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第六章 いつもお先に、失礼します

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 限界まで目を見開いて、カナエが息を呑んだ。なぜか『氷の王子』などと呼ばれているらしいが、カナエは無口でも無表情でもない。嘘も演技も下手だ。この先、ドラマに出ることにでもなれば大変だろうなと、エリヤは呑気なことを考える。

「自分と接触することでオレたちに危害が及ぶと、そうオマエが確信するなにかがあるんだろ。おら、とっとと吐け。なんでもかんでも、ひとりで抱え込んでんじゃねぇ」
「……そうやって、ひとりじゃなんにもできないみたいに言わないで」
「ネガティブに受け止めんな。ひとりでなんでもしなくたっていいって言ってんだよ」
「あ、あ、あ、あのあのあの! ごめんなさいちょっとストップしてください! これは本気のトラブルですか? それともお友達同士の喧嘩ですか? 部外者なのに本当にごめんなさい、でも確認だけはさせてくださいっ!」

 第三者の声が、急に上から割って入って来た。舌打ちしながら見上げると、そこにはエスカレーターを急いで駆け下りてくる少女の姿。スターレットメンバーの、確か名前をヒカリといっただろうか。ヒカリは踊り場までやってくるなり、カナエの腕をつかんだままだったエリヤの手を「ちょっと失礼しますっ」と言いながら引き剥がし、二人の間に自分の体を割り込ませた。エリヤの圧力を間近で感じるのは、慣れない人間には相当きついだろうに、初対面の少女は口元をぎゅっと引き結びながら、エリヤを正面から見極めようとする。

「……友達じゃない」ぽつりと、カナエの否定がフロアに響いた。そこまで自分たちと関わりたくないのかと、エリヤが鋭いため息をついた瞬間。

「――仲間」

 たった一言だけの、けれど力強いカナエの声。ここに来て初めて、エリヤが言葉に詰まる。

「でも今は顔も見たくないから追い出しておいて、ヒカリ」
「うえ!?」
「おい、ふざけんな。まだ話は終わってねぇぞ。せめて連絡先を教えやがれ」
「わあああ! 待って待って、待ってくださいお願いします!」

 くるりと背中を向け、エスカレーターを使って上の階へ行ってしまうカナエを追いかけようとしたエリヤだったが、横からヒカリががっちりとホールドしてきて身動きがとれなくなる。狭い場所で無理に振り払って、ヒカリに怪我をさせても面倒くさい。エリヤは苦々しく思いながら、カナエの後ろ姿を見送った。
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