美しくも残酷な世界に花嫁(仮)として召喚されたようです~酒好きアラサーは食糧難の世界で庭を育てて煩悩のままに生活する

くみたろう

文字の大きさ
上 下
62 / 588

カナンクルの前夜 カテリーデンにて 2

しおりを挟む

 溢れるほどに押しかけていた沢山の客足が1度落ち着き、芽依はふぅと息を吐き出してから座った。
 椅子はメディトークの足である。
 完全に浮く足をゆらりと揺らすと男が声を掛けてきた。

「なあ、あんた、メイって言ったっけ」

「はい?」

「あんた気に入った!俺と結婚しよう、幸せにするっすよー!そしてその箱庭でガンガン作って売り出せば億万長者もユメじゃない!な!!」

 バッ!と真横まで来た男は、俺はマイヤードだ!と自己紹介しながら芽依の手を握ってきた。
 はっ……?と首を傾げると目をキラキラしたマイヤードが芽依を引っ張り下ろそうとしたが、直ぐにメディトークに阻止される。

「あ!なにすんだ!邪魔しないでほしいっす!」

『……だからよそ見すんな、メイ』

 クイッと顎を持ち上げられメディトークの方を見ると、ほにゃんと笑った。

「んふふ」

『なんだ』

「皆がたまに名前で呼んでくれるの嬉しいなぁって」

『……危機感ねぇな、相変わらず』

「なんの危機感?」

 首を傾げて言うと、視界の端に見えた白い髪の毛。
 珍しく最初から結んでいるそのリボンは芽依のベールと同じものだった。

「カナンクルは親愛や友愛、恋愛に感謝して相手に伝える日でもあるんだよ。だから、片思いや一目惚れの相手に告白できるの……相手がいる人でも告白出来るし、決闘して奪う事もできるよ」

「いや、告白の意味とは……」

 えー……と呟く芽依に、困ったように笑うフェンネル。
 付き合っている者同士には迷惑なだけの決闘だが、そういうのは毎年沢山いるようだ。
 フェンネルは困ったよね、僕決闘しないとダメかなぁ?と笑い、付き合ってるヤツがするんだよとメディトークに突っ込まれてる。

『知らねぇからしゃーねぇが、こいつは花嫁だ。手ぇ出すんじゃねーぞ』

「は、花嫁!?…………で、でも!今日はカナンクルっすよ!そんなん関係ないっす!てか、めっちゃ話してますし、花嫁じゃないっすよね!花嫁だっていうならベール脱いで下さいよ」

「……なんで君のためにこの子が身の危険を感じさせないといけないの?」

 ベールを外せの言葉にフェンネルの雰囲気が冷たくなりメディトークがゆっくりとマイヤードを見た。
 ぐっ……と恐怖で体に力を入れると、そこに現れた芽依曰く天使の存在に全てが飛散した。

「………………お取り込み中?」

「っ!カナンクルの前夜に天使が舞い降りた!!」

 メディトークから降りてブースから出る芽依はまっすくその子の所に行き少年の手を握った。
 レースの手袋で遮られているとはいえ、仲の良い人外者以外に自分から手を伸ばすのは唯一この少年だけである。
 今日は薄い茶色の透け感があるブラウス、首元には棒状のリボンで結んでいて、短パンにニーハイ、チャームの着いた革靴を履いている。

「くぅ……ショタの絶対領域……イイ」

 お酒だけじゃない変態度が上昇し振り切れてきた芽依を軽蔑すること無くこの少年は静かに芽依を見ている。

「ぶどう買っていい?」

「勿論、喜んで!!」

 既にメディトークによって袋に入っているぶどうやジュース、ゼリー。
 いつも同じものを同じ個数買うから、メディトークは芽依がクラクラしている間に用意するようになっていた。

「ありがとう、お金」

『おう』

 最初は警戒していたメディトークも、ただのぶどう好きが嬉しそうに商品を抱えていくから今では客の一人として対応している。

「そうだ少年。はい、カナンクルの日おめでとう」

「……くれるの?」

「カナンクルの前夜だから、これは少年の為に用意してたんだよ」

「………………ありがとう、嬉しい」

 贅沢にぶどうを使ったケーキが飾り付けられて1人用のケースに入っている。
 明らかに販売用のケーキよりも豪華である。
 カナンクルの前夜、そして当日は感謝を伝える日だから1年で2日間だけ感謝や幸福、幸せや愛情といったカナンクルに相応しい感情をあげる時に限り等価交換は必要ない日なのだ。 
 芽依はここぞとばかりにただのお客さんであるこの大きな羽を持つ妖精の少年にデコレーションしたぶどうケーキを渡したかったのだ。
 案の定、頬を染めて嬉しそうに笑った少年に芽依は鼻を抑えて倒れ込んだ。

「……くぅ、ありがとうショタの神様、私悔いはありません」

『……見慣れてきたな』

「僕もだよ、残念な子だなぁ」

「……僕は嬉しい」

 ふわっと笑って胸にケーキを抱く少年に、芽依は意識を飛ばし掛けた。

「…………もう死んでもいい」

「それはダメー、はい帰ってきてー」

 パタリと頭を床に付けた瞬間フェンネルに抱き上げられた。
 床汚いよー、と髪や顔を軽く拭かれていると、少年は自分の羽から1枚むしり取った。
 この少年の羽は大きいのだが、鳥の様に羽根が沢山集まって出来ている羽なのだ。
 だから、1枚抜いても変わりは無いようだ。

「お姉さん、カナンクルの日おめでとう。これお返し……準備してなくてごめんね」

「ありがとう!大事にするね」

「…………うん、いつでも使ってね」

「使う……?」

 じゃあね、と手を振って離れていった少年に、羽根を持ったまま首を傾げているが、ハッとしたように箱庭にしまった。
 この箱庭のストレージは庭で作った物以外の保管庫にもなる。
 他にも替えの手袋や外套を数セットいれている。

「……あの、メイ。今すぐ付き合うのが難しいなら、とりあえず友達にならないっすか」

「……友達、ですか」

『無理だな』

「駄目だね」

「なんであんたらに言われなきゃ駄目なんすか!」

 芽依では無い2人が返事を返すと、それにマイヤードが反発する。
 3人で文句を言っているのだが、それを無視した芽依はブースの近くまで来て様子を見ている客ににっこり笑って売り子を再開させた。



  
「フェンネルさん、はいこれ」

「あ、ありがとう。僕からはこれね……飲みすぎないでね」 

「ひぃぃやぁぁぁぁああ!!お酒さま!!」

 客足が止まり芽依は用意していたフェンネル用の特別仕様に飾り立てたキャロットケーキを取り出した。
 フェンネルからはリーグレアの飲み比べセットだ。
 芽依のテンションが天井突破してメディトークはため息を履いている。

「どうしよう、嬉しくて今すぐ飲みたい」

『やめろって』 

「だめだよ!」

 スリスリとお酒の入った箱に頬擦りする芽依にぶれねぇなぁ……とメディトークも頭を抱える。
 そんなメディトークからのプレゼントは、夜用に渡される予定のオードブルで、フェンネルも含めて今日は3人で夜を明かす予定なのだ。

「…………あの」

 諦めずに話しかけるマイヤードだが、お酒にうつつを抜かす芽依の耳には届かず、メディトークとフェンネルから冷たい視線を集めたただけだった。
 このマイヤードは一般の人間である。
 力も強い訳でもない、一般人。
 芽依は移民の民である為、いつどんな問題が生じるかわからない存在だ。
 その為メディトークは特に芽依に近付く相手を見極める必要がある。
 その結果、この弱い人間がいても芽依を守る盾にも剣にもならないと判断した。
 相手の人間性を考慮しない所が人外者らしいのだろう。

「………………あれ、見たことない集団だね」

『あ?……………………このタイミングか』

「うわぁ、嫌な奴ら来たね」

 フェンネルは息を吐き出し、また後でと自分のブースに戻って行った。
 手を振り返してから、また集団を見る。

「……誰あれ」

「教会のヤツらだ」

「そういえば、前に言ってたよね」

 この世界には国を収める王族が沢山存在し、それぞれが国を繁栄させている。
 そのどの国にも通行証や許可を必要としないで移動できるのは教会が掲げる宗教団体が強いためだ。
 シーフォルムという宗教団体で、教会自体をそう呼んでいる。
 このカナンクルを最初には始めたのがシーフォルムと言われていて、この2日間は特に顔を出し信者を増やしていくのだ。

『シーフォルムが掲げる信仰対象は移民の民とその伴侶となってる人外者だ。あわよくば自分たちの手の内に連れ込みたいと画作してやがるからな、お前は一切声を出すんじゃねぇぞ』

「わ、わかった……」

 先頭を歩くのは多分司祭なのだろう、豪華な格好をしている。
   黒のスータンと呼ばれる服を着ていて、その上から白の長方形の布で出来たアルバと呼ばれる物を着ている。
 アルバの上からふわりと体を覆うカズラを着て肩から幅広い肩掛けの布、ストラに似た布を掛けていた。その布は鮮やかな朱色で、鳥が羽ばたく豪華な刺繍がされていた。
 ニコニコと穏やかに笑い、買い物をしてはズラリと並んでいる教徒に荷物を持たせている。
 服装は芽依の世界のカトリック司祭の服によく似ていた。

「………………ほぉ、これは素晴らしいですね」

 ぐるりと回ってきたシーフォルムの集団は芽依のブースの前で立ち止まった。
 見事なまでの豊作の様子に司祭だけでなく後ろにいる教徒もザワついている。

「これはあなたが?」

『ああ』

「そうですか、定期的に我がシーフォルムに下ろしていただけませんか?」

『悪いがうちはアリステア領主と契約している』

「領主と、そうですか……」

 交渉する余地がありますね。
 そう呟いた男性の視線が芽依に向きピタリと止まった。

「…………もしや、移民の民ですか」

 問いかけに一切反応のしない芽依を見て、司祭は笑みを浮かべた。

「なんという事だ。カナンクルの前夜に新しい移民の民に出会えるなんて!こんな素晴らしい事はありません!美しき花嫁様、是非伴侶の方と一緒に教会にお越しくださいませんか」

 ふわりと頭を下げた司祭の笑みを見たら、何故かゾワゾワと下から気持ちの悪い感覚が這い上がり身体中を掻きむしりたい気持ちになった。

「っ……」

『悪いが却下だ』

「…………君たちはみんな一度は我々を拒むからね。大丈夫、また次に会えるのを楽しみにしているよ」

 意味深に笑った司祭は、沢山購入しブースから離れて行った。

「…………なんか、気持ち悪い」

『気をつけろよ、いつの間にかシーフォルムに入信させられてる移民の民もいるからな』

「え、ヤバ……」

 初めて近くで見たシーフォルムに不快感を表す芽依に安堵するメディトーク。
 少なくとも自分からは行かないだろう。
  
 
 
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

【完結】運命の番じゃないけれど

凛蓮月
恋愛
 人間の伯爵令嬢ヴィオラと、竜人の侯爵令息ジャサントは幼い頃に怪我を負わせた為に結ばれた婚約者同士。 竜人には運命の番と呼ばれる唯一無二の存在がいる。 二人は運命の番ではないけれど――。 ※作者の脳内異世界の、全五話、一万字越の短いお話です。 ※シリアス成分は無いです。 ※魔女のいる世界観です。

婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~

キョウキョウ
恋愛
 幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。  とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。  婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。  アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。  そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

処理中です...