美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

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戻り呪

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「わ…………忘れてた」

 ワナワナと震える指先でつまむ様に持つ3枚の手紙。
 いつの間にかテーブルに置かれているそれは、戻り呪と呼ばれる1年のうちに集めた負の感情が呪いとなって自分に返ってくるというアレだろう。
 今日は朝早くから出掛けていてその存在を忘れていたのだが、これはれっきとした呪いであって放置してもいい事は何もないのだ。

「ううぅぅぅ……開かないとダメなんだよね」

 勿論こんな場所で開いてどんな呪いがくるのか、そんな怖い事など出来ないと、3枚の手紙を掴み今戻ってきたばかりの部屋を飛び出した。
 今は夜の7時すぎ、今日が終わるまで5時間を切っているのだ。
 どんな呪いが来るのかわからないが、手元には3枚の呪いの手紙。
 怖々とそれを開く為に芽依はあのおぞましく雰囲気の悪い場所へと急いだのだった。

「もーやだぁー!!」

 だだだだだだだ!とはしたなくも足音を立てて走る。
 パンツスタイルなのが救いだろう。


「………………沢山いる」  

 広間は綺麗に飾り付けられ沢山の料理が並んでいる。
 お酒も各種テーブルに置いてあり、ご自由にお取りくださいとなっていて、無くなり次第どこからともなく新しいグラスが現れている。
 シュワシュワと弾けるワインが綺麗で無類の酒好きな芽依はそちらに引き寄せられそうになる。
 料理も珍しく海老や蟹といったドラムストでは手に入りにくい食材を使った料理も豊富にあり、芽依はギラリとそれをチェックする。
 ローストビーフも赤みと焼かれ茹でられている色味の差が素晴らしく、薄く切られ盛り付けされている皿ごと掴みたい気分にさせられる。
 あまり好まないサラダもおいしそうで、普段どちらかと言うと家庭的な料理を作ってくれるメディトークとは違う華やかなパーティ用の料理にゴクリと生唾を飲んでしまうのも仕方ないだろう。
 日本人丸出しな芽依はやはり普段は素朴な料理を好むが、このような華やかな料理も特別感があり好ましい。
 こんなに魅力的な料理に酒があるのに、芽依はこの手の中にある呪いに打ち勝たなくてはならないのだ。
 嫌なものを後に残しておきたくない芽依は泣く泣くテーブルから視線を外して、あの真っ暗な場所へと足を進めた。

 かなり人は集まっていて、領主館で働く人達は仕事納めなのだろう。
 チラチラとあの呪いを受ける場所を見る人達もいれば、優雅に酒を嗜んでいる人もいるし、真ん中でダンスに興じる人や人外者もいる。
 芽依は先程会ったセルジオを含めたアリステア達には今日は会えないのかなと残念に思いながらも、今にも倒れそうな集団の一番後ろに並んだのだった。

「………………ああ、まだ優しい呪いだと助かる……」
 
 そう前にいる人が呟くのだが、その手にはなんと20枚以上の手紙があるでは無いか。
 芽依は思わず口をヒクつかせてしまったのだが、そう呟くのはどうやら芽依と同じ人間のようだ。
 並ぶ中には人外者もいて、比較的穏やかである。
 切羽詰まった表情で震えているのは人ばかりのようだ。
 たぶん、人外者は呪いが来ても対応が出来るからなのだろう。

 今まさに呪いが返ってきている人の悲鳴がうっすらと聞こえてきて、一斉にビクリと体を揺らしている。
 芽依は思った。

 (魔術一切使えないのだけど、私、生きて帰って来れるのよね……?)

 そんな不安の中、芽依は不思議なものを見つけた。
 料理が並ぶテーブルと同じものの上にサングラスがズラリと並んでいる。
 その隣には普通の眼鏡もあって、更に別のテーブルには手袋やマフラーがある。
 何故……とそれを見ていると、呪いを受けたであろう人が目に手を当てて叫びながら出てきた。

「ああああ……目がぁぁぁ」

「……聞いた事のあるセリフですねぇ」

 芽依は引き攣りながらその人を見ていると、周りのテーブルにぶつかりながら手探りで眼鏡を探しているようだ。
 なにか魔術が敷かれているのだろう、ぶつかったテーブルの上にある料理やお酒が倒れたり落ちたりする事は無い。
 見つけた眼鏡をつけて目を開けるが、また叫び出し付けていた眼鏡を遠投して、遠くで酒を嗜んでいる人外者の後頭部にクリーンヒットした。
 テーブルにバン!とワインを置いた人外者が後頭部を抑えながらユラリとこちらを見るが、投げた張本人はそれどころではなく手探りで別の眼鏡を掴んでいる。

「サ……サングラス……サングラス……」

 そう呟いているが、残念ながら持っている眼鏡は普通のである。
 2度目の遠投がされ、今度は人の脇腹に当たったらしい。
 片膝をつき脇腹を抑えて唸っている様子を周囲が見ていた。

「…………呪い?あれが?」

 あの恐怖の眼鏡遠投が呪いなのだろうか。
 もちろん違う、テーブルに沢山置かれている眼鏡を見る限り視力か何かに影響があるのだろう。
 誰も手を貸さない所を見ると手助けも駄目なのだろうか、やっと掴んだサングラスを掛けて目を開けた男性はホッとしたように力を抜いてその場に座り込んだ。
 次に呪いを開ける列に並ぶ人外者はそんな男性を無表情で見下ろしているが、今まさに呪いを受けている人が飛び出てきて、座り込んでいるサングラスをやっと見つけた男性に突っ込んで行った。
 サングラスが吹き飛びまた目を抑えて叫ぶ阿鼻叫喚である。
 今出てきたのは女性だったようだ。ガタガタと震え瞳孔が開いている。

「………………うわぁ、一体何があったの……」

 そんな2人を見ていたが、精霊らしき人は無表情のまま入って行ってものの数秒で出てきた。
 特に何かが変わった様子がなく、そのまま真っ直ぐ酒を取りに行く後ろ姿を見送った。
 この戻り呪は人外者にも怒るのだが、対処可能なのだろう。
 芽依は阿鼻叫喚の人が増える様子を黙って見つめていた。

 刻一刻と順番は進んでいき、芽依の前の人が入って行った。
 芽依の後ろにはまた行列が出来ていて、ソワソワと待つ人達がいる。
 ここで逃げ出しても、またこの不安を抱えて並び直すしかなくなる。それでは困るのだ。

 ガタガタと震えて叫びながら出てきた人を見てから芽依は手紙を握り締めて歩いた。
 ああ、順番が来た。
 芽依は息を細く長く吐き出してから、あの禍々しくおぞましい部屋の一角へと入っていった。

 幾重にも魔術が重なり床には沢山の魔術の陣が折り重なっていて、美しい床は見えなくなっていた。
 仕切られた黒く分厚いカーテンが外と中を完全に分離していて音も聞こえず、同じ室内に居るとは到底思えなかった。
 ただの何も無い空間に居るのに底なし沼にでも立っているかのようで、体が重苦しい。

「…………あ、開けよう。早く終わらそう」

 芽依は3通ある封筒に手をかけて1通を恐る恐る開けた。
 底には手紙は無く、中がまるで空洞になっているかのような封筒のみがあるのだ。

「………………え…………わっ!!」

 突然風が封筒からすごい勢いで荒れ狂うように出てきて、髪留めが弾かれていった。
 フードも外れ、髪がばさりと背中に流れる。
 パチクリと瞬きをして当たりを見るが、一切の変化はなかった。
 あんなに風が舞い上がったのに分厚いカーテンは揺れすらしなかったのだ。

「……なんだ、これだけ?」

 少しだけ安心した芽依は2通目の封筒を開ける。
 しかし、その安心が芽依の心を酷く荒れさせる事になる。
 魔術を使えるこの世界の住人達が泣き喚きながら出てくるのだ、抵抗力もない芽依がこれくらいで済むわけが無い。
  2通目も手紙は入っていなかった。
 同じく空洞になっていて、また風が吹き荒れるのだろうか?と首を傾げながら中を除きこんだ時、芽依は蠢く白い何かを見た。
 小さく悲鳴を上げて封筒を壁にぶつかる程に投げつけると、ずずず……と封筒は床に落ちた後ブルブルと震えながら空洞が見えるようにパックリと口を開いた。
 そう、口なのだ。
 封筒だと思っていたそれは人間の口のように開きニヤリと笑った。
 
「ひっ!!」

 開いた口からぞろぞろと輪郭のぼやけた物が出てきた。
 大小様々なそれは白いものとしか分からないが、たぶん生き物なのだろう。
 ゾロゾロと出てきて芽依の足元を覆い尽くす。

「や……やだ……なんなの気持ち悪い……」

 震えながら足を必死に動かすと、プチ……プチ……と何かを踏みつぶす感触がしてゾワッと体が震えた。
 気持ち悪いこの感触、しかし動かないとこの白い何かが芽依の足を登ろうとしているのだ。
 パンツの中に入りこみ、素足に齧り付く。
 鋭い痛みを感じて顔を歪ませると、それは1回ではなく何度も何度も齧られ痛みが走った。

「いたっ!!もうやだ、気持ち悪い……」

 ゾロゾロと封筒からはまだ出てきている。
 いつまで続くの……と、足の踏み場もなくなり逃げ場を失った芽依は、すでにあの白い何かは腰辺りまで来ている。
 服の上から腰や腹を齧られ手で振りほどいても登ってくる何かに、恐怖が止まらなかった。
 まだ出てくるあの封筒を見て、芽依は走り封筒を踏みつけた。
 ぷちり……と今までに無いくらいしっかりと大きな何かを踏み潰した感触がして、ぎゃ!と叫ぶと、あれだけ増えていた白い輪郭のないヤツらは自然と消えていった。

 はぁはぁと肩で息をして、安堵したのもつかの間、最後の一通を見る。
 また、何か起きるのだろうか。
 震える手で封筒を撫で、恐る恐る開けると今度は便箋が入っていた。
 それはそれで恐ろしい……と、震える指先でチョンと摘んでから引き抜くと、1枚の便箋に赤いペンで殴り書きされている異様な便箋が出てきたのだ。
 薄い青の便箋に金魚の絵が右上と左したに描かれ優雅に泳いでいる。
 しかし、その金魚も無惨にも赤いペンで殴り書きされていた。

「…………これ、なに」

 何か書いているのはわかるが、生憎芽依には読めなかった。
 これは、何か大事なものでは無いのだろうか。
 眉を寄せじっと見ていると、急に便箋が冷たくなり手が濡れている。
 あれ?と見ていると、まるで氷が溶けるかのようにじんわりと文字を滲ませて赤い字は透明な水に変わり消えていったのだ。
 残されたのは冷たく冷えきった一通の便箋だけ。
  この不可思議な便箋をどうすればいいのだろうか……と、悩んでいると、どろりと重たい雰囲気だった室内の空気は軽くなり、カーテンがひとりでにあいた。
 芽依に降りかかる戻り呪の呪いが終わった合図だろう、震える体を叱咤してこの薄暗い場所から明るい室内へと戻って行った。
 手には冷たい便箋だけ残されて。

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