鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ

文字の大きさ
上 下
5 / 17

ラッキーな一日

しおりを挟む
 智樹ともき彩葉いろはが二階から降りてくると、梨花りかが玄関で靴を履いているところにでくわした。

「ごめん、ちょっと呼び出されちゃったから帰るね。また近いうちに来るから。じゃあね」

 慌ただしく扉を開けて出ていく梨花の後ろ姿を見送りながら、彩葉がフンと鼻を鳴らす。

「二度と来なくていいっつーの」

 そう呟いてから、彩葉は智樹を一階のリビングの方へ連れて行った。

 和葉が淹れてくれたお茶を飲みながら、三人で同居生活のルールや入居日の確認をする。
 ある程度話がまとまったところで、智樹はおいとますることにした。

「今日はありがとうございました」

 玄関で頭を下げる智樹の隣で、彩葉も靴を履く。

「俺、智樹を駅まで送ってくる」
 という彩葉の申し出に
「えっ、そんな……わざわざ悪いよ」
 と遠慮したが
「まだ道を覚えてないだろうから、一緒に行った方がいいよ」
 と和葉にも言われて、送ってもらうことになった。

 駅までの道のりを歩きながら、気になっていたことを尋ねてみる。

「あのさ、今までの同居人達にも、入居前にゲイだってことをカミングアウトしたの?」

「もちろんしたよ。後から分かって揉めるのは嫌だったし、今までに部屋を貸した人達はみんな田中さんが紹介してくれた人達だったから、カミングアウトしても大丈夫だろうなっていう安心感もあったし。そういえばさ、田中さんが言ってたよ。『智樹は運が悪くて仕事が続かないけど、誰よりも信用できる奴だから』って。智樹と田中さんって、仲良いんだね」

 田中と智樹は学生時代からの友人で、かれこれ十年以上の付き合いがある。

「田中とは高校の頃からの付き合いだからね。まぁ、仲はいい方だと思うけど、そんなにしょっちゅう会ってるわけじゃないよ。今は二、三ヶ月にいっぺん飲みに行くくらいかなぁ。彩葉はどこで田中と知り合ったの?」

 智樹の質問に、彩葉はちょっと間を置いてから答えた。

「田中さんとは仕事関係で知り合って……それよりさ、田中さんが言ってた『運が悪くて仕事が続かない』ってどういうこと?」

 話をはぐらかされたような気もしたが、本人が話したがらないことを無理に聞き出すようなことはしたくない。
 智樹は、彩葉に聞かれたことについて話すことにした。

「運が悪いっていうか……僕に見る目が無かっただけだと思うんだけど、就職した会社がことごとく潰れちゃったんだよね。今までに職場を三回変わったけど、どこも数年以内に倒産しちゃって……」

 説明しながら、言わない方が良かったんじゃないかと後悔した。
 三回目の就職活動をしていた時、過去の職歴を問われて二社とも倒産したという話をしたら、『君、縁起えんぎが悪いね』などと疫病神やくびょうがみ扱いされたことを思い出す。
 彩葉にもそう思われて、家政夫として雇ってもらう話が流れてしまっては困る。

 そんなことを考えながら彩葉の顔色をうかがうと、彼はうれいを秘めた目で智樹を見つめていた。

「凄いね。それだけ不運が続いたのに、誰かを責めるんじゃなくて、自分に見る目が無かっただけだって思えるなんて」

「だって、その会社の採用試験を受けたのも、そこで働くことを決めたのも自分だし……そもそも、僕にもっと能力があれば違う会社に採用してもらうことだって出来たわけだから、誰かのせいになんて出来ないよ」

「それでも、嫌なことがあったら責任転嫁せきにんてんかしたくなるものじゃない?」

「そりゃまぁ……僕だってそういう気持ちになることはあるよ。でも結局、そんなふうに他の誰かや何かのせいにして自分を慰めても、何一つ解決しないなって思うんだよね。上手くいかないことばかりで嫌になる日もあるけど……歯を食いしばって頑張ってたら、今日みたいに良いことだってあるわけだし」

 智樹の言葉に、彩葉が足を止める。

「良いこと? 今日、良いことなんてあった?」

 智樹も足を止めて答える。

「うん、たくさんあったよ。まずは、ナポリタンとホットサンドをご馳走ちそうしてもらえただろ? それから、新しい仕事と引っ越し先がいっぺんに決まった。めちゃくちゃラッキーな一日だったよ」

 彩葉は、智樹の顔を見つめたまま目をまたたいた。
 それから、顔をくしゃくしゃにして笑った。

「いいね。俺、智樹みたいに前向きな人、すげー好きかも」

 好きという一言に、智樹の心臓が跳ねる。


 落ち着け、別に深い意味なんてない。
 ただ単に、人として好ましいってだけのことだ。


 そう自分に言い聞かせながら、智樹はぎこちない笑みを浮かべた。

「顔、真っ赤だよ。照れてんの?」

 彩葉に言われて、智樹は顔をそむける。

「照れてない」

「耳まで赤いじゃん」

「今日、暑いから」

「ふーん」

 それ以上は、何も言ってこなかった。
 彩葉が再び歩き出したので、智樹も後を追う。

 しばらく無言で歩くうちに、駅前の商店街にたどり着いた。

「ここまで来れば大丈夫。送ってくれてありがとう」

 智樹がお礼を言うと、振り向いた彩葉はちょっと寂しそうな顔をした。

 その表情に、鼓動が速くなる。

「じゃあ、またね」
 手を振る彩葉に
「うん。それじゃ、また」
 と智樹も手を振り返す。

 何歩か足を進めてから振り返ると、彩葉はまださっきと同じ場所にいて、こちらを見ていた。

 大きく手を振ると、嬉しそうに両手を振って応えてくれる。


 可愛いな。


 そう思ってしまった自分自身に戸惑いながら、智樹はきびすを返して駅の改札へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件

水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて── ※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。 ※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。 ※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。

息の仕方を教えてよ。

15
BL
コポコポ、コポコポ。 海の中から空を見上げる。 ああ、やっと終わるんだと思っていた。 人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。 そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。 いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚? そんなことを沈みながら考えていた。 そしてそのまま目を閉じる。 次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。 話自体は書き終えています。 12日まで一日一話短いですが更新されます。 ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

別に、好きじゃなかった。

15
BL
好きな人が出来た。 そう先程まで恋人だった男に告げられる。 でも、でもさ。 notハピエン 短い話です。 ※pixiv様から転載してます。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

クリスマスプレゼントは俺

川中うなぎ
BL
クリスマスの話。 攻め『佐藤一郎』どこにでも居そうな名前だがイケメン。残念系 受け『京極龍牙』名前の通り厳ついが趣味は可愛い。デレ寄りのツンデレ 初投稿なので拙いところだらけだと思いますが暖かい目で見ていただけると嬉しいです。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

処理中です...