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地面は作物を育てる為の苗床だから

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「……………………なにそれ。どういう事……? 」

 ポツリとフェンネルの声が聞こえた。
 芽依はうっすらと目を開けて巨大樹を見てから、ああ、そうか……と頷いた。

「………………地面だからだね」

「そうだ」

「どういう、こと? 」

「地面だからだよ、フェンネルさん。地面は……全て庭の土に繋がるの。今の私はディメンティール様の育てている作物だから……土が燃え上がって完全に育つ地じゃなくなったら私も死んじゃう。継承が終わってないから……私の庭がドラムストにあるから、繋がりが強いんだねぇ」

「……………………そんな……嫌です……ご主人様!! 」

 フルフル……と首を横に振って言うハストゥーレは走りより芽依の手を握る。
 置いていかないで、と泣くハストゥーレを見て笑った。

「置いていったりしないよ……だから、私が……眠ってしまう前に……根を冷やして……巨大樹は大丈夫だから」

 なんとか目を開いて言うと、シュミットが近付き魔道具を取りだした。
 小さな香炉で、それを見せるとアリステアがめを見開く。

「それはまさか……」

「範囲の香炉だ。これで広範囲だろうが大丈夫だろう」

 範囲の香炉。
 魔術を試行する時に、範囲を自由に選択できる。
 広ければ広い程、力は弱まるが力量以上の範囲に効果を及ぼす。
 無償で出てきたシュミットにアリステアは驚いて目を見開くと、嫌そうに顔を歪ませて話し出した。

「ドラムスト内でも仕事をしている。こんなふざけた事で潰されては気に入らない」

 貸しではない、自分の為だと出したシュミット。
 商談の為にたまたま赤い羽の精霊と話をしていたシュミットは、またか……と芽依を見てため息を吐いた。  
 とことん芽依の絡む問題に呼ばれやすい人だ。

「2人を主体に魔術を展開しようと思うのだが……フェンネル様、よろしいでしょうか」

 アリステアがフェンネルにお伺いをたてる。
 フェンネルは芽依の奴隷であってアリステアに付き従う存在ではない。 
 しかし、この伺いにフェンネルは顔を歪ませた。

「何言ってるの。メイちゃんが死ぬかもしれない時に、そんな確認なんていらないでしょ。準備は出来てるから、早くして」

 急かすフェンネルに、あ……あぁ……と頷いてから呼び寄せた魔術師達に指示を出し、全員で魔術を練り出すと慌てた赤い羽の精霊が止めようとする。

「ちょっ……ちょっと何をしてるんだい!! 1年の実験が無駄になるじゃないか!! すぐに魔術を……」

「辞めさせるわけ……ないでしょ……」

 メディトークに抱えられていた芽依は冷やされた地面に座らされていた。
 その芽依が大根とゴボウを出して動きを止める。
 メディトークは魔術の補佐をして沢山の魔術師達の魔術を重なり合わせ増幅させている。
 だからこそ、眠そうに目を擦っている芽依が自ら動いたのだ。
 
 大根を桂剥きにして体を拘束し、ゴボウを喉元に突きつける。 
 彼は強い人外者だ。これくらいで彼を静止出来ないとはわかっていた。 
  
 ゴクリ……と喉を鳴らして赤い羽の精霊を見つめると、巨大樹を見ていた眼差しは大根に釘付けになった。

「………………な、なにこれ」

 手を何とか動かし瑞々しい大根に触れると、キラキラとさせた目が今度はゴボウを見た。

「なにこれなにこれなにこれ!! なんで動いてるの? うわっ! しっかり体を抑え込んでる!! 削れてるのにその大根まだ動くの? えぇ!! 待って待って!! このゴボウもなんかすごいんだけど!! 雪と森の属性もある!! えー? どうなってるのぉ?! 」
  
 あんなに巨大樹を見ていた精霊の興味は一瞬で大根とゴボウに変わる。
 魔術が練り上げられ、一気に地面が冷えていくのに彼は一切巨大樹を見ない。

「ねぇ! 今君が出したよね?! これなに? どうなってるの? ………………あれ、この気配……」

 じっと大根を見てからフェンネルを見る。
 そして、同じ様にゴボウを見てから顔を向けようとした瞬間、ドラムスト全土を覆っていた火の気が掻き消えた。 
 燻っていた根の火が全て消えたのだ。
 魔術師達は肩で息をし、騎士たちはアリステアを守りながら赤い羽の精霊を見る。

「メイちゃん!! 」

 フェンネルが走ってきて、赤い羽の精霊に1番近い芽依を抱える。
 すると、精霊はフェンネルを見てから笑った。

「あぁ……やっぱり君だね」

「………………なに? 」

 くにぃ……と笑った精霊にフェンネルは訝しげな顔をしていると、楽しくてしょうがないというような顔を浮かべていた。
 メディトークがフェンネルごと芽依を抱え込むと、ハストゥーレも隣に来て、そんな芽依達の前にアリステア達も集まる。
 大根に拘束されている精霊はただ楽しそうに笑っていた。

「………………お前の実験とやらはもう出来ないぞ」

「え? あぁ。それはもういいよ。ある程度の結果はもうわかったから。巨大樹を軸に地中を燃えあげると、生態系の変化から異常気象。地面が触れれないくらいに熱くなるのは誤算だったけど、面白いデータが取れたね。これだけ根が燃えてるから巨大樹の本体の中も水分カラカラになって流石に再生は出来ない……。うん、いいね。1年間の成果がでたよ」

 楽しかったぁ……と笑う精霊に顔を歪ませてるアリステア達だったが、芽依はうだるような暑さが無くなり頭がスッキリとしたようで笑顔を見せている。

「………………巨大樹は枯れてない」

「ん? 」

「ディメンティールさんの豊穣って草木の実りにも効くんでしょ? なら大丈夫」

 巨大樹は年中祝福や恩恵を与え続ける存在だが、とても美味しい果物も実らせる。
 それはこの奥地に生息する幻獣や人外者の食事にもなるし、知られていないが、食べ続ける事で幻獣の意識を取り戻し精神汚染を浄化する作用もある。

 芽依はメディトークを見上げて指を指す。

「メディさんがいるなら大丈夫かな? 」

『………………出来なくはないが』

「ないが? 」

『このままじゃ厳しいな……小さな対価として、この姿で使える力は制限されている』

「! 全部吐けって言った!! 」

『悪かった、言い忘れだ……どうする? やるなら人型だぞ』

 フェンネルと顔を見合せてから2人でメディトークを見上げる。
 ハストゥーレも眉を寄せて見ているが、枯れ果てた巨大樹に目を伏せる。
 3人は、メディトークの秘密を他に漏らしたくはなかった。
 意図して隠していた事を他人に知らせたくない、そんな我儘でいて独占欲。
 だが、芽依の大地や樹木再生をメディトークの加勢の力で増幅するには人型に戻るしかないというのだ。
 範囲と、はるか昔からある巨大樹が膨大な力を持っているから、再生する力が蟻のままだと足りないのだ。

 悩みに悩んでいる3人に苦笑したメディトークは、芽依を抱えて巨大樹の麓に来る。

『……いずれはみんな気付くだろ、お前は俺の嫁になるんだしな? 』

 足で芽依の顎を捉えた状態で体が光り変体する。
 姿が完全に変わった頃には人型のメディトークは芽依の顎に手を当てて微笑んでいた。

「…………嫁になるかどうかは、まだ、決めてないの」

「へいへい」

 芽依が結ぶ髪結の紐を外して、自分の流れる長髪を簡単に結んでしまう。
 そんなメディトークを家族達以外の全員が目を見開いて見ていた。

「……………………王? 」

 微動だにせず見ているアリステア達は、芽依達が巨大樹に手を当てて力を流している姿を呆然を見つめる。

「………………これは、夢なのか? 」

「いやぁ、夢じゃないよ」

「フェンネル様……あれは、幻獣の王ではないのですか? 」

「そうだねぇ」

「何故……何故?! 」

 目をグルグルとさせて飛びつくように腕を掴んだアリステアに、フェンネルは、あはははと笑う。
 セルジオ達も信じられないと目を丸くしてるし、シュミットは範囲の香炉を地面に落とした。
 やはり、皆メディトークの正体に気付いていなかったのだ。

 芽依と共にメディトークが力を解放した時、空間が重苦しい圧が掛かった。
 芽依の少し俯いた顔に下から沸き起こる風と光に照らされる。 
 解けた髪が風によって巻き上がりベールが吹き飛び移民の民の甘やかな香りが一気に広まったか、芽依は無表情に近い顔で両手を広げて巨大樹を再生していってる。

 メディトークによって増幅された力は水を含み地面を濡らした。 
 乾ききった根が一気に水分を吸い上げ始めると、地面がパサパサになるが、直ぐにまた水分が含みしっとりとなる。
 それを繰り返す事数十回、吹き上げる風が力を乗せて巨大樹のてっぺんまで力が波のような立ち上り、一気に若々しい葉が新たに生まれたのだ。

 巨大樹の復活だ。
 
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