上 下
351 / 528

欲求の強まり

しおりを挟む

 相手が好きであれば好きであるほどに、自らのものだと主張したくなる。
 その反面、誰かが触れると無性に不安になったりイラついたりと、最近の芽依は少し情緒不安定である。
 その相手は今、メディトークとフェンネル、ハストゥーレが対象となっていた。
  
 この、明らかに今までとは違う感覚を、お酒を飲みながら聞いてみる事にした。

「…………なるほどな、今までにないくらい触れたくなる、と。」

「なんなんでしょうかね、これ」

「それは……まぁ、なんとなくわかりますよ」

 ふむ、と頷くセルジオと、苦笑するシャルドネ。
 相変わらず酔っ払い芽依の怪しげな眼差しはシャルドネの足に向いていて、数回セルジオに叩かれ済みである。

「わかるんですか? 」

「ええ。その感覚は移民の民の伴侶がいる人外者の感覚に似ています」

「……………………え」

 あの移民の民を愛でて人の話を聞かず囲い込み弱らせるくらいに強い愛情を持っている人外者の……と小さく呟く。

「あながち間違ってないんじゃないか。今ディメンティールの力が入っているから人外者の性質が混ざるのはおかしい事じゃない」

「そうですね、完全に囲わない所を見るとそこまで強い感情が引きずられている訳でもありませんし、ただ溺愛度が増したくらいに軽く考えるのがいいかと」

 カラン……と氷が溶けてグラスにあたり音が鳴る。
 艶やかな笑みを浮かべるシャルドネを見てから、なるほど……と頷くが、先日のハストゥーレを思い出して真顔になる。

「ハス君が既に死にそう」

「ふっ……あの子には刺激が強いんですね」

 観覧車を降りた後も恥ずかしがり手足が同時に出ていた。
 可愛くて黙って見ていたら、観光客がクスクス笑っていて、ハッ!と気付いたハストゥーレはオロオロと芽依を見てきた。可愛くて死ぬかと思った。

「最近……ちょっと家族間で色々あったから……もっと皆を大事にしないとなと思ってるのに……齧りたい気持ちも溢れるしで」

「齧るなよ」

「では、私で発散してください」

「失礼します」
 
「…………………………お前らな」

 よじりよじりと近づく芽依の襟首を掴むセルジオ。
 不思議とセルジオを噛みたいとは思えない芽依。何が違うのだろうか。

「とりあえず、そこまで気にしなくて大丈夫だと思いますよ、愛情があるからこそですからね」

「まあ、もっと深刻になったらまた相談に来い。ディメンティールの力はまだ途切れていないだろうから、今後も経過観察だな」
  
 こくん……と頷いてから分厚いサラミを食べた。
 その美味しさに目を剥くと、シャルドネが嬉しそうに笑う。

「気に入りましたか? 王都で人気のサラミなんですよ」

「王都ですか」

「ええ、昨日仕事で行ってきましたのでお土産に。メイさんにもありますよ」 

 後で渡してくれると言ってくれたシャルドネに笑い返した芽依は、そっと表情を伺う。
 アリステアを監視して、力を溜めすぎた領主をなんとか手懐ける、あるいは失脚させようとする王都の連中がいる場所に行ったと言うシャルドネ。
 朗らかに笑っているが、大丈夫だったのだろうか。
 何か言われたり、魔術を掛けられたりしなかっただろうか。
 その心配が伝わったのか、シャルドネはニッコリと微笑んだ。

「何もありませんでしたよ」

「………………良かったです」

「さあ、もう1つどうぞ」

 進められるままにサラミを食べて、セルジオ二ブランデーを渡される。
 久しぶりのブランデーだ、と喜び飲む芽依を見たふたりは、こっそりとアイコンタクトをしていたのを芽依は気付かなかった。




「………………で、どうだった? 」

「そうですね、自白の魔術を掛けられています」

 自らの手を眺めて言うシャルドネは、膝に頭を置いて眠る芽依を見た。
 さらりと流れる黒髪と、ベールに触れて顔に当たらないように寄せると、隠されていた顔が現れる。

「それはまた、面倒なことをするな」

「それほど、メイさんを知りたいんでしょうね」

「……話したのか? 」

「私が? 王都の連中に? 大事なメイさんの情報を漏らすような浅はかな事はしませんよ」

「…………そうだろうな」

 くいっ……と酒を飲んで納得する。

「こいつは爆弾みたいなものだ。傍に着く人外者は何人束になってもかなわないだろうし、こいつ自身も今後力を理解したら世界中の庭を一気に枯らせることも出来る」

「………………そんなに、強くならなくていいのですがね。私たちで守れる小さな花でいて欲しいものです」

 無意識にシャルドネの服を手繰り寄せ、足に噛み付く芽依。
 それを見て眉間に皺を寄せた。

「…………変態だがな」

「ふ……良いでは無いですか。私たちだって移民の民を喰うんですから。多少噛まれるくらい可愛いものでしょう」

「まあ、そうだな……」

 カラン……とまた氷が溶ける。
 安らかに笑みを浮かべて眠る芽依を、黙って見つめるふたりは静かに就寝の準備を始めるのだった。
 


 
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

王太子妃、毒薬を飲まされ意識不明中です。

ゼライス黒糖
恋愛
王太子妃のヘレンは気がつくと幽体離脱して幽霊になっていた。そして自分が毒殺されかけたことがわかった。犯人探しを始めたヘレン。主犯はすぐにわかったが実行犯がわからない。メイドのマリーに憑依して犯人探しを続けて行く。 事件解決後も物語は続いて行きローズの息子セオドアの結婚、マリーの結婚、そしてヘレンの再婚へと物語は続いて行きます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

処理中です...