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豪雪と肉まん

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 芽依がアリステアに呼ばれた日、その日は豪雪注意報が発令されている。
 朝方から降り続く雪は、午前中には庭を真っ白に染め上げて一面銀世界に埋め尽くしていた。

 流石に庭作業は一時中断と室内に避難したメディトークたち。
 どうやら明日も余り変わらない天気のようで、これは明日も庭作業は中止かな……と窓から庭を眺めていた。
 手作業で行う庭作業も、雪に埋もれていては何も出来ない。
 ただ無駄に霜焼けが出来るだけだろう。
 丁寧に魔術を練り、重ね合わせてはいるが、天候の影響を完全に消し去ることは出来ない。
 それは、雨だったり風だったり、明るい日差しだったりと庭に必要な自然界の祝福を受けられなくなるからだ。
 だが、その分豪雪や台風といった天災も受けてしまう。
 上手く魔術で逸らすことは出来るが、豪雪だと範囲は広く数時間でやむかもわからない。
 自然界から起きる天災は厄介なのだ、2月の害獣到来もあり、庭作業をする人たちの天敵である。

「…………こりゃ、今日明日は休みだな」 

「明日のカテリーデン、キャンセルしますか? 」

「ああ、頼む」

「はい、直ぐに」

 メディトークに確認するハストゥーレは、ふわりと笑ってすぐさまキャンセルの連絡をする。
 大雨や大雪の時、客足は一気に減る。
 それは売り手もなのだが、逆にこんな日は売れ行きが悪いために大幅値下げをする売り子もいる為、逆に狙ってくる客もいる。
 どちらにしても、客は少ないだろう。

 わざわざ豪雪の日に芽依やパピナス女性陣を連れて外出もしたくないと、キャンセルは早々に決まった。

「うーん、じゃあ何しようか……庭を作り出してから休みなんて滅多にないから、逆に何すればいいかわからないよねぇ」
  
 ソファにコロリの寝転ぶフェンネル。
 テーブルにはホットワインが置いてあって、庭作業を終えて冷めきった体を温めた立役者だ。
 既に半分程飲み干している。寒さに強いフェンネルはそれほどでもないが、20分前までハストゥーレはガタガタと震えて毛布に包まり暖かな紅茶を飲んでいた。
 それ程、庭の最低限の保護をしている短時間でハストゥーレを冷やし尽くした豪雪。
 芽依がいたら豪雪如きがうちのハス君になにしてくれる! と、 怒り狂っていただろう。

「…………そうだな、何かの新作を作るのもいいが……」

 うーん……と悩んでいると、シュミットが全身雪まみれになって帰ってきた。
 帽子や肩には雪が積もり、ポタポタと水滴が落ちる。
 静まり返る室内の中、一番最初に動いたのはメディトークだった。

「服脱げ!! 風邪ひくぞ!! 」

「暖かな紅茶をお持ちします!! 」

「ちょっ……なんで歩き?! 転移しなかったの?!ストーブの前に来て! 毛布毛布!!  」

 びしょ濡れの可哀想な姿に全員が驚き慌てて動き出す。
 無言のシュミットは、べチャリと帽子やコートを床に投げ捨て染みてしまった服も乱暴に脱ぐ。
 新しく用意されたのは淡いグレーの肌触りの良い部屋着で、ふわもこの室内着。
 すぐさま着替えてからストーブの前に座ると、後ろからフェンネルに毛布を掛けられタオルで頭を拭かれた。
 絶対嫌がられると思っていたのに、静かに受け入れるシュミットをフェンネルは横から覗き込み、光のないシュミットの目を見る。

「…………どうしたのさ」

「以前の取引相手……5年前くらい前の客から呪われた。今日1日満足に魔術が使えない」

 はぁ……と息を吐き差し出された花の風味が強い紅茶を口にする。
 冷えた体を中からじんわりと温める紅茶を見ながら言う哀愁漂うシュミット。
 魔術が使えないなら、帰宅すら大変だっただろう。
 床に投げ捨てられたコートや服はすぐさまハストゥーレが片付けて床を拭きながら心配そうにシュミットを見た。

「え、シュミットを呪ったの? うわぁ、そいつ絶対無事じゃないよね」

「死んでるんじゃねぇか? 最高位を呪うなんて随分馬鹿げたことしやがるな」

「……死んだな」

 自分の足元で崩れるように倒れたその精霊は美しい紺色の髪を真っ白な雪に広げて満足そうに笑っていた。
 仕事をする時に好意を持たれることは多々ある。
 懐に入りやすいからこそ、好感度は高くなる。
 フェンネルとはまた違った他人からの好意を受け取りやすいシュミット。
 だからこそ、最近住処を移したシュミットは水面下で監視している恋焦がれる女性陣には筒抜けで。
 しかもそれが、ある一定の人外者をまるで魅了の魔術かのように取り込んでいく芽依だとわかり暴走した精霊のやらかした出来事だった。
 嫉妬にかられた女性は、人間だろうが人外者であろうが浅はかな行動に移りやすい。
 芽依ではなく、シュミットを狙ったのも私を忘れないでと言うメッセージだったのだろうが、死んでは元も子もないだろう。 
 なにより、イラつきはあっても命を懸けて呪った精霊をシュミットは覚えていることはない。
 無駄死にである。
  
 そんな寒さに震えるシュミットは、夜明けから働いていて、食事をする暇もない状態で呪いを受けた。
 寒さ遮断等の魔術も無効化され、踏んだり蹴ったりである。
 そんなシュミットに、箱に入っている様々な肉まんを出すメディトーク。
 チラリと見てから箱に手を伸ばすと、柔らかな肉まんの熱さを指先に感じる。
 芽依特製のアツアツジューシー肉まんにかじりつき、熱さに息をハフッ……と吐き出した。

「…………美味いな」

「アイツが唯一作れる美味い食い物だからな」

 蒸し料理しか上手く作れない芽依にシュミットは思わず笑う。
 メディトーク達が唯一販売に出さない芽依のお手製料理。
 パンは販売するが、肉まんは非売品としている。
 最初、自動販売機で少しの間販売してたが今は完全に中止。
 販売数に追いつかないのと、販売に出すと家族分がなくなり絶望していたからだ。
 その為、現在家族以外で食べているのはニアだけではないだろうか。

「ちょうど昼食だし、僕らも食べようよ。メイちゃんの肉まん祭りしよっ!! 」  

「!! 負けません」

「喧嘩祭りじゃないからね?! 」

 何故かやる気を出したハストゥーレに思わず声を荒らげるフェンネル。
 その間にも、他の肉まんを出しているメディトークは待たずに肉まんを口にした。

「………………角煮か」

 解ける柔らかさに甘さが際立つ深みのある味付け。
 角煮を作ったのはメディトークだが、角煮に合わせて生地の食感や味を変えている芽依。
 美味い以外の言葉は無かった。
 ハストゥーレやシュミットが好むのも、一つ一つ手間暇を掛けているからなのか、ただ単に芽依が作っているからか。
 小さめに作られた肉まんのストックはそれなりにあったはずなのに、4人で食べていくとあっという間に無くなっていく。
 そして、最後の1個になったチーズマンを巡ってシュミットとハストゥーレが睨み合いをしていた。

「ご主人様のチーズマンは私の為に作られたモノです。だから、最後は私のではないでしょうか」

「寒さに震える最高位精霊に譲るところじゃないか? 」

「もう寒くはありませんよね? 最高位精霊様ではありますが、今は下位以下では……あり、ません、か? 」

「ほぉ? 言うじゃなないか」

 語尾を濁しつつも、チーズマンが食べたいハストゥーレは必死に頑張っていた。
 なにより芽依のお手製。他の市販品とは違うハストゥーレの特別なのだ。
 引けない……! とまん丸な目を頑張って細めるハストゥーレに、切長の目を細めて可笑しそうに笑うシュミット。

 そんな珍しい2人をフェンネルはニヤニヤと笑いながら見ていると、急に消えたチーズマン。
 メディトークが半分に割り、あっという間に食べてしまい、残り半分をフェンネルの口に無理やり詰め込んだ。

「………………馬鹿じゃねぇの、お前ら」

 そうニヤリと笑ったメディトークは満足そうである。
 口に入れられたフェンネルは、アツアツ伸びるチーズマンと戦いながら、食べれなかった2人を見てにこやかに笑った。

「無欲の勝利、だね! 」

 無邪気に笑うフェンネルに、2人は苦虫を噛み潰したような顔をして見ていたのだった。 

 
 
 
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