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見渡す限りの人外者
しおりを挟む1歩入ったら、まるで映画の中に入ったような感覚に囚われた。
今までの生活だって、芽依にとっては異世界に迷い込んだ気分だったが、常に気を配ってくれる家族や領主館の皆に守られて穏やかな生活を過ごしていた。
狭い行動範囲と、食べ慣れた食事に芽依の世界が出来ていたのだ。
そんな芽依が、初めて来た夜会はまさしく別世界だった。
巨大な白銀に輝く城に、美しいスリーピースを着た妖精たち。
艶やかに笑い頭を下げられ促された先には、ダイヤのような輝きの長い階段が現れ、ぐるりと丸い会場を見渡せる。
中二階には沢山のテーブルに食べ物が並び、別のテーブルには飲み物も様々な種類がある。
そして一階にはオーケストラと、美しい真っ白なピアノがありダンスホールがある。
真ん中が吹き抜けになっていて、中二階で食事をしながらダンス風景が見えるのだ。
そしてなにより、丸い会場の半円の壁にずらりと並ぶ宝石の木が天井まで伸びている大樹がある。
人の動きにシャラリシャラリと音を鳴らして揺れる宝石が照明に反射して輝いていた。
「………………凄い」
ポカンと口を開けている芽依を見てクスリと笑ったフェンネルは、満足そうにメディトークへと視線を向けると、こちらも満足そうにしている。
まだ招待客の来場は半分といった所だが、それでも今まで芽依が見てきた中で1番人外者が多い。
カテリーデンでも人外者には会うし、領主館にもいる。
だが、それ以上に人間の方が断然多い。
「凄い、人外者が沢山いる」
「今回の夜会は人外者の為のものですので、人間の参加者はパートナーのみとなります」
「人間の参加者は数人じゃないかな」
夜会も舞踏会も出席する場合はパートナーを同伴する。
それは芽依の映画で得た、うる覚えな知識と同じであるようだ。
今回、最高位妖精であるフェンネルをパートナーとして、メディトークとハストゥーレとで組み夜会に来ている。
入るために規定のパートナーを作る人は多く、夫婦や恋人では無くても参加可能な夜会は多い。
『時間まだまだあるな……なんか食うか? 』
BGMとしてゆっくりとした曲は流れているが、ダンスはまだ後なのだろう。誰もダンスしている人はいない。
メディトークに促されて美しい階段を降りる。
すると、一斉に視線が集まり芽依はビクリと肩を震わせた。
こんな映画の中のようなパーティは初めてだし、ドレスだって着慣れない。
そして集まる興味関心の視線に萎縮しそうだ。
ヒールで降りる階段にすら緊張する芽依は、ぷるぷるしながらエスコートしてくれるフェンネルを見上げると、可愛いと笑顔が帰ってくるだけだった。
そうじゃない。嬉しいけどそうじゃないんだ!
「落ちそう」
『落ちねぇよ』
階段は長く建物で言えば4階程の高さがある。
そこに真っ直ぐ下まで階段がある為、急斜面に見えるのだ。
だが実際歩くと階段はなだらかで歩きやすい。
階段の幅も丁度よいのだが、見た感じ巨人族とまではいかないが大きい人もいる。
そういう人はどうやって階段を降りているんだろうか。
「階段には魔術が掛かっていて、転落防止処置がされているのです」
メディトークと前を歩くハストゥーレが顔だけ振り返り言うと、前を見ていなかった為に足を踏み外す。転落はしないが転倒はするのだ。
わっ……と小さく声を上げたハストゥーレに、メディトークとフェンネル、そして芽依も手を伸ばしてハストゥーレの腕や腰を掴み転倒から守る。
横と後ろから手を伸ばされたハストゥーレは顔を赤らめて3人に頭を下げた。
「す……すみません、ありがとうございました」
「あっ……可愛い……」
くっ……とフェンネルの腕をペチペチしている芽依をメディトークは呆れた眼差しを向けるのだった。
芽依は中二階に着いて料理が並ぶテーブルがずらりとあるのを見る。
メディトークが料理を見てから取り皿を掴み芽依用の料理を乗せていった。
「食べていい? メディさん食べていい? 」
取り皿に乗せるメディトークの後ろをチョコチョコ付いて歩くのをチラリと見たメディトークは小さく笑って渡してくれる。
「ふぁ!! 」
見たことない華やかな1口サイズの料理がお皿にある。
この世界の料理は芽依には口に合わず体調を崩してしまう為、この様な場所での食事にはメディトークかセルジオのチェックを通った料理のみを口に出来る。
しかし、今日は種類が多いね? とメディトークを見上げると、既に酒を飲み始めていたメディトークが芽依を見た。
待って、いつお酒持ってきたの?
まさか、足をにょーんって伸ばして取ったわけじゃないよね?
「メイちゃん食べれるの増えたね」
「前はこんなに食べれなかったから嬉しい」
『ディメンティールの力が馴染んできたからだろ』
「え? ディメンティール様? 」
『ああ……聞いている限りはお前を喚んだのはディメンティールだ。来る時に伴侶としての契約をして来るんだが、お前の場合はそれが完了していない状態だ。だから、お前の体がこちらの世界に完全に順応してねぇ。この世界の物を体が受け付けねぇんだ。だから食いすぎると体調を崩す。お前の世界の料理に近いものをお前がそうだと意識して食ってるから俺やコイツらが作る物は平気だ…………セルジオはお前から細かく話を聞いて正確に料理してるからだろうな』
「そう、だったの? 」
『ああ。だから、お前の体にディメンティールの力が浸透する度にこの世界に順応していく。料理だけじゃなく魔力もな』
もぐ……と食べながらメディトークの話を聞く。
自分の話を他人から聞く不思議な感覚だが、そうなんだ……と頷き納得した。
「……どうしてメディさんが知ってるの? 」
丁度お酒を口に入れた瞬間に聞いた為か、コクリと飲んだメディトークはグラスを離してから芽依を見て、目を細めて足で頬を擽ってきた。
『……さぁ、なんでだと思う? 』
「………………くっ、最近メディさん狡いよね」
『なぁんでだよ』
クッ……と笑うメディトークを見ていたフェンネルはハストゥーレと顔を合わせて笑う。
2人は芽依が大好きだ。
フェンネルにもハストゥーレにも、芽依は助けてくれた特別な女性である。
恋愛とか、それに含まれるような感情を既に通り越し、彼女がそばに居るだけで2人は満足で幸せを感じている。
ただそばに居れるなら、それだけが2人の希望なのだ。
だから、メディトークと嬉しそうに話す芽依を見て2人は嬉しそうに笑う。
「そうだ。フェンネルさん! 」
「ん?! 」
「ハス君も!! 」
「ご主人様? ……如何しましたか、何か気に触ることをしましたか……? 」
眉をひそめて2人を見る芽依に慌て出す。
フェンネルは、丁度エビ蒸しを食べた所で目を丸くしていて、ハストゥーレはあわあわと芽依を見る。
「羽、幸せなら羽は光るって! 2人の羽が光ってる所見たことない……」
「あああぁぁぁぁ……」
ごくん! と喉を鳴らしてエビ蒸しを食べたフェンネルは、びっくりした顔で声を上げた。
芽依のキュッ……と寄せられた眉と悲しそうな顔に心臓がギュン! としたのだ。
「あぁ、びっくりした……羽の事ね」
苦笑したフェンネルが少しだけ羽を広げて見せる美しい真っ白な羽。
思わず手を伸ばして羽を触れると、メイちゃんのえっちと言われて手を離した。
「な、なんで?! 」
「好意を抱いている相手が自分の意思で妖精の羽を触れるのは……その……」
「えっちなお誘いなんだよ」
つまりは、濡れた髪で夜に部屋へ入室を促す事と同意だという。
しかも、一夜だけでなく妖精の執着を受け止めるという意味もある為、貴方のものになるという意味も含まれている。
結婚とかではない、もっとドロドロとした執着。他人に触れないで、私だけを見てといった重い感情だ。
感情面を羽に宿す妖精特有のものである。
それを聞いた芽依はキョトンとしてまたフェンネルの羽を触った。
「え……ご主人様? 」
「え? メイちゃん? ちゃんとわかってる?」
「うん、夜のイチャイチャは無いけどね? それ以外はあんまり変わりないかなって。 だって、フェンネルさんは私のだから。誰かにあげるつもりもないし。いやらしい目で見てきたら、いくらでもぶちのめすくらいには触んなよ! って気持ちは持ってるし。執着? 今更だよねー」
「あ……うん? 違う……メイちゃんが僕のものにって…………いや、うん。いいや。僕はメイちゃんのだから何処を触ってもいいよ」
「駄目です!! 」
ぷりぷりと怒り出したハストゥーレの羽もワシっ! と掴み驚かせている芽依。
そんな3人をメディトークは馬鹿な奴らだな……と笑って見ていた。
芽依の自分勝手な解釈で2人の妖精の純情を弄び羽を掴むという暴挙に出ているのに、それすら面白いと笑っている。
勿論、フェンネルとハストゥーレだから許しているのであって他の人外者であれば相手を容赦なく消し去る行為だ。
移民の民である芽依が2人の妖精の羽を掴み笑っている姿を見ていた周りの人外者がゴクリ……と喉を鳴らす。
周りから見たら、夜の誘いをしているようなものだからだ。そこには移民の民の捕食もチラリと頭によぎる。
そんな周囲を見ていたメディトークは、芽依の顎に手をかけて上を向かせる。
『それ以上は帰ってからにしろ。酒飲んで思う存分噛め』
「噛むのを誘われるとは……」
「ねぇ……それって噛まれる対象は僕だよね?! 」
「………………んふふ」
「怪しい顔で笑わないで?! 」
楽しみだね……と腹部を見る芽依の視線に気付いて隠したフェンネルに、まだ噛まれないと悲しそうに眉を下げるハストゥーレが珍しくメディトークの足をキュッと握った。
「えーっと!! 羽が光るのだったよね!! 」
慌てて言うフェンネルに顔を向けると、ハストゥーレも芽依を見る。
そこにはうっすらと笑みを浮かべる2人がいた。
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