3 / 77
1.コンニャク妖怪と巫女の謎
1-3
しおりを挟む
僕は回復の準備に必要なアイテムを取り出そうと、自分の着ている白衣の左手の袖口へ右手を突っ込んだ。もちろん、普通は袖の中に物なんて入れないし、そもそも入らない。でも僕の場合は袖の中がアイテムボックスにつながっているので、所持品は全部ここから取り出すことができる。未来の猫型ロボットのような気分が味わえて、ちょっと楽しい。
「あったあった」
手探りしてすぐ、僕は神楽鈴という巫女専用の装備武器を取り出した。手持ちの部分だけを朱色に塗った短い金色の棒の先に、まるでブドウのようにたくさんの鈴の玉がつけられている。軽く手首を動かすだけで、しゃらんという澄んだ音が辺りに響き渡り、自然と僕の背筋も伸びた。
「えー、えー。コホン。んっ、んん」
せき払いで声の調子を整えながら、気持ちを落ち着かせる。回復の術技を使うのは、これで何回目だろう。たぶん両手の指じゃ足りないくらいには経験しているはず。でも、まだ慣れない。まだ、だいぶ恥ずかしい。
発動のため意識を集中させた僕を半円状に取り囲むように、光で書かれた文字が浮かび上がる。難しい漢字だらけなので、それだけだったら絶対に読めなかったけど、ちゃんとルビが振ってある親切設計なので安心だ。ありがとう、運営さん。
「祓え給い、清め給え。神ながら守り給い、幸え給え」
家族で参拝に行ったときに聞いたことがある、神主さんの呪文のような言葉。祝詞と呼ばれるそれを、まさかゲームの中で、回復の術技の一部として唱えることになるとは思わなかった。
「やっぱりカラオケの字幕みたいね、それ」
治療中でもマイペースなメイくんに、笑わせないでと文句を言いたくなる。でも途中でほかのことをしてしまうと回復の術技が消えてしまうので、ここは我慢するしかない。
「いにしへの、奈良の都の、八重桜、けふ九重に、にほひぬるかな」
次は、和歌だ。巫女の使用する術技は、百人一首と縁が深いらしい。中空に淡い光で書かれた歌を読み上げながら、そっと鈴で触れていく。その単調な動作を、ひたすらくりかえした。
「――百華祝詞 《八重桜》」
たっぷり十数秒をかけて唱え終わったところで、メイくんの全身を淡い光が優しく包み込む。小さな桜がぽわぽわと咲くエフェクトも合わさって、とてもキレイだ。しばらくして、メイくんを癒やしていた光と、僕の周りに浮いていた文字が、金平糖のようにキラキラと弾けて消える。うん、成功だ。
「どーも。体力ゲージの半分くらいしか回復してないみたいけど、夏樹はまだまだレベルが低いから仕方ないか」
「メイくんと同じくらいにはね。これに懲りたら無茶しすぎるのはやめてくれる? いくらゲームでも、誰かが危ない目にあうのを見るのはびっくりするよ」
「はいはい。夏樹はホントにオカンみたいね。今の姿だと、余計にそう思う」
寝そべった状態から上半身だけを起こしたメイくんが、空にも負けない青い瞳でまっすぐに僕を見上げる。
「あのさ、夏樹。このゲームをはじめて三日くらいたつけど、いまさらなこと聞いてもいい?」
「……なに?」
ちょっと嫌な予感がする。というか、さっき個人情報がどうとか言ってなかったっけ? 僕の本名を呼ぶのは、ありなのか? 目を半開きにして、口をへの字にしながら、僕はメイくんの次の言葉を待つ。
「このゲームのアバターって、その人が本当に望んだ姿になるっていうじゃん?」
「……うん」
白の小袖。赤い緋袴。黒くて長い髪の毛を、檀紙という白い和紙で筒のように縛った巫女姿の僕を見ながら、メイくんは長い首をかしげる。
「夏樹は、女の子になりたかったの?」
「あったあった」
手探りしてすぐ、僕は神楽鈴という巫女専用の装備武器を取り出した。手持ちの部分だけを朱色に塗った短い金色の棒の先に、まるでブドウのようにたくさんの鈴の玉がつけられている。軽く手首を動かすだけで、しゃらんという澄んだ音が辺りに響き渡り、自然と僕の背筋も伸びた。
「えー、えー。コホン。んっ、んん」
せき払いで声の調子を整えながら、気持ちを落ち着かせる。回復の術技を使うのは、これで何回目だろう。たぶん両手の指じゃ足りないくらいには経験しているはず。でも、まだ慣れない。まだ、だいぶ恥ずかしい。
発動のため意識を集中させた僕を半円状に取り囲むように、光で書かれた文字が浮かび上がる。難しい漢字だらけなので、それだけだったら絶対に読めなかったけど、ちゃんとルビが振ってある親切設計なので安心だ。ありがとう、運営さん。
「祓え給い、清め給え。神ながら守り給い、幸え給え」
家族で参拝に行ったときに聞いたことがある、神主さんの呪文のような言葉。祝詞と呼ばれるそれを、まさかゲームの中で、回復の術技の一部として唱えることになるとは思わなかった。
「やっぱりカラオケの字幕みたいね、それ」
治療中でもマイペースなメイくんに、笑わせないでと文句を言いたくなる。でも途中でほかのことをしてしまうと回復の術技が消えてしまうので、ここは我慢するしかない。
「いにしへの、奈良の都の、八重桜、けふ九重に、にほひぬるかな」
次は、和歌だ。巫女の使用する術技は、百人一首と縁が深いらしい。中空に淡い光で書かれた歌を読み上げながら、そっと鈴で触れていく。その単調な動作を、ひたすらくりかえした。
「――百華祝詞 《八重桜》」
たっぷり十数秒をかけて唱え終わったところで、メイくんの全身を淡い光が優しく包み込む。小さな桜がぽわぽわと咲くエフェクトも合わさって、とてもキレイだ。しばらくして、メイくんを癒やしていた光と、僕の周りに浮いていた文字が、金平糖のようにキラキラと弾けて消える。うん、成功だ。
「どーも。体力ゲージの半分くらいしか回復してないみたいけど、夏樹はまだまだレベルが低いから仕方ないか」
「メイくんと同じくらいにはね。これに懲りたら無茶しすぎるのはやめてくれる? いくらゲームでも、誰かが危ない目にあうのを見るのはびっくりするよ」
「はいはい。夏樹はホントにオカンみたいね。今の姿だと、余計にそう思う」
寝そべった状態から上半身だけを起こしたメイくんが、空にも負けない青い瞳でまっすぐに僕を見上げる。
「あのさ、夏樹。このゲームをはじめて三日くらいたつけど、いまさらなこと聞いてもいい?」
「……なに?」
ちょっと嫌な予感がする。というか、さっき個人情報がどうとか言ってなかったっけ? 僕の本名を呼ぶのは、ありなのか? 目を半開きにして、口をへの字にしながら、僕はメイくんの次の言葉を待つ。
「このゲームのアバターって、その人が本当に望んだ姿になるっていうじゃん?」
「……うん」
白の小袖。赤い緋袴。黒くて長い髪の毛を、檀紙という白い和紙で筒のように縛った巫女姿の僕を見ながら、メイくんは長い首をかしげる。
「夏樹は、女の子になりたかったの?」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
アルケミア・オンライン
メビウス
SF
※現在不定期更新中。多忙なため期間が大きく開く可能性あり。
『錬金術を携えて強敵に挑め!』
ゲーム好きの少年、芦名昴は、幸運にも最新VRMMORPGの「アルケミア・オンライン」事前登録の抽選に当選する。常識外れとも言えるキャラクタービルドでプレイする最中、彼は1人の刀使いと出会う。
宝石に秘められた謎、仮想世界を取り巻くヒトとAIの関係、そして密かに動き出す陰謀。メガヒットゲーム作品が映し出す『世界の真実』とは────?
これは、AIに愛され仮想世界に選ばれた1人の少年と、ヒトになろうとしたAIとの、運命の戦いを描いた物語。
時間泥棒【完結】
虹乃ノラン
児童書・童話
平和な僕らの町で、ある日、イエローバスが衝突するという事故が起こった。ライオン公園で撮った覚えのない五人の写真を見つけた千斗たちは、意味ありげに逃げる白猫を追いかけて商店街まで行くと、不思議な空間に迷いこんでしまう。
■目次
第一章 動かない猫
第二章 ライオン公園のタイムカプセル
第三章 魚海町シーサイド商店街
第四章 黒野時計堂
第五章 短針マシュマロと消えた写真
第六章 スカーフェイスを追って
第七章 天川の行方不明事件
第八章 作戦開始!サイレンを挟み撃て!
第九章 『5…4…3…2…1…‼』
第十章 不法の器の代償
第十一章 ミチルのフラッシュ
第十二章 五人の写真
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
アルケディア・オンライン ~のんびりしたいけど好奇心が勝ってしまうのです~
志位斗 茂家波
ファンタジー
新入社員として社会の波にもまれていた「青葉 春」。
社会人としての苦労を味わいつつ、のんびりと過ごしたいと思い、VRMMOなるものに手を出し、ゆったりとした生活をゲームの中に「ハル」としてのプレイヤーになって求めてみることにした。
‥‥‥でも、その想いとは裏腹に、日常生活では出てこないであろう才能が開花しまくり、何かと注目されるようになってきてしまう…‥‥のんびりはどこへいった!?
――
作者が初めて挑むVRMMOもの。初めての分野ゆえに稚拙な部分もあるかもしれないし、投稿頻度は遅めだけど、読者の皆様はのんびりと待てるようにしたいと思います。
コメントや誤字報告に指摘、アドバイスなどもしっかりと受け付けますのでお楽しみください。
小説家になろう様でも掲載しています。
一話あたり1500~6000字を目途に頑張ります。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる