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イチャイチャを所望する

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 メディトーク、フェンネルときて今回はハストゥーレ。
 不安定になりやすい我が家の可愛い奴隷達は、いつも不安を抱えて笑っている。
 どんな時でも芽依を優先にして、嫌でも悲しくても寂しくても、それを身の内に隠してしまう。
 それは健気で献身的で、自己犠牲の愛だ。
 だからこそ、安心させる為に溺れるほどの愛を与える。
  
「まったく、うちの可愛い子は仕方がないなぁ」


 腕を組んでうんうん、と頷くと、ちょうど果樹から林檎を取っているハストゥーレが見えた。
 果樹園は森の中にあるかのように木々が茂っていて、風に揺れて葉が擦れて音を奏でている。
 その下にいるハストゥーレの髪がふわりと浮き上がり、服がはためいた。

「…………うん、綺麗」

 正真正銘の妖精だが、今更ながらに絵本の世界を覗き込んでいるような気分になる。



「ハス君」

「……ご主人様」

 ふわりと笑ったハストゥーレ。
 気配に敏感で、特に樹木に囲まれたハストゥーレが芽依に気付かないわけがない。
 すぐに振り返らないのは芽依に名前を呼んで欲しいからだ。

「どうなさったのですか?」

「うん、ハス君と最近ゆっくりしてないからどっかお出掛けでもどうかな? って思って」

「お出掛け……」

 嬉しそうに笑うハストゥーレにニッコリ笑う。
 感情が素直に顔に出るようになったハストゥーレはフェンネルとは違った可愛さがある。

「どこか行きたい所とかない? 」

「ご主人様と行けるなら何処でも……メディトーク様やフェンネル様にもお聞きしましょう」

「…………ん? 今回は2人でお出掛けだよ」

「!! …………ふたり」

 一瞬目を見開いたハストゥーレに、嫌だったかな……? と首を傾げながら見上げると、真っ白な肌が次第に赤く染っていく。
 両手がゆっくりと上がっていき、何をするのかと見ていたら、自分の顔をしっかりと隠したハストゥーレに芽依は倒れた。

「なぁにそれ、ぐうかわ……」

「ご主人様?! 」

 バタン……と聞こえたから慌てて手を離すと、地面に倒れてピクピクしている芽依に驚くハストゥーレ。
 慌ててしゃがみこんで芽依を抱き上げ膝に抱えた。

「ハス君……君ってやつは……」

「え? え? 」

 どうしようも無い……可愛い……とつぶやく芽依を混乱しながらも服に着いた土を払っている。

 
 そんなふたりを、影から見守る巨大な影。

『…………アイツのメイ耐性が低すぎる』

「相変わらずだけど、可愛いよね」

『まぁな。2人でお出掛けにあそこまで照れるのも才能か』

「メイちゃんも大好きな雰囲気だから満足しちゃって……昇天しそう……帰ってきてー」

 クスクスと笑いながら見ているまるで保護者のようなふたりは、困惑しながらも嬉しそうなハストゥーレを見て満足したようで、庭へと戻って行った。

「さぁて、雪の下野菜堀だそうかなぁ」

『おれは新作チーズの様子でも見てくるか』

「新作?! 」

『出来たら酒と肴にするからまってろ』

「楽しみ過ぎてたまらなーい」




 夕暮れになり、庭の手入れも終わりいつもなら領主館に帰る時間。
 芽依は淡い緑のワンピースにショールを付けてハストゥーレと手を繋いでいた。
 
 ドラムストから少し離れた領地に、キリスラディアという場所がある。
 歩きで行けば、ドラムストから3日程で着く場所。
 有名な温泉街で多くの観光客が集まり、遠くから足を伸ばす人もいるくらいに有名な場所なのだ。
 天然温泉や、それを利用した温泉卵も人気である。 
 キリスラディアは広い領地で、その分シロアリ被害が酷く客が一気に離れた土地でもあった。
 その後の巨大樹で温泉が煮えたぎる現象もあったが、そのため効能が変わり、今はさらに肌がツルツルになると評判らしい。
 今は集客も戻り賑やかな温泉地に戻ったという。

 本日の予定は、そのキリスラディアだった。
 夜に差しかかる時分に、巨大な観覧車が出現する場所がある。
 煌めく光を放ち、ゆっくり動く観覧車は幻想的で観光客も人気のスポットだ。
 何故かそっと、そのチケットをメディトークがハストゥーレに渡し目を丸くしていた。

「すごい綺麗だね」

「はい……」

 うっすらと漂う硫黄の香りもここに来てしまえば消えていて、海風に乗って潮の香りがする
 ここは、温泉街から少し離れているのだ。
 陸地続きのはずなのに、この場に海がある。
 海に浮かぶ観覧車は、水面に観覧車の光が反射して煌めいていて静かな夜に、波の音だけが響くように聞こえた。

「なんで海があるんだろう」

「昔、キリスラディアにきた人外者がこの地に海があった方が風情があると、魔術を重ねて海を作ったと聞いた事があります」

「力技だった…………」

 温泉街に海……? 風情……? と気になる事はあったが、確かにここはとても綺麗だ。
 夜に出現する海と観覧車。
 気を付けないと、夜に差しかかり海が満ちるときにうっかりとこの場にいると次の朝まで海の中に取り残されるのだとか。
 切り替わる時、近くによってはいけないとハストゥーレに注意された。

「では、行きましょうか」

 自然に手を差し伸べエスコートしてくれる。
 ドキドキと手を重ねて歩くと、観覧車の入り口に立つ顔のない人物が頭を下げた。

「かっ………………」

 真っ黒な顔に、真っ白なタキシードとシルクハット。
 雰囲気でにこやかに笑っているのが分かる不思議な人は、手を出してきた。
 そこにチケットを乗せると、確認して半券を返してくれる。
 ゆっくりと動く観覧車の扉を抑えてくれるその人に頭を下げて2人は身長に乗り、ふかふかの椅子に座る。
 外からガシャン! と音がして施錠されると手を振ってくれた。

「ふわ……凄い」

 ふわふわの椅子は座った事のない心地良さで、手で触れる感触はもふんとしてるのに、手がズブズブと入っていく奇妙な感覚。
 
「座り心地はいかがでしょうか? 」

「ふかふか、包み込まれてるみたい」

「雲の椅子というのです。雲の妖精が作り出すオーダーメイドの椅子なのですよ」

「妖精が物を作るんだね」

「はい、ご主人様が来ているワンピースやドレスも服飾の妖精です」

「あ、そっか。みんな色んな仕事をしているんだねぇ」

「はい、その資質を持つ人は大抵は」

 この世界にある物の中には、妖精や精霊が作り出している物も多い。
 この椅子も、服や装飾品やフェンネルに渡したクラバットピンも妖精によるものだ。
 リスの店長やクリームパンの店のように、食べ物を作っている人もいる。
 だからといって、人間がなにもしていない訳でもない。
 リンデリントの建築や家具家電といった、今は失われた技術に遺産の殆どは人間のものだし、それを運ぶタイニーも、今は人外者が作っているが当初は人間が魔術を重ね、練り合わせて作った代物だ。
 総じて、この世界の人物は能力値が高いのだ。

 勿論、メディトークやフェンネル、ハストゥーレもだ。
 メディトークやフェンネルの反則的な力を前に劣等感を抱えているのはわかっている。
 元々ギルベルトの所にいた時は、常にギルベルトの傍で仕えていたのは1番能力値が高かったからだ。
 でも、ここでは戦闘面でも、芽依を守る面でもハストゥーレは2人に叶わないと思っている。
 だが、仕方ないのだ。
 ハストゥーレは戦闘向けの妖精ではない。情報収集等を得意とする妖精なのだから。
 だからこそ、芽依の役に立ちたいと献身的に、自分を見失っても芽依に付き従う。 

 そんな不器用な健気さが、可愛くて仕方ない。

「…………私もそうとう狂ってるよね」

「ご主人様? 」

「なんでもない」

 向かいに座るハストゥーレの髪に指を絡ませて笑った芽依。
 すると、観覧車の中に咲いていた花々と、緑の葉が揺らめいた。

「はじまりますよ」

「え? 」

 海が見えて居たはずの観覧車の外は、ざぁ……と風が吹き美しい草原に変わった。
 小さな花が咲き乱れ、巨大樹のような木がサワサワと揺れている。
 そこに現れる巨大なユニコーン。

「…………これは」

「魔術で世界各地ランダムで風景を繋げる魔術が施されているのです。機密事項の多い建物等は侵食不可の魔術がありますので除外されますが、それ以外はこうして、今現在の何処かを映し出します」

「凄い……ユニコーンがいる……あ、ふえた」

「はい、幻惑遊戯という観覧車なんですよ。幻惑遊戯は様々なものがありまして、色々な効果を見せてくれます。機会がありましたら、また別のにも乗りますか? 」

「乗る!」
 
 現在を移すので、美しいものばかりでは無い。
 戦争風景や、焼け野原が映る時もある。
 だが、中には危ない取引をしている場所や修羅場になり盛大に叩かれたるする場面も映し出されるので、見ている人はニヤニヤと笑う人や仕事としてじっくり見る人もいる。

 今日は綺麗な風景で良かった……と思ったのもつかの間。

「…………ぶふっ……え、そんなの映しちゃうんだ」

「ごっ……ご主人様!! 」

 ユニコーンが子作りを開始して吹き出す芽依と、慌てるハストゥーレ。
 ハストゥーレは芽依に抱き着き顔を隠した。
 見せてたまるか! と力が入り、顔をぎゅーぎゅーとハストゥーレに押し付けられている。

「ちょっ……苦しいよ」

「いけません!! あんな……見ては駄目です!! 」

「純粋培養!! 」

 可愛い、たまらん!! とウズウズする芽依は、くいっと引っ張り頬に軽く唇をあてた。

「ふぁ!! 」

 驚き、今まで聞いた事のない声を上げるハストゥーレにキュンとした。

「うちの子可愛い!! 」

 芽依は溢れるばかりの可愛さを力の限り叫んだ。
 それに芽依を抱えたまま、肩に顔を埋めて隠すハストゥーレだが、耳は真っ赤である。

「…………最近、ご主人様の愛で……私、死にそうです」

 愛情表現が強くなっているのはわかっている。
 噛み付き癖も酷くなっているし、前は無かったハストゥーレへの愛でる気持ちが抑えきれずに手が出てしまった。
 お酒の席で酔っていたからだと思っていたが、やはり何かが違うのだ。

「………………可愛い、ね、私たちもイチャイチャしちゃう? 」

「ご主人様……私……私……」

「…………どうしよう、私、ご主人様を強要してしまった」

「いえ!! 強要など!! 」

 そんな! と焦るハストゥーレは、意を決して芽依の頬に口付けを返した。

「………………あの、気に入って下さいました? 」

「可愛くて、愛おしくて死ねる」

 真顔で言う芽依に、全身茹で上がるのではないかと言うほどに赤くなるハストゥーレだった。

「また来ようね」

「………………はい」

 ユニコーンから守るためか、赤い顔を隠すためか、横に座って芽依を抱きしめたハストゥーレは、暫く離れることは無かった。
 



 
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