上 下
240 / 528

神聖な日は雪が降る

しおりを挟む

 翌日、カナンクルも本番である。
 昨日は疲れてしまい、帰宅してすぐに部屋に戻った芽依。
 2人の美しい奴隷達は心底残念がっていたが、芽依の疲れた様子に何も言えず眉を下げる。

 そんな寂しそうな2人をギュッと抱き締め、メディトークに体当たりをしてしがみついてから、また明日と転移門をくぐったのだった。

「………………昨日は初めての決闘だったなぁ……私、立ってるだけだったけど」

 寝起きで昨日の事を思い出しながら欠伸を噛み殺す。 
 元々1日のみの参加予定であるので、夕方から始まるミサまで芽依に予定は無い。
 リーグレア作りや瓶詰め、ケーキ作りに通常の庭の手入れと、ここ数日忙しくしていた芽依。
 たぶんグッスリ眠ってしまうと予想していたのは当たっていて、今はもう昼前である。

「…………寝すぎた」

 暖かな室内に布団という極楽な場所から出たくないが為に、ゴロゴロしていて2度寝した芽依が悪いのだが、まだブランシェットに会っていない。
 ケーキを渡さなくては!と意気込み起きて支度を始めた。

 部屋の中は温かさをキープしているが、外は相変わらず雪が降り既に積もっている。
 最初が暖冬であまり雪が降らず、降っても積雪になるのは難しいと言われていたが、カナンクルは聖なる日だからか、この2日間はどんな時でも必ず雪は降るのだ。


 
「………………遅かったな」

「セルジオさん」

「おはようございます、メイさん」

「シャルドネさんおはようございます」

 食堂には既にみんなが揃い、昼食を始める所だった。
 アリステアの笑顔を見ると寝起きの微睡みが吹き飛ぶような可憐さである。

「疲れて寝すぎてしまいました」

「大丈夫か?無理はするなよ」

「はい」

 アリステアが心配そうに言ってくれて、芽依は嬉しそうに頷いた。
 なんて優しい人なんだろうな、と再確認してから、アリステアの隣にいるブランシェットに箱を差し出す。

「カナンクルおめでとうございます……これ、ケーキなんですが、良かったら食べてください」

「まぁ、ありがとう。みんなが美味しいって自慢するんですもの、腹が立って仕方がなかったのですが、もう良いわね」

 受け取った箱に微笑みかけるブランシェットに芽依も笑った。
 綺麗で上品な姿をしているブランシェットはふふ……と笑って箱を眺めている。
 その箱はアリステア達よりも少し大きいのは、そこにセイシルリードのケーキも入っているから。
 2人ともお世話になっているのにブランシェットだけなど、そんな味気無く失礼な事はしないのだ。

 席に着いた芽依の前にコトリと置かれた果実水。
 カナンクルでは敵量なら昼から酒を飲むのも不思議な事ではないが、芽依の敵量は泥酔である。
 その為、何がなんでもミサまでは酒はやらんとセルジオは頑なに果実水を芽依に渡す。

 勿論、ミサに酔っぱらいで出る訳にはいかないので大人しく果実水を飲むのだが、いつもよりも華やかな食卓にお酒は付き物なのに……と嗜むシャルドネをチラリと見てしまった。

「ふふ……メイさんは晩餐までお待ちくださいね」

「…………はぁい」

「そうしたら、私を食べて頂いても構いませんよ?」

「「ぶふっ!!」」

 芽依とアリステアが同時に吹き出し、セルジオが鋭い眼差しをシャルドネに向けた。
 ブランシェットは、あらあら……と楽しそうに目を輝かせてシャルドネと芽依を交互に見てくる。

「………………なんだ、食べるとは」

「おや、セルジオは知らないのですか?それは残念でしたね」

 芽依が泥酔するとむき出しな欲に従順になる。
 それは、齧るといった何故そこに行き着いた?なものなのだが、この世界に来てから泥酔すると齧りたくて仕方なくなるのだ。
 主にその被害はフェンネル、続いてシャルドネであるが、何故か2人とも本気で嫌がる事はない。
 たとえ身体中に歯型がついてもだ。

 ちなみに、メディトークは酔っぱらいにとっては珍味で、しがみついてかじるのではなく、ふと足に噛み付きウマウマしながらまた、酒に戻るを繰り返すものである。
 もう慣れたもので、そんな芽依を見ながら酒を飲むメディトークと見た目は異常だが2人がそれでいいならいいのだ。

「もー、もうもう、そんなそんな…………」

 ふぃ……と顔を背けて肉汁弾けるウインナーを口に入れる。
 マスタードを少しだけ付けたピリ辛が美味しい細長いそのウインナーは、この日のためにセルジオが闇市を見て回って購入した一品である。

「ん!………………うまぁ」

 ウインナーをマジマジと見て口を抑える芽依にセルジオはワインを飲みながら口端を持ち上げた。

「…………あとで尋問するからな」

「ぐっ…………」

 母との美味しい夜の時間は会話も楽しみたいからと、悪酔いしないくらいの飲み方の為、齧った事がない。
 また、以前セルジオに喰われかけた時の色気溢れる姿が脳裏をよぎり無意識にセーブしている節があるのは何となくわかっているのだった。




 
 予定していたブランシェットへのケーキも渡せて芽依は自室で少しの自由時間を過ごす。
 ゆったりと椅子に座り、シンシンと降る雪を見ていた。
 こんな日は、フェンネルが静かに空を見上げている。
 きっと、冬牡丹がいなくなった日を思い出しているのだろう。
 後で合流した時には優しく抱き締めてあげなくてはいけないな、と降り積もる雪を見た。

 必ず雪が降ると言われているカナンクルは清廉な雰囲気を漂わせ神聖な冷たい空気をしている。
 膝を抱えて座る芽依は、用意されている薄い衣を重ねているような真っ白なドレスを見た。
 ミサ専用に作られたドレスで、移民の民とその伴侶は全て真っ白なドレスとなっている。
 白はミサを取り仕切るシーフォルムの神聖な色で、移民の民とその伴侶を特別とする為、当日は白のみを着用するのだ。

 去年のビジューや青の刺繍が入ったウエディングドレスのような華やかさと違う、シンプルなデザインとなっている今年のドレス。
 肌の出る場所は極力少なく禁欲的なドレスは、レースで彩られている。
 去年のフワフワとした広がるスカートも良かったが、丈の違う真っ白な輝きを放つ布を重ね合わせたタイトなスカートもまた素敵だ。
 タイトであるが、フワフワな生地が上品に芽依の体型を上手に隠してくれる。
 肘上の袖から広がる輝きを放つレースの袖が手を隠す。
 首まで詰められたレースの襟には小さな透明の宝石が着いていて、胸元からスカートと同じ生地と切り替えられている。
 ふわりとはしていなく、体に沿った上半身のドレスは全体的見て上品さを更にグッと引き上げた。

「綺麗だなぁ」

 まだ着ていないドレスはセルジオによってオーダーメイドで作られている。
 完璧に芽依の体型を把握して芽依に似合う服を用意する為、今更似合うか等の心配は何も無かった。

「………………ミサかぁ」

 疲れたから、今日は部屋に閉じこもり暖かくして静かに降りしきる窓からの外を情景を眺め、ゆっくりと酒を飲みたいものである。
 こんな静けさはめったいないのだ、たまにはひとりで過ごすのもいいではないか。


「……まあ、無理なんだけれどもね」 
 




 
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜

白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人は結ばれるのか? ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...