掴む指に力を込めた。
「自分で、そんな汚い言葉使うなよ!」
行人は変わらず真っ直ぐに空乃を見ている。切れ長の涼しい目には、かなしみが滲んでいる。
「本当のことだ。昼間は偉そうな顔して公務員して、夜はこそこそ男漁りをしてる。汚い大人だよ」
なんで。なんで、この人はこんな風に言うんだ。
自分のことを価値がないモノのように。
空乃は声を振り絞った。
「俺は!」
胸が痛い。感じたことのない焦燥感。
17年しか生きてないけど、大抵のことは上手くできた。
大して努力しなくても、勉強も運動も出来たし、絵も歌も上手いし、ケンカだって強い。
ヤンキーやってるけど、ダチもいるし女の子にも不自由したことないし、童貞は13で捨てた。
相手を喜ばせる言葉は勘で分かるから、教師もバイト先の上司も操るのは簡単。なのに。
ユキだけは、わけわかんねえ。
「あんたがあのヤクザみたいなおっさんとか蛇みたいヤローとか、他にも色んなのと寝てんの分かってっけど! それでも、あんたのこと汚いなんて思わないし、抱きしめてキスして、優しくしたくてたまんねえよ」
のしかかるように行人を抱き締めると、背中を柔らかく撫でられた。
互いの胸が触れて、鼓動が溶け合うようだ。心は全然混ざり合わないのに。
「ありがとう。でも、仮に付き合っても、君はいつか去っていく。俺は、もうそういうのは無理なんだ」
その言い方が妙に引っかかって。
「ユキちゃん、それって」
行人は空乃の唇に人差し指を立てた。それ以上は聞くなという合図だ。
「ほら、もう遅いから。そろそろ帰りな」
空乃は大人しく立ち上がった。
今日のところは帰ってやる。でも、引き下がるつもりは微塵もない。
「ユキちゃん、明日、朝飯作りにくるから」
玄関先で靴を履きながら言った。許可を求めるんじゃなくて、決定事項だ。
「え、ちょっ」
「おやすみ」
慌てる行人の鼻先で扉を閉めた。
***
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ロッカイ: 国税局査察部のこと。昔、査察部の執務室が東京国税局の6階にあったことから。
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