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閑話 女王の契約精霊
しおりを挟むあのパール公国事件が終わり、無事に帰宅してから3日がたった。
芽依は暖かなお茶を飲みながら食後の片付けに動いているパピナスを見ていた。
視線に気付いているパピナスはチラッと芽依を見る。
ボーッとしながら黙って見てくる芽依に、パピナスは困ったような嬉しそうな表情で芽依を見返した。
「メイ様、どうしました? 」
「ねえパピナス。ティムソンさんの伴侶ってどんな人だったの? 」
「まあ、そんな事を気にしていたのですか? 」
目を丸くして返事を返したパピナスに、ハストゥーレが暖かなお茶を差し出す。
受け取ったパピナスは、芽依が座る席の隣に腰掛けてテーブルにお茶を置いた。
「パピナスも友達だったんでしょ? 」
「……友達……ですか」
うーん、と悩んだ素振りを見せてから首を傾げて困ったように笑った。
「そうですねぇ、友達とはまたちょっと違いますけど……気に入ってはいましたよ」
懐かしむようにパピナスは昔話を聞かせてくれた。
「私がいた国はですね、ゴーダリアという大国でした。ここからはかなり距離がありますね、今思えば遠くに来ました。ゴーダリアは女王が国を統治していて、血によって受け継がれてきた国です。当日、まだ幼い子供だったリーシアは6歳で女王になりました」
「6歳……」
「ふふ、まだ幼いですからね。私はその後ろ盾として契約したんです。国の中でも強さが抜きに出ていた水の精霊なので、様々な身の回りを助け最低限の護身が出来るようにと……その分、ゴーダリアでの生活を保証するという対価での契約でした。実際決められた時間のみをリーシアと過ごすだけで、残りは自由ですからね、楽ではありました。ただ……」
お茶を飲んで喉を湿し、眉をひそめながらため息を吐き出した。
「仕事としてマナーや賓客の対応などは苦手な方で、上手くいかないと癇癪を起こしたり、拗ねたりと、まぁ、面倒な子供でした」
「6歳だしね……」
「ええ。それを発散するのに街を散策していたら、たまたまティムソンのパン屋を見つけました。朗らかに笑うティムソンと、お腹を大きくした移民の民の様子は異様に思ったものです。移民の民が妊娠なんて……拐かされてもしない限り無理ですからね」
「拐かされ……」
「まあ、移民の民として来る前に妊娠していると聞いたのは出会って数日後でしたけど……明るくて良い子でしたよ。よく喋りよく笑い。私と話すのをあまりティムソンはよく思わないけれど、絶対奥で待たせることはしなかったです。今思えば、体調が悪い移民の民……スキッティの様子を近くで見ていたかったのでしょうねぇ」
初めて聞いたティムソンの移民の民の名前に瞬くと、芽依の隣に座ったフェンネルは足を組んでソファに寄り掛かる。
「ふぅん……ならもっと調べるなりなんなりすればいいのに」
「そうですよね、似たような状況にメイ様がなったら絶対調べ尽くすわ」
「………………はぁ? メイちゃんが妊娠? 相手誰、すぐに消し炭に……」
「似たような状況っつってるだろ」
ジワっ……と部屋が冷えていくと、フェンネルの顔にミトンが飛んできてバシッと当たる。
エプロンを着けたメディトークがぶっ飛ばしてフェンネルにぶつけたのだ。
テーブルには香ばしいドリアがある。
「良い匂いぃ」
「チキンドリア、食うだろ? 」
「もちろん! 」
ワクワクしている芽依を見て笑いながらよそっていくメディトークを見てからパピナスを見る。
ふふふ……と顔を赤らめ笑うパピナスは、メイ様可愛い……と思いながら口を開いた。
「ご褒美ですか? 」
「ちがうよ?! 」
手の甲を差し出し、逆の手には鋭いナイフがある。やめてください。
「そうそう……お話でした。幼い女王の相手はかなり精神を削られまして。そこでスキッティのほんわかした性格に癒されていたのです……ほんわか……」
パピナスか、ふっ……と目線を遠くする。
腹部を大きくした赤い髪の女性が目を釣りあげ、足を振り上げてティムソンを蹴り飛ばしている過去を思い出しパピナスが言葉を止めた。
「…………ほんわか……では、なかったわ……」
「パピナスさん……? 」
「……メイ様、えーっと。まあ、そんな感じで仲良くはなりました。そして……ティムソンに言わずに私に自分を食べろと言って来ました。盲目的にスキッティを見るティムソンが、スキッティや子供に何かあれば暴走しかねないから、止めるために、と。断りましたよ」
「良く移民の民がそこまで考えて話をしたね」
「スキッティがこちらに来てまだ2ヶ月でしたから、内面が変化するほどの期間……生きていないのですよ」
スキッティが転移してきた時、既に8ヶ月に近い状態だった。
妊娠経過もあまり良くない状態でティムソンに見染められて来たスキッティの体調は悪く、だが持ち前の気丈な性格で笑顔を浮かべていた。
ティムソンも妊娠出産に危険がない世界だからこそ、スキッティの体調不良にそこまで意識する事がなかった。
「…………そんな時、外交に来ていたあの公王がたまたまスキッティを見ていました。女王に会いに来た時、私がスキッティと一緒にいたのを見ていたのでしょうね。生命力が著しく低下していると言われました……あの時ティムソンに言ったようにそこに愛はなくて、ただ私の知り合いだからと心配して声をかけてくれただけでした」
ふぅ……と息を吐き出して、パピナスは冷めたお茶を飲む。
遠い記憶を思い出すように一点を眺めてから芽依を見た。
「流石に心配した私は、その夜様子を見に行きました。やはり弱ってはいるけれど、私には生命力が低下しているようには思えませんでした。そして、私がスキッティを見たのはこれが最後です」
「言っていた、公王が連れ去ったと言うやつ? 」
「さぁ、私にはわかりません。ですが、目撃情報があってあれだけの事をティムソンがしたのなら、真実だったのでしょうね」
「……どうして、知らないの? 」
「その翌日に、ゴーダリアが消滅したからですよ」
明日も天気みたいだよ、と言うような軽い口調で言ったパピナスを呆然と見た。
ゴーダリアは昔に滅んだ大国だとは知っていたが、まさか此処でその消滅が始まるとは思わなかった。
「あら、メイ様。驚いてしまいましたか? まあ、6歳の女王もあの炎に包まれた大国に飲まれて死に絶えましたが……沢山の人外者は我先にと逃げ出しましたよ。ただ、王族に連なる者達との契約している人外者は捕まり奴隷堕ちさせられた人が大半でしたが」
「パピナス……」
「あ、ゴーダリアが滅び寂しいとか、悲しいって感情はありませんよ! むしろ今ではメイ様に出会えたから感謝してしまいそうです! ……まあ、奴隷時代は、死ね! この豚野郎とは思っていましたが」
頬に手を当て、うふふと笑うパピナスの前にメディトーク特性のウィンナーココアがコトリと音を立ててカップが置かれた。
「まあ! ありがとうございますメディトーク様! 」
「ねぇ、その……ゴーダリアってどうして……」
「消滅したかですか? それは4人の人外者との喧嘩ですよ」
「…………は? 」
「痴話喧嘩から始まり、周りを巻き込んでの大喧嘩に発展していました。他にも人外者と年老いた移民の民がいましたねぇ……高位人外者の喧嘩は簡単に大国を潰してしまいますから困ったものですよねぇ。それに便乗して、ゴマすりしていた諸国が王族の人外者を強制的に拘束して奴隷堕ち、ですね。まあ、昔の事ですし、私も全てを知っているわけでは無いので……気付いたらもうゴーダリアは焼け野原になっていました」
「……パピナス、大変だったんだね……その喧嘩してた人外者を許せないとか、ないの? 」
「いえ、特に。私も含めて人外者とはそういうものですから。自分の意思を貫き、時には反発や敵対して……軽い喧嘩をして破壊して。でも、そこに悪意がない時もあります。ゴーダリアも痴話喧嘩から始まり、1面焼け野原になった様子を見てゼノ様は軽ーく謝っておられたようですよ」
うふふ、懐かしい……と笑うパピナスに芽依はコップを落とした。
冷めたお茶を膝にぶちまけ、フェンネルがすぐさまタオルでスカートや足を拭いてくれるが、芽依は引き攣った顔のまま、信じられない名前を復唱する。
「……ゼノ? 」
「はい。4人のうちの2人が、ゼノ様とサエ様ですよ。あの御二方、最高位ですから。ちょっとの喧嘩で周りが吹き飛び…………あら、メイ様? 」
バタン! と扉を開けて走り去った芽依をパピナスはポカンと見た。
焼きたてのドリアを2つ運ぶメディトークは、芽依が居ないことに首を傾げ、フェンネルは1人にしたらダメだと後を追う。
「ゼノォォォ!! 」
「おぅ、なんじゃ」
「喧嘩だめ! 絶対!! 」
「なんじゃなんじゃ、急に。喧嘩などせんわい」
「庭ふっ飛ばしたら怒るからね! 」
「……サエが見てるから大丈夫」
「お願いだから2人で喧嘩とかやめてねぇ! 喧嘩したら私が打つからね! 」
「おーおー怖いのぉ……叩かれぬように仲良くしようなぁ」
「んなーー!! ちゅーするなぁぁぁぁぁ!! 」
「……………………あ、大丈夫かな」
仲良しな2人を見て安心する芽依を後ろから抱きしめるフェンネル。
「もう! びっくりするから急に出ていかないで! 」
可愛い花雪の妖精のプリプリ怒る姿にほっこりして抱き返した。
実は庭に爆弾がいた事に初めて知った芽依だが、すぐにほっこりして忘れる花が咲き乱れる頭を持っている芽依は、まあ、いいかと笑ったのだった。
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