上 下
70 / 528

結婚の定義

しおりを挟む

 用意してもらった控え室はアリステア用の物ではなく、移民の民とその伴侶の為の控え室だった。
 教会にとってなによりも優先するのは移民の民てある。だから、例え領主と言えど、この場合は芽依を優先される。
 広々とした部屋の床は見た事のない乳白色の石で出来ていて、足で踏む度にボワァァァンと淡く波紋のように光るのだ。
 不思議に思い、椅子に座っていた芽依は足をパタパタとさせているのをブランシェットに見られて照れ笑いをしてしまった。

「…………あー、挨拶しておらずすまない。俺はアメーディア領の領主をしているギルベルトだ……………………その……あの…………怪我はして、いないな?」

 ズシン……ズシン……と音を響かせ近付いてきたギルベルトを芽依は椅子に座ったまま見上げる。
 首が痛くなるような角度で見上げ、ギルベルトの顔を見ようとするが、巨大な体に遮られ見えなかった。
 芽依が分かったのは、巨体に似合うとても大きな肢体と、歩く度に起きる地響きと揺れ。
 その揺れは、椅子に座っているのに体が跳ね上がり隣にいたセルジオがチラリと見てくる。

「大丈夫です、怪我もありません」
 
「そ、そうか良かった……なあ、もし君が片翼なら俺が結婚してやってもいいぞ。片翼になったなら結婚も好きにできるし、お前も1人よりはいいだろう」

「あ、結構です」

 前のめりで聞いてくるギルベルトに悩む素振りすら見せず秒で断ると雷が落ちたかのように驚愕な表情で立ち尽くした。

「……邪魔だ」

「行きましょう」

 セルジオに軽く足蹴にされ、ギルベルトは緑の人外者が回収してくれた。
 あの巨体を片腕だけで引き摺り運ぶ姿に芽依は驚き目を見開いたのだが、人外者は人間の平均的な握力や力と一緒に考えてはいけないのだろう。
 そういえば、ブランシェットも平手でぶん投げてたな……と思い出す。

「ここで待機なの?」

「ええ、飲み物もあるから休めるわよ」

「ふーん……」

 ノックも無く開いた扉から話し声が聞こえて、芽依は体を前に傾け見るとゾロゾロと移民の民とその伴侶が入ってくる。
 一番最初に入って来たのは肩までの髪をくりくりに巻いたタレ目の女の子。17歳くらいだろうか。
 萌え袖白ニットに膝丈プリーツスカート。白のニーハイブーツを履き、差し色を入れない真っ白な服装である。
 隣には20代後半から30代前半程に見える精霊なのだが、実際の年齢は勿論芽依には分からない。
 お揃いにしているのか白ニットにロングだがプリーツスカートにショートブーツを履くその妖精は、移民の民の女の子の髪色に似せた茶色を使ったアクセサリーを使用している。

「…………あそこって女性の精霊に女の子の花嫁なんですか?」

「ああ、同性の移民の民を呼ぶ事も珍しくは無いぞ」

「………………結婚相手ですよね」

「ああ」

「…………なるほど」

 顎に手を当て頷く。同性婚もできる世界なのだなと理解するが、ここでまた気になる事が出てきた。

「こういう場合、子供って生まれるんですか?それとも養子縁組?」

「養子縁組はわからんが、子は生まれんぞ」

「やっぱり同性だと子供うまれないんですね」

「いや、そうではなく。人外者に子は成せない」

「ん!?」

 人外者は全て自然から派生するもので、愛を育み体を寄せ合って行為をすると言う人間の子を成す営みを必要としない種族のようだ。
 勿論、その行為自体をしない訳ではなく、それに子を宿す意味合いが無いと言う事。
 したがって、自分の子というものは存在しなく、1人、または同族としての認識しかない。
 異世界を除き込み、気に入った人間を引き寄せ移民の民とする事についても 、家族や伴侶といった感情が実際のところ人間の持つ気持ちと人外者の持つ気持ちが全く同じかどうかはわからないのだそうだ。
 ただ魂の奥底に眠っているのだろうか、誰かと寄り添いたいと願う気持ちはそれなりにあって、強ければ強良いほど移民の民を呼び寄せるのだろう。
 それは人外者も分からないことだ。

「じゃあ、たとえばこの世界の人間の女性とセルジオさんが結婚しても子供は出来ないんですね」

「…………結婚はしない」

「たとえですって!」

『出来ねぇよ。出来るのは人間同士だけだ』
 
「それは移民の民とこの世界の人間でも出来るって事?」

『………………いやお前、移民の民には伴侶がいんだからありえねぇだろ。片翼だってそんな話聞いた事ねぇよ』

「………………ああ、そっか……ん?」

 この世界の結婚や子供について聞いていた時、視線を感じて顔を向けると、無表情でこちらを見る先程の女の子。
 その無表情は、永年この世界にいる為になる無表情では無く、どことなく不機嫌で相手を観察するような眼差しだ。
 その近くにはユキヒラとメロディアがいるのだが、美しい装いのメロディアなのに闇堕ちしているかのような表情で何かブツブツ言っている。
 ギャ!と飛び上がり隣にいたセルジオの腕をバンバン叩くと、ん?と芽依を見てくれる。

「メロディアさんが!ヤバいです!!あれは古の魔術の呪いに掛かって我は闇の支配者のメロディアスナイト……とか言い出す……」

『闇の支配者はセルジオだぞ』

「………………おぅ」

「やめろ、そんな訳の分からんものにするな」

 心底嫌そうな顔で虫でも見るような目で芽依を見たセルジオの腕を掴みグイグイと引っ張る。

「や、やめて下さいその目付き!蛆虫を見る様な目で見ないでください!私それで喜ぶような趣味は無いですからね!?」

『これで喜んだらお前、ドン引きだわ』

「ひぃ!メディさん捨てないで!」

「あらあら、相変わらず仲良しねぇ」

「これは仲良しでいいのだろうか……」

 今年のギルベルトの問題がとりあえず終わったブランシェットの機嫌は上がってきて、いつもと同じく、あらあらうふふと上品に笑っていて、アリステアは苦笑しながら3人を見る。

「そうだ、闇堕ちメロディアスナイトを救出しに行ってきます!」

「メロディアだ」

『変えんじゃねぇよ』

 パタパタとユキヒラとメロディアの元まで走っていく。
 靴がコツコツと音を立ててスカートがフワリと揺れる様子をセルジオとメディトーク後ろから見つめる。

「………………」

『美味そうか?』

「……そうだな、美味そうではあるが喰わんぞ」

「確かに、先程触ってしまった時はとても美味しかったけれど、喰べて嫌われてしまったら嫌ですからね」

「ん?なんの話しだ?」

「何でもありませんよ、アリステア。あのお嬢さんがとても魅力的ですねって話をしていただけです」

「ああ、メイが来てから移民の民についての改善点も沢山分かってきたし、あの死者が出そうだった食糧難も乗り切ったメイの存在は大きいな」

「食糧難か……想定よりも飢餓者が出ませんでしたね」

「買えない貧困者はどうしても死人が出たがな。それでも最低限だ」

『……あいつなぁ、野菜気付いたら売りさばけないくらい作ってたり巨大化したり……何しやがるかわかったもんじゃねぇ……しかもまだまだなんか企んでやがんな、ありゃ』

「……………………良い方向に頼む」

「そういえばシャルドネはどうしました?来ないわけがないわよね」

「ああ、何か調べ物があるらしいんだが中々見つけられずに頓挫しているみたいなのだ」

「まぁ!シャルドネがですか?珍しいですね」 

 芽依が闇堕ちメロディアに必死で話しかけている姿を見ながらここ最近の話をしている3人。
 沢山の死人が出そうな食糧難も乗り越えもうすぐ年末に差し掛かる頃だ。
 この1年、いや秋から劇的に様々な事が変わった。
 移民の民の事や食糧難は勿論、露店の販売員が芽依の自動販売機がある事で生活に余裕が出来たとかなり好評。なにより例年初霜が降りる頃から収穫量は一気に減少し、痩せ細った小さな野菜ばかりが店頭に並ぶようになる。冬篭りの為に買い漁る領民達は数が足りずに大変な思いをするのだが、それが今回豊作の芽依とメディトークを血眼になり探す事の方が大変だったと笑って話していたのだ。
 ここ近年食糧難ばかりが続いていた中で1番嬉しい出来事だ。
 今後も良い方向へ変わっていけばと、そう強くねがう。
 
 
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

順番を待たなくなった側室と、順番を待つようになった皇帝のお話 〜陛下!どうか私のことは思い出さないで〜

白猫
恋愛
主人公のレーナマリアは、西の小国エルトネイル王国の第1王女。エルトネイル王国の国王であるレーナマリアの父は、アヴァンジェル帝国との争いを避けるため、皇帝ルクスフィードの元へ娘を側室として差し出すことにした。「側室なら食べるに困るわけでもないし、痛ぶられるわけでもないわ!」と特別な悲観もせず帝国へ渡ったレーナマリアだが、到着してすぐに己の甘さに気付かされることになる。皇帝ルクスフィードには、既に49人もの側室がいたのだ。自分が50番目の側室であると知ったレーナマリアは呆然としたが、「自分で変えられる状況でもないのだから、悩んでも仕方ないわ!」と今度は割り切る。明るい性格で毎日を楽しくぐうたらに過ごしていくが、ある日…側室たちが期待する皇帝との「閨の儀」の話を聞いてしまう。レーナマリアは、すっかり忘れていた皇帝の存在と、その皇帝と男女として交わることへの想像以上の拒絶感に苛まれ…そんな「望んでもいない順番待ちの列」に加わる気はない!と宣言すると、すぐに自分の人生のために生きる道を模索し始める。そして月日が流れ…いつの日か、逆に皇帝が彼女の列に並ぶことになってしまったのだ。立場逆転の恋愛劇、はたして二人は結ばれるのか? ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。 しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。 突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。 『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。 表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

処理中です...