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欲求の強まり
しおりを挟む相手が好きであれば好きであるほどに、自らのものだと主張したくなる。
その反面、誰かが触れると無性に不安になったりイラついたりと、最近の芽依は少し情緒不安定である。
その相手は今、メディトークとフェンネル、ハストゥーレが対象となっていた。
この、明らかに今までとは違う感覚を、お酒を飲みながら聞いてみる事にした。
「…………なるほどな、今までにないくらい触れたくなる、と。」
「なんなんでしょうかね、これ」
「それは……まぁ、なんとなくわかりますよ」
ふむ、と頷くセルジオと、苦笑するシャルドネ。
相変わらず酔っ払い芽依の怪しげな眼差しはシャルドネの足に向いていて、数回セルジオに叩かれ済みである。
「わかるんですか? 」
「ええ。その感覚は移民の民の伴侶がいる人外者の感覚に似ています」
「……………………え」
あの移民の民を愛でて人の話を聞かず囲い込み弱らせるくらいに強い愛情を持っている人外者の……と小さく呟く。
「あながち間違ってないんじゃないか。今ディメンティールの力が入っているから人外者の性質が混ざるのはおかしい事じゃない」
「そうですね、完全に囲わない所を見るとそこまで強い感情が引きずられている訳でもありませんし、ただ溺愛度が増したくらいに軽く考えるのがいいかと」
カラン……と氷が溶けてグラスにあたり音が鳴る。
艶やかな笑みを浮かべるシャルドネを見てから、なるほど……と頷くが、先日のハストゥーレを思い出して真顔になる。
「ハス君が既に死にそう」
「ふっ……あの子には刺激が強いんですね」
観覧車を降りた後も恥ずかしがり手足が同時に出ていた。
可愛くて黙って見ていたら、観光客がクスクス笑っていて、ハッ!と気付いたハストゥーレはオロオロと芽依を見てきた。可愛くて死ぬかと思った。
「最近……ちょっと家族間で色々あったから……もっと皆を大事にしないとなと思ってるのに……齧りたい気持ちも溢れるしで」
「齧るなよ」
「では、私で発散してください」
「失礼します」
「…………………………お前らな」
よじりよじりと近づく芽依の襟首を掴むセルジオ。
不思議とセルジオを噛みたいとは思えない芽依。何が違うのだろうか。
「とりあえず、そこまで気にしなくて大丈夫だと思いますよ、愛情があるからこそですからね」
「まあ、もっと深刻になったらまた相談に来い。ディメンティールの力はまだ途切れていないだろうから、今後も経過観察だな」
こくん……と頷いてから分厚いサラミを食べた。
その美味しさに目を剥くと、シャルドネが嬉しそうに笑う。
「気に入りましたか? 王都で人気のサラミなんですよ」
「王都ですか」
「ええ、昨日仕事で行ってきましたのでお土産に。メイさんにもありますよ」
後で渡してくれると言ってくれたシャルドネに笑い返した芽依は、そっと表情を伺う。
アリステアを監視して、力を溜めすぎた領主をなんとか手懐ける、あるいは失脚させようとする王都の連中がいる場所に行ったと言うシャルドネ。
朗らかに笑っているが、大丈夫だったのだろうか。
何か言われたり、魔術を掛けられたりしなかっただろうか。
その心配が伝わったのか、シャルドネはニッコリと微笑んだ。
「何もありませんでしたよ」
「………………良かったです」
「さあ、もう1つどうぞ」
進められるままにサラミを食べて、セルジオ二ブランデーを渡される。
久しぶりのブランデーだ、と喜び飲む芽依を見たふたりは、こっそりとアイコンタクトをしていたのを芽依は気付かなかった。
「………………で、どうだった? 」
「そうですね、自白の魔術を掛けられています」
自らの手を眺めて言うシャルドネは、膝に頭を置いて眠る芽依を見た。
さらりと流れる黒髪と、ベールに触れて顔に当たらないように寄せると、隠されていた顔が現れる。
「それはまた、面倒なことをするな」
「それほど、メイさんを知りたいんでしょうね」
「……話したのか? 」
「私が? 王都の連中に? 大事なメイさんの情報を漏らすような浅はかな事はしませんよ」
「…………そうだろうな」
くいっ……と酒を飲んで納得する。
「こいつは爆弾みたいなものだ。傍に着く人外者は何人束になってもかなわないだろうし、こいつ自身も今後力を理解したら世界中の庭を一気に枯らせることも出来る」
「………………そんなに、強くならなくていいのですがね。私たちで守れる小さな花でいて欲しいものです」
無意識にシャルドネの服を手繰り寄せ、足に噛み付く芽依。
それを見て眉間に皺を寄せた。
「…………変態だがな」
「ふ……良いでは無いですか。私たちだって移民の民を喰うんですから。多少噛まれるくらい可愛いものでしょう」
「まあ、そうだな……」
カラン……とまた氷が溶ける。
安らかに笑みを浮かべて眠る芽依を、黙って見つめるふたりは静かに就寝の準備を始めるのだった。
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