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パンツの妖精と竜巻

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 庭の仕事を継続しつつ、他の庭の復興にも手助けを始めたのだが、流石に毎日がそればかりで気持ちが疲弊してきた芽依。
 申し訳ないがリフレッシュしたいと話し、暫定食の買い出しもある為、本日は買い物日和とした。

 寒空ではあるが、鮮やかな青空が広がりほぼ無風である。
 体感温度はそれほど低くはなく、むしろ今時期にしたら暖かい方だ。

「…………良し、行きましょうか」

「ああ……ほら、マフラーはしておけ」

「はい、お母さん」

「………………お前は母から離れろ」

 最近時間があまり合わないセルジオとの外出である。
 芽依が話をしたら、すぐに日程調整をしてくれたのだ。
 こうして、心配だった闇市に繰り出すことが出来るようになった芽依。
 ハストゥーレのお強請りのホタテを死ぬ程買うつもりだ。

 そして、闇市とドラムストでの大きな違い、それは賑わいの差だ。
 様々な地域からくる闇市には、高騰してはいるが野菜も売っているし、珍しい物もある。
 気分転換するなら良いだろうとメディトークも賛成してくれた。

 今日のセルジオの服装は、珍しくグレーのツーピースに動きやすい柔らかな革靴を履いていて、いつもよりもカジュアルだ。
 ジャケットの中はピッタリサイズのタートルネックにシャツを羽織り、緩くネクタイを結んでいる。
 いつものカッチリスタイルとはだいぶ違って、これも良いですね、と何度も頷く。

 芽依は、冬に近づいている今時期に合うエンジ色の天鵞絨のワンピースだ。
 生成色のつけ襟がお洒落で気分も上がるというもの。

「それにしても闇市か」

「どうしたんですか?」

「いや、随分久しぶりに行くなと思って」

「そうなんですか」

 最近は復興もあったし、元々仕事が立て込んでいるセルジオ。
 社畜じゃないか……と思ったが、さすがに口にするのは辞めておいた芽依。
 その分、憐れみの眼差しを送ってしまい、訝しげな表情を頂いたのだった。



「海鮮だったな」

「はい、ホタテが買いたいです。安かったら海老もいいですね」

 闇市に着いた芽依は、同じえんじ色のベールを深く被り移民の民とわからないようにしつつ、キョロキョロと海鮮を探す。
 今日も闇市は賑わい、遠くから来ているであろう肌の色が浅黒い人達が通り過ぎるのを横目に見た。
 美しい女性で、踊子みたいにアクセサリーを沢山付けて蠱惑的な衣装を身にまとっている。
 その女性を見る周りの目は、眼福……と言ったものだが痴女を見るような眼差しではなく、風習や民族衣装のようなものはこの世界にも地域によってあるのだな、とまたひとつ知ることが出来た。

「………………あそこはなかなか良い海鮮を売っているぞ」

「おすすめですね、行きましょう」

 むふん!と力を入れてセルジオの腕を掴み歩き出す芽依。
 そのまま静かに引かれるセルジオは芽依の後ろ頭を見てから店を眺めた。

 店は海を連想させる、所謂海の家に近いもので、扉がなく通路から店の中が見える作りとなっていた。
 淡いピンクの外装で、屋上にはテーブルと椅子があり、休憩が出来るようになっている。

 中に入ると、大きな生け簀や氷の置かれた台の上にザルがあり魚や貝、海老等が端から端まで並んでいた。
 生け簀の中には元気に泳ぎ跳ねて床に水を零している。
 生け簀は1つではなく、別の場所の生け簀には人2人分程の大きさの海老が暴れていてガタガタと生け簀を揺らしている。
 前には、近付かないで下さいとの看板と一緒に海老の値段が書かれていたが、目玉が飛び出しそうな高額で、ゆっくりと視線を外した。

 外装は海の家なのに、中は完全に魚を売る市場だ、と芽依は苦笑しながらも、端から順番に眺めて行く。

「おういらっしゃい!何が欲しい」

「ホタテが欲しいです。出来たら沢山」

「お!新鮮なのがあるよ!……そうだな、ここらなんてどうだ?」

 プリップリの大振りの貝柱がザルにぎっしりと乗っていて、芽依はギラン!と目を鋭くする。
 その隣には耳などもついているのや、貝ごとも売られていて、腰を曲げ吟味をはじめる。

「…………どうしようかな、貝が無い方が使い勝手はいいけど、貝付きなら焼きも出来るよね……よし、こっちとこっち、それぞれ3皿ください」

「お!まいどあり!」

「あと、海老欲しいです……あ!干し魚もいいな……くっ!味醂漬け……」

 普段見ない大好きな魚に、芽依はゴクリと喉を鳴らす。
 そんな芽依に気を良くした店の人は笑いながらホタテをひと皿サービスしてくれた。
 海に近い場所から来たのか、だいぶ安く購入出来そうだ。
 それなら……と、芽依はギラギラとした目で隅から隅まで眺めて欲しい魚をどんどん購入した。
 じゃんじゃか箱庭に入る魚にニヤニヤしてしまう芽依は、沢山買ったからとおまけを持たしてくれる店の人に、また来ます!絶対!と力強く伝える。

 早くも目的の物は購入したが、せっかくだからと他を見て回ろうとした時だった。

「…………あ、そうだ。どうやらパンツの妖精が出そうって話が回ってるから気を付けなよ」

「……………………パンツの妖精?」

「そうか、それはまずいな。今日は早めに帰った方がいい」

「え、パンツ…………」

 呆然と呟く芽依を連れて店を出たセルジオ。
 もうひとつ、フェンネル用にゼリーのお土産を買うつもりだった芽依は、セルジオのあそこだ、と指をさされた洋菓子屋さんに有無を言わせず連れ込まれる。

「セルジオさん、さっきの話なんですか?」

「パンツの妖精か……だいぶタチの悪い天候を操る妖精だな」

「………………パンツが?」

「大体は竜巻を起こし、それに巻き込まれる様を見て喜ぶ妖精だ」

「…………パンツが」

「パンツがだ」

 パンツ……と何度も呟く芽依。
 しかし、ショーウィンドウに並ぶ美味しそうな洋菓子を見て、芽依は買うしかない!
 急いだ方が良さそうだと、ギラギラとした眼差しで見つめていると、目の端にヒラヒラとした何かが過ぎる。
 手で払うが離れることはなく、またヒラヒラとしている。

「…………もう、なに………………な…………」

 顔を上げて見ると、動き回っていたその物体も動きを止めた。
 薄いレースで出来た水色の羽を揺らしながら芽依の眼前にあるパンツ。
 真っ白なそれは、控えめなピンクのリボンが真ん中にあって、両端に羽を付けてパタパタとしている。
 正しく下着なパンツである。
 比喩なんかじゃなくて、紛れもなく、パンツだ。

「セ……セセセセセルジオさん!!」

「どうし…………お前はなんでそんなに変なヤツを引き寄せるんだ!!」

「私のせい?!」

 店の店員も気付き青ざめてるいる。
 ぶわりと風が吹き、何故か嬉しそうに小刻みに揺れるパンツを見ていた芽依はセルジオによって確保されたが、突風が吹き荒れベールが吹き飛んでしまった。
 ぶわりと広がる芽依の花の香りに、パンツの妖精は動きを止めてから涎を垂らし出す。

「きんも!!」

「黙ってろ!!」

 魔術で防御を展開しているのだろう、芽依を抱えながら飛び上がりパンツの妖精から距離を取ったセルジオの広がった漆黒の羽を見る。

「なんでピンポイントで会うんだお前は」

「そんな事言われても……」

 すぐさま店から出たセルジオは、瞬く間に店から離れ、芽依は肩につかまりながら後ろを見る。

「………………うわぁ」

 薄いグレーからどんどん色を濃くして巨大な竜巻を作り出す。 
 小さくて見えないが、そのすぐ近くにはあのパンツの妖精がいるのだろう。
 どんどん大きくなる竜巻は周りを巻き込み建物を壊して竜巻の中に吸い込まれていく。

「………………取引が駄目になるな」

 芽依のすぐ前から聞こえて来た声に思わず顔を向けると、セルジオによく似たスリーピースを着ている男性の後ろ姿があった。
 ネイビーの髪は漆黒の帽子に隠され、均等の取れた体はしなやかに動き腰に手を当てる。
 その姿はすぐに掻き消え芽依の前から居なくなったのだが、同じく男を見ていたセルジオが眉を寄せた。

「………………シュミット?」

「知り合い、ですか?」

「いや……まあ、そうだな」

 消えた場所をもう一度見ると、竜巻がゆっくりと接近しているのがわかり、更に強さを増す風に髪を抑えると、セルジオはまた芽依を抱え直して竜巻を見ながら話し出した。

「メイ、今日は一旦帰るぞ。また次に連れて来てやるから我慢しろ」

「はい、これは難しいですね」

 残念に思いながらも頷いた芽依を見下ろしてから無言で転移して庭に戻った。
 既に目的のものは手に入れたのだが、せっかく日にちを調整してくれたセルジオとの外出が、まさかの1店舗、しかも食べ物のみという残念な結果に悲しくなり、更にはお土産ゼリーも変えずじまい。

「……………………あのパンツめ」

 そう呪いの言葉を吐き出したとしても、きっと許されるだろう。

 
 
 
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