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癒しの天使
しおりを挟む変わらない騒がしさ。
呼び込みや、販売の為の会話があちこちから聞こえてくる。
ここはお馴染みカテリーデン。
巨大樹が復活したのでドラムスト内の異常に上がった気温は落ち着き穏やかな気候に戻った。
とはいっても季節は夏で暑い事に変わりわないのだが。
そして、カテリーデンでの大勢の人の熱気で上がる気温は魔術によって冷まされていている。
元々なかったのだが、巨大樹の異常気象によりすぐさま冷却魔術が施されたのだが、何故今までしなかったのだろうと疑問が浮かぶ。
そんな快適なカテリーデンの角には芽依専用のブースがある。
普通は場所はランダムで、時間のみ指定出来るのだが芽依にはフェンネルがいる。
最重要危険人物となっているフェンネルは領主館からの監視対象である為、カテリーデン内の警備が立つ場所の近くを指定されているのだが、1番喜んでいるのは客だった。
わざわざ芽依を探す必要がなく、この場所を確認すれば芽依が出店しているか確認出来る優れた場所だ。
そこに、いつもと変わらず販売に勤しむメディトークと奴隷の花雪と森の妖精。
蟻は相変わらず巨大な姿で俊敏に動き客を捌いて、フェンネルとハストゥーレは笑顔で物を売っている。
そして、肝心の芽依はというと。
「でね、色々あったから私の心はすり減っちゃているの」
「うん」
「だからね、その尊い姿で慰められる幸せをもう少し堪能したくてね」
「うん」
「写真撮っていい? 」
「…………駄目」
「駄目かぁぁぁぁぁぁ」
新しく購入したカメラ片手に聞くが、難なく却下された。
しかし、芽依は嬉しそうにデレ……と顔を緩ませている。
今芽依は、お買い物に来たニアを椅子に座らせてぶどうのホールケーキを食べさせている。
そのニアの腰に腕を回してしがみついているのだ。
床に直接座っている為スカートが拡がっていて、それを踏まないようにニアは足をずらしていた。
開いた足の間に入り、がっちり腰に腕を回して腹部に顔を埋めている芽依の頭に腕を置いてケーキを食べるというカテリーデンのおかしな風景も、常連客はあらあらまぁまぁ……と微笑ましく見ているだけだ。
もう、慣れである。
「………………私のご主人様ですのに」
「……ちゃんと前向いて働きなよ」
「貴方に言われたくありません!! 」
「……………………客なのに」
相変わらずニアに対抗意識があるハストゥーレはピリピリとしていて、そんな姿も可愛らしいと見つめられているのに気付いていない。
買い物もだが、フェンネルの確認にも来ているニアだからこそ、仕事をしろと言いたいのだろうが、ニアは相変わらずぽやぽやとケーキを食べながら芽依の髪に指を絡めて遊んでいる。
たまにメディトークから突き刺さる視線がくるのだが、あえて無視してるニアは大物だ。
「私の天使……癒される」
「…………うん」
「……あ。野菜の実験でちょっと噛んでも……」
「いけません!! 」
いつもは強く発言しないハストゥーレのお叱りに目をパチパチさせる。
頬を膨らませているハストゥーレのクルクル変わる表情が可愛くて、芽依は嬉しそうに笑った。
もう、ぎこちない表情はしていない。
「…………噛む? 」
不思議そうに聞いてきたニアには、まだ調べていない為何も言わずに腹部に顔を押し当てた。
「……いい匂い……少年吸い」
『おい、やめとけ変態』
「辛辣だなぁ?! …………癒されるるぅ……」
そんな癒しを受けた午後、芽依は遠い目をしていた。
座り込んでいる芽依の前には黒ずくめのニアが武器を構えていて、その向かいには同じく黒ずくめの少女が巨大な鎌を持って立っている。
「避けてよ、何してるの? 」
「………………駄目」
「駄目ってなによ。目撃者よ」
「…………………………」
カテリーデンの帰り、少し寄った市で買い食いを楽しんでいた時の事だった。
1冊の本が落ちていて、それが妙に目に留まる。
誰も気づいていない、進行方向にある本はみんな避けて歩いているのに目に入っていないように視線を向けない。
明らかに変だ。
メディトークも、フェンネルもハストゥーレも一切視線を向けていない。
本当に気付いてない?
このまま進むと、芽依は本を踏まなくてはいけないだろう。
困った……と眉をひそめてフェンネルを見るが、ん? と笑顔で首を傾げている。
そして目前に来た本を仕方ない……と跨ぎ通り抜けようとした時だった。
閉じていた本がいきなり開いてパラパラとページをめくる。
はっ?! と思わず声を上げると、メディトーク達が芽依を見た。
「えっ?! 呼び寄せの本?! 」
フェンネルの声が聞こえた時には既に、芽依は本に引きづり込まれていた。
腕を捕まれ氷花を渡される。
「すぐに迎えに行くから!! 」
フェンネルの切羽詰まった声に、ハストゥーレの泣きそうな顔。
そして、メディトークの伸ばされた足が芽依に見えたがパタリと本が閉じてしまった。
さっきまで居たはずの芽依の姿は掻き消えた。
呼び寄せの本とは魔術の施された魔法書で、使い切りの本だ。
作りやすく、簡単に指定している場所に呼び込む事が出来る優れものなのだが使う人はあまりいい使い方はしない。 大抵は犯罪に使わる。
簡単に作れるからこそ悪用されやすい魔術書なのだ。
全員が見える訳ではなく、指定されたある一定の条件を満たしている人か、個人を指定している人に本は見えて、たまたま芽依がそれを見つけた無差別だったようだ。
見える人が教える事で呼び寄せの本は視覚出来るようになるが、芽依はこの本を知らずに伝えず跨いでしまった。
その為、強制的に呼び寄せられたのだ。
そして、不運な事にニアではない粛清屋さんのお仕事現場に現れてしまったのだった。
もう、遠い目をする以外にどうしようもない。
なんという星回りだろう。普通2回も粛清屋さんの仕事現場にくるだろうか。
少女は大鎌を持ち、妖精を足蹴にしている。
転ばされている妖精はフーフーと息が荒く、目はあの時のフェンネルと酷似していた。
「……狂ってらっしゃる」
「そう、狂った妖精を見た事があるの。それで生きてるなんて貴方ラッキーね。まぁ、もう死ぬけど」
「いや、死なないで帰りますが」
「いや、殺すわよ? 私が」
当たり前じゃない? と首を傾げるピンクの髪の女の子。
その子を見ながら、手に持つ氷花を見る。
ニアではない粛清屋さんの前にフェンネルを呼んでいいものか。
かといって、ハストゥーレの葉っぱを出して戦闘になっても、ハストゥーレは戦闘職ではない。
むしろ、目撃者が増えて死亡人数が増える。
メディトークとの魂の絆は、ない。また結婚に圧がかかりそうだ。
と、言うことは。
「いでよーしょうねーん」
「は? 」
サクッと首を飛ばして、次は芽依の番と向きを変えた少女が見たのはニアの羽を出して呼び出している芽依だった。
羽が光り、召喚だとわかった少女は鎌を大きく振るうが、現れたニアに素手で掴まれてしまう。
「しょうねーん!! 手が!! 」
「……………………大丈夫だけど、どんな状況? 」
首を傾げて芽依を振り向き言うニアの背中に抱きつく。
「道端に落ちてた本を跨いだらここに居たよ」
「本……? 呼び寄せの本かな」
首を傾げて話しているニアを少女は目を見開いて見ていた。
「は…………ニア? あんた……」
「知り合い? 」
「………………シャルル。同業者」
「あんた!! あたしの名前!! 」
「シャルルだって僕の名前呼んだでしょ」
怒る少女は15歳程の見た目だ。
ツインテールがとても可愛らしい。
黒のミニスカートがふわりと風に揺れるのを目で追っていると、空間が突然ひび割れた。
グワン……と歪みそこから人が出てくる。
顔半分を仮面で覆った細身の男性。
芽依はその男性を見て眉をひそませた。
「………………2人いる? 」
黒ずくめの粛清屋が2人に、芽依。
その姿を見て、さらに芽依を見てから男は深くため息を吐いた。
「……なんでいるんだ、お前は」
「こっちのセリフなんですけど」
「まさか、本に触れたのか? 」
「あの意味わかんない本なら見ましたよ」
「………………………………避けろよ」
ガク……と頭を下げる男をジーッと見る。
間違いない。
顔を隠していても誰だかわかる。
「まさか、あの本は貴方ですか……シュミットさん」
「…………よくわかったな」
「わかりますよ!」
くわっ! と叫ぶ芽依に軽く手を振るシュミット。
そんな話をする2人を見ていたニアが鎌から手を離した。
芽依の手を引いてシュミットの方に向かい預けると、ニアはまたシャルルの方に行く。
何か話をしているようだ。
「……………………なんであんなことしたんですか? 」
「魔術の素材採取だ」
「素材? 」
「ああ、粛清屋に殺される人間の一般人……なんだが、なんでお前が引っ掛かるんだよ」
はぁ……と額を抑えるシュミットに、悪趣味な素材……と顔を引き攣らせる。
確かに、あの場にいたのは人外者が多く、人間もいたが距離があった。
1番近くに居たのが芽依だったのだ。なんという悲運。
「………………お前、いい加減変なのに巻き込まれるなよ。呼ばれすぎだぞ」
「今回の戦犯はシュミットさんですよね? 譲りませんよ」
2人が話をしている間、ニア達も話し合いの最中。
フェンネルのご主人様で監視対象。
ニアを知っていて自己判断で交流がある事を伝えているようで、シャルルの眉間にシワが寄っている。
「だからって、あんたが羽を渡す程? 」
「………………いいでしょ」
「契約違反じゃないならいいわ。もう何も言わない」
鎌をしまったシャルルは、芽依ではなくシュミットを見る。
「じゃあ、アイツは殺しましょうか」
「…………あの人闇の最高位だよ」
「はぁ?! なんなのよ、まったく!! 」
粛清屋は皆強いが、力の差はある。
最高位相手に敗れる粛清屋もいて、そういう場合は複数でいくのだが、中には幻獣の王など1個師団で向かっても一瞬で駆逐されてしまう相手もいる。
その他大勢に含まれない力の強い相手には粛清屋も太刀打ち出来ない。
最高位は、そこに位置する。
勿論、狂った場合は別である。
「契約は必要?」
「大丈夫じゃないかな。あの人、お姉さんと仲良いから」
「あの移民の民がなんだっていうのよ」
「…………規格外だよ、台風の目」
「……………………台風の目、ねぇ」
周りに何かが起きたとしても、芽依を守る人外者たちが頑強に守る。
しかし、彼女自身が台風だから周りを巻き込みやすい。
だが、台風は災害だが必ず終わりは来る。
そして、必ず復旧するのだ。
「お姉さんが来てからのドラムストは色々な厄災が起きるけど、必ず終わって修復されてるよ。それも、以前よりも頑強に」
「あの人が原因って言うの?」
「わからない。でも、高位の人外者を集めてお姉さん自身は勿論、周りも助けてる……あんな人見たことない」
箱庭を指差しシュミットに見せている芽依。
シュミットも少しかがみ、芽依の肩に腕を乗せラフな状態で眺めている。
最高位の闇の精霊に普通に対応しているのが既に非常識なのを芽依は知らない。
いつ殺されても良い状態で、穏やかに、時には笑いながら腕を叩きながら話す芽依は明らかに異質だった。
知らぬは本人ばかりである。
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