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彼の不安
しおりを挟む暗がりに慣れない低いヒールを履いて歩くハストゥーレ。
芽依の望みで炎猿を捕まえる為の囮に文句も言わず始めた。
白の奴隷
生まれ持って、その様に育てられる特異性に自我を失いがちな白の奴隷は、どんな命令にも忠実だった。
それはハストゥーレも同じで、芽依の望む願いを拒否することは無い。
だが、ハストゥーレには少しだけ不安要素があった。
炎猿とは、その人の弱みに漬け込み誑かし呪いをかける事を快楽とする幻獣だ。
そして、絶望した人間を食べるその時の悦楽を望み何度も何度も、沢山の人間に呪いをかけ続けるのだ。
そんな炎猿に、白の奴隷の虚無さは相性が悪いと思っているハストゥーレ。
はたして自分自身が囮として、その役割をまっとうできるのか。
しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
カツカツと音を鳴らして歩くハストゥーレの耳に、ギャギャ……ギャギャ……と笑い声が聞こえてくる。
それは甲高く不気味で、とにかく不快感を感じる声だった。
ギャギャ……ギャギャギャギャ
ドスン!と急に感じる背中への重みに、ハストゥーレは静かに目を細める。
[ギャギャ……またひとつ、見つけた……さぁ、お前は何が大切だ?]
「…………炎猿ですか」
予想通り、近くにいた炎猿を炙り出したハストゥーレ。
足を止めて真っ直ぐ前を見たまま言葉を漏らした。
距離的に、芽依とマリアージュには話は聞こえていないようだ。
目を丸くしてハストゥーレたちを見る芽依をメディトークが抑えている。
[……ほぉ、お前人間ではないな、奴隷か。珍しい、これは珍しい。白か、白か……白にしては気持ちが悪い]
「……………………」
[ほんに珍しい……気持ちがあるのが気持ち悪い…………ほぉほぉ、お前は怖いのか]
「………………」
[気持ちが溢れてくるお前が怖いのか……理解できないお前が怖いのか…………気持ちが出るからこそ主人の反応が怖いのか]
炎猿はハストゥーレを見て不気味に笑いながら話続ける。
ギャギャギャギャと笑い不快感を感じさせる事ばかりを紡ぐ炎猿の口を塞いでしまいたかった。
眉に込められる力を緩める事が出来ないハストゥーレの前に来て、顔を見る炎猿。
真っ赤に燃えるような体毛に、顔は真逆の白い毛が覆われている。
炎猿は口端を上げて裂けたかと思うくらいに開いた。
[これは面白い、面白い!気持ち悪いのが面白い!お前の全ては主人が中心でそれ以外が何も無い空っぽだ!!……なんだ、怒ったのか?怒るのか、白のお前が?感情のある白の一体何処に、その存在価値があるというのだ。白は無垢で従順だからこそ、その存在が光るのだろう。お前は本当に必要とされているのか?拒否の知らないお前を囮に使うような奴らがお前を大切にしているだと、本当にそう思うのか?お前は所詮使い捨てに過ぎない、そうだろう?価値の無くなった白の奴隷、なぁ、そうだろう?]
ぐるぐると頭を回る炎猿の声。
それは、ハストゥーレの感情をねじ曲げて深層心理に話し掛けられる嫌らしく残酷な言葉だ。
感情を育てずに今まで生きてきたハストゥーレは、突如として溢れ出る気持ちに戸惑っていた。
表面上は微笑んでいたが、理解しきれない気持ちが未だにあって推し流されそうになる。
それを不安という事にも気付かずに、モヤモヤとした気持ちが胸に渦巻いて押し込まれていた。
だから、芽依達をそんな風に思った事などないのに、そんな感情を持ち合わせて居ないのに、あたかもハストゥーレの感情の様に炎猿の不気味な口から言葉として吐き出されて惑わされる。
「………………静かにしてください」
[なんだ、気持ちを覗かれて怒ったのか?そう、それが怒りだ。お前の理解出来なかった気持ちだ………………ギャギャ……もっと教えてやろう。次は何がいい?悲しみか、絶望か…………その両方か]
「ッ黙ってください!私は貴方の言うような感情は持ち合わせていません!!ご主人様や皆さんは、私を大切にしてくださいます!その様に思ってなど!」
[言いきれんのか?本当に?移民の民が奴隷を大切にする理由があるのか?ギャギャ!……素直になれよ。そんな主人はいらないだろう?なぁ]
「………………いら、ない?」
[ああ、だからよ、だから…………お前の大切だと言うご主人様を減らそう、減らそう。極限まで減らそう]
そう目を赤らめて言うと、ハストゥーレはハッとしたように芽依を振り返り見た。
前にいた筈の炎猿は、既に飛び移り芽依に向かう背中が見える。
「………………ごしゅじん……さま……?」
炎猿が芽依の前まで来る。
メディトークもフェンネルも芽依を守ろうとするが、炎猿は笑いながら2人をするりするりと避けていく。
これは呪いだから芽依に必中するのだ。
「あぐぅ……!!」
[減らせ、減らせ、ご主人様を減らせ]
鋭く尖らせた炎猿の腕を真っ直ぐ芽依の胸目掛けて突き刺す。
「くそっ!……メイちゃん!!」
胸を貫かれた芽依は、ごぷりと口から多量の血を吐き出した。
メディトークやフェンネル達に重ねられた守護の魔術を何枚もパリンパリンと割れる音が耳に響く。
刺さった腕は芽依を瀕死にさせる攻撃に変わりなくて、フェンネルの目がじわりと滲み瞳が変化し始めた。
黒く視界を遮る何かは、狂った妖精に変わる視界によく似ている。
「………………あ…………あぁ…………ご主人様ぁぁぁ!!!」
芽依の衝撃的な姿が焼き付いて、ハストゥーレの悲鳴が静かな路地に響いたのは、芽依が瞼を閉じた時だった。
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